第65話 狐火



「どうなってるんだ…………どうして、士郎さんが?」


「士郎? あぁ、あの洞窟で…………あれが、お前の師匠————」



 戸惑う俺の様子を見て、茜は刹那が戦っている相手が士郎さんだと……玉藻に殺された人物であることを把握したようだった。


 刹那は攻撃をかわしてはいるが、相手は叔父の士郎さんだ。

 反撃するにも、致命傷を負わせることができず、苦戦している。


「どうして、叔父さま……!! どうして叔父さまがこんな事————」



 刹那は涙を浮かべながら、士郎さんに話しかけるが、士郎さんは何も聞こえていないのか、その質問に答えることはなく、攻撃を続ける。


 刹那に加勢するべきだとわかっているが、相手が相手だけに戸惑う俺を見かねて、茜は士郎さんの体を指差して言った。


「颯真、あれは人間ではない……中身がない」


「え……?」



「周りをよく見てみろ……火の玉がある」



 茜の言う通り、確かに火の玉が1つぐるぐると士郎さんの周辺を動きに合わせて浮いていた。


「あの火の玉…………玉藻の周りを取り囲んでいたのと同じ————」


 玄武の湖畔で見た火の玉を思い出した。

 玉藻の影を守るように囲っていた7つの火の玉。

 それと全く同じだった。


「あの火の玉は、狐火と言って妖狐の子分みたいなもんさ……アレが操っているんだよ…………あの男自体は、もう死んでいる」


「そんな……」


 士郎さんの遺体を使って、姪である刹那と戦わせるなんて————


「酷い……どうして、そんな酷い事を————」


「あの女狐に、心なんてない。あいつは自分の意のままに人を動かし、苦しめ、殺すのが趣味なんだよ」



 士郎さんが既に亡くなっている事を知らない刹那は、裏切られたと思っているに違いない。

 それでも、刹那に身内を倒すことなんて……できるはずがない。

 刹那は、口は悪いけど、誰よりも里のことを大事に思っているんだ。



「刹那、下がれ……」


「えっ!? 颯真!? 何やって————」



 俺は刹那から毒の仕込まれた扇子を奪い取ると、その刃で襲いかかる士郎さんの体ごと、火の玉を斬った。


 刹那の扇子は悪いものだけに効く特殊なもの。

 火の玉だけにその効果が発揮され、真っ二つに切れた火の玉は滅せられて消えてゆく。


 火の玉が操っていた士郎さんの体は、ピタリと動かなくなる。

 士郎さんの体が前傾姿勢のまま力なく倒れてくるのを、俺は抱きとめた。



「颯真!! なんてことを……!!」


「操られていたものを助けたんだ。あの男は既に死んでいる」


 茜にそう言われて、刹那は状況を理解し、泣き崩れた。


「叔父さま…………叔父さま…………っ」



 俺はそっと、士郎さんの体を寝かせると、右手で見開いたままの瞼を伏せる。


「狛七、士郎さんの遺体を頼む。……刹那」


 泣いたままこちらを見た刹那に、俺は奪い取った扇子を返す。



「泣くのは後にしろ。玉藻を…………殺しに行くぞ」



 強く握りしめた掌に、青い炎が浮かび上がる。


( 絶対に許さない———— )



 夜明けまで、もう少し——————





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