おんなの日常 夜のコンビニ編

永瀬鞠

 


 ああ、かわいいなー。

 目当ての雑誌を一冊手に取ったあと、思わずその表紙を眺める。

 深いオレンジ色の服を着てこちらを横目に見るモデルの実香ちゃんは、とても綺麗だ。

 インタビューも載るらしいから買いに来たけど、これは表紙だけでも買う価値あるよ。

 目は大きくてきれいな二重で、鼻筋は通ってて、顔は小さくて、そんでもって、この目力とオーラ。

 これであたしと同い年だもんなあ。


 実香ちゃんは日に日に綺麗になっていく。

 うらやましいと思う。

 あたしも実香ちゃんみたいになりたい。

 すごいとも思う。

 どれだけ努力してるんだろう。


「660円です」

 鞄から財布を出しながら、店内に流れていた曲が今さら耳に入る。ビートルズじゃん。

“There’s nothing you can do that can’t be done”

 粋だなあ。誰が曲選んでるんだろ。

“Nothing you can say but you can learn how to play the game”

 そういえばガムなくなりそうなんだった。一緒に買えばよかったな。

“It's easy”

 まいっか、また今度で。

「ありがとうございましたー」

“All you need is love”

 ふ ふふふふん。


 大きな通りだから夜だけどあまり暗くない。

 歩きながらふと足元に視線を落とすと、昨日磨いたばかりのお気に入りの黒い革靴。

 明かりに照らされてつるりと光ったつま先を見て、ちょっと嬉しくなる。

 いいぞーあたし。


 簡単な話だ。

 あたしは実香ちゃんになりたい。

 だけど、あたしと実香ちゃんは顔や体のつくりが違うから、あたしは実香ちゃんにはなれない。

 なれないから、実香ちゃんはあたしの憧れだけど、目標ではないのだ。

 ということにようやく気がついた。つい先週。


 あたしと実香ちゃんの美しさへの道は違う。

 実香ちゃんは実香ちゃんでもっと綺麗になるし、あたしはあたしでもっと綺麗になれる。


 さーて、帰ったら顔パックしますか。



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