第25話 鬼が出るか蛇が出るか、いいえ、鼠が出ます

アルフィン内政状況

人口: 413 人

帝国歴1293年

6月

 領主代行リリアーナ一行が赴任する(+5人)

 黒きエルフ族が移住(+197人)

7月

 コボルト族が移住(+48人)

 バノジェや小集落から移住(+123人)

 ミュルミドン誕生(+10人)

 ミュルミドン補充(+30人)

   

人口構成種族

 人間族、エルフ族、獣人族(影牙族、影爪族)、コボルト族

 雑用ゴーレム、建築ゴーレム、ミュルミドン


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 わたくしの直近の前世は日本人でした。

 秋月百合あきづき ゆりという名で髪の色が濡れ羽色なのと瞳の色が鳶色である以外、今世のリリアーナと似た顔立ちをしていました。

 それまでのわたくしはずっとアースガルドの世界で転生をし続けていたのでまさか違う世界に転生されるとは思ってもいませんでした。

 魔力が無く魔法が使えないこともありましたし、男性に転生させられたこともありましたから、多少の不便なことには慣れていたのですけどあの時は別格でしたわ。

 魔法が使えないどころか、魔法が存在しない世界だったのですから。魔法ではなく科学という名の不思議な術が発展していて、何よりも不思議なのは弱い者や虐げられている者を救う社会的な制度が存在していたことです。地位も身分も存在しない冥界では全てを平等としていましたけど制度として成立していませんでしたし、現世の国では弱い者を逆に虐げる者さえ、普通にいるのですから。

 

 百合としてのわたくしは体が弱く、病に臥せって、ベッドの上での生活を余儀なくされていました。かつてのわたくしは戦場に立つ女神として、オートクレールを手に戦地を縦横に駆け回っていましたし、自身の身体が不死身だから何も考えずにオートクレールを振るうだけでした。

 いわゆるパワープレイというものですわ。何も考えなしにただ、思いつくままに破壊し、殲滅するだけ。だから、これまでの生でも学ぼうとする術は生き抜く為の剣術や格闘術などばかり。


 ではこのまともに動くことも叶わない百合として、わたくしは何を学べばいいのか、と。

 学校にも満足に通えず、ほとんどを病院で過ごすしかないわたくしにとっての癒しの一つは同級生で唯一の友人だったの幼馴染の杏でした。

 彼女はわたしの知らないことを面白おかしく教えてくれました。病院という鳥籠から、出られないわたしにとって、彼女は外の世界を教えてくれる貴重な存在だったのです。

 もう一つの癒しは3歳上の兄。見舞いにも来てくれない家族の中で唯一、百合のことを気にかけてくれる優しい人でした。ただ、彼は外の世界を教えてくれるというより、自分の専攻する歴史を教師のように病室で解説し始める困った人でもあったけど。

 兄はさも見てきたかのようにかつて行われた戦の話をしてくれました。カンナエの戦いでの騎兵の戦術が、などと熱く語ってくれていたのをよく覚えています。


 ある日、杏が見せてくれたのが趣味ではまっているという乙女ゲームというものの新作情報が掲載された雑誌だったのです。

 杏は本当にその乙女ゲームが好きらしく、思い入れを熱く語ってくれるのだけど、その際、イベントスチルだと言って見せてくれた雑誌の1ページがわたしの心に強く残りました。

 銀糸のように繊細な髪に燃えさかる炎のような光を放つ紅玉色の瞳の美しい少女。あら?これって、わたくし?それともエレシュキガルですの?

 杏は「リリアーナは悪役令嬢なんだってさ」と残念そうに言って、悪役令嬢がなんたるものかを教えてくれました。

 リリアーナ…わたくしが悪?え?どういうことですの?

 今、考えてみるとこちらの世界の記憶を持つ者があちらの世界でその影響を受けて、創作した作品という可能性が高いのかもしれません。そう考えないとあの乙女ゲームの世界と共通点が多すぎますもの。怪しいですわね。


 杏と乙女ゲームが発売されたら、一緒に遊ぶという約束を交わし、それを楽しみに生を繋いでいました。しかし、わたくしの余命が一ヶ月もないと告げられたのはそれから、すぐだったのです。

 ショックで言葉を失い、自分の殻に閉じこもったわたしを抱き締めながら、泣いてくれたのは杏でした。


 結局、百合は病院を出ることもなく、病室で孤独に十七年の生涯を終えることになりました。約束は果たせなかったのです。それだけが心残りでしたわ。




「ふふっ、なるほど。つまり、わたくしはゆっくり考えてから、行動しなさいってことですわね」

「え?お嬢さまって、考えなしで今まで行動してたんですか」


 ごきげんよう、皆様。

 つい昔を思い出し、口走ったが為にアンにジトッとした目で見られたリリアーナです。


「考えてますわ。少しくらいは」

「お嬢って、知識の無駄な宝庫だったんだな」


 ハルトにも微妙に呆れられているような気がするのですけど、気のせいですわね。ハルトですから。ともかく、気を取り直して、わたくしたちは敵の本拠地についに侵入しました。

 恐らく、あの階段の入り口を露わにさせたのは爺やなのではないかと思うのです。残っていた魔力もそうですし、六人で結構、先へと進んできたのに未だに迎撃に現れる敵が全くいないというのはありえないではないかしら?


 それから、三十分近く通路を進みましたけれど未だ、何者にも出会えていません。ここまで現れないと逆に気味が悪いですわ。相手が潜む者グレイヴンですから、余計に何かを企んでいそうですし。

 そして、今どうするべきかを悩んでいるのかというと進むべき先には三方向に分かれているから。どれにしましょう?なんていう不確定要素が多い選び方で三組に分けるのは危険ですものね。


「お嬢、どうするんです?」

「各通路を二人一組で進むのが一番なのでしょうけれど」

「お嬢さま、それだと誰と誰で組ませるのかが問題になりませんか?」


 アンの言う通り、それが最大の問題点なのよね。いわゆる防御に秀でたフュルフール様とハルト。攻撃に特化しているアンとアモン様。サポートをしながらの攻撃役として、わたしとイポス。

 組み方によっては取り返しのつかないことになりかねないので慎重に決めないといけませんわ。


「まず、その前にすべきことがあるわね。通路の先に危険がないのか、知らないといけないわ。イポス出来るかしら?」

「へえ、少々、お待ちを」


 イポスは目を閉じると魔力を集中させ始めました。獣人には元々、人より優れた身体能力や特殊な技能を有する者が多く、狼系獣人のアンやアモン様は身体能力だけじゃなく、聴力も優れているのですけれど、イポスはそれを遥かに上回る超索敵力を有しているのです。

 うさぎさんだけに危機回避能力に特化した結果、得た天恵とも言うべき敵視判別力が彼の固有能力なのよね。


「右は百五十はいるなぁ。左は百五十いや二百近い…正面はえっと、百っす」


 彼には敵意を露わにする者の姿がオーラとして、見えるらしいのです。一族の中でも彼ほど特殊な索敵能力を有している者はいないそうです。

 そうすると数がもっとも多い左通路が正解なのかしら。右も怪しいのですけど微かに感じる爺やの魔力は左よね。


「左にはわたくしが参りましょう」


 「え!?」という顔で全員がわたしを見るのはなぜなのでしょう?変なことを言ったつもりはないのですけれど。

 わたくしは無詠唱で魔法が使えますでしょう。それに魔法の解析・逆算・奪取も出来ますわ。接近されたとしてもオートクレールの刺突剣モードである程度は捌けますものね。

 姿こそ見せていませんけど、アンディがすぐ側にいる訳ですし、アンと一緒に行くのですから、何も不安に思う要素がないのですよね。


「アンはわたくしと一緒に左へ。フュルフール様とアモン様は右の通路をお願いしますね」

「てことは俺っちとハル坊が正面っすね」

「坊呼ばわりはやめろってえの」


 わたくしとアンが左通路、フュルフール様とアモン様が右通路、ハルトとイポスが正面通路と受け持ちを決めました。決まったからには進むのみですわね。

 鬼が出るか蛇が出るか、いえ…出るのは鼠ですわ。それも相当に性質の悪い鼠が待っているんですもの。

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