禍乱道

陰角八尋

外道と外道

かつて存在の有無を問われていた超能力者は、今や世界各地で確認されている。

突如として超能力に目覚めた者たちが各国で大々的に報道された当初こそ、人々は期待に胸をふくらませた。超能力により、世界はより良い方向へと進むのだと。


しかし、希望は尽く踏みにじられていった。超能力を使った事件事故の多発に、増え続ける行方不明者の数。無差別殺人や超能力者狩りなどにより、数えきれないほどの犠牲が記録されている。


誰が言い出したか、やがて超能力は外法と呼ばれるようになり。今や人々は、外法を使う者を畏怖や侮蔑を込めて「外道」と呼ぶようになっていた。



事態の収束を図るべく、政府は対外道組織、通称「対道たいどう」を創設した。主に政府に協力的な外道たちで構成された対道は、紆余曲折がありながらも今日に至るまで世の平和を守っている。外道の保護や無力化はもちろん、時にはその場で凶悪な外道の処刑も行わなければならない。



そんな対道に属する外道の一人、内村うちむら充和みちかずは久しぶりの休日が潰れたことをうれいていた。


「思っていたより人が多いな……」


今日はのんびりと過ごせたはずだった。しかし、直属の上司である梶から「外道による事件発生」の凶報が来てしまっては仕方がない。


指定されたところに来てみれば、高等学校を囲むようにして警察が配置されている。

校舎周りを囲む対道や警察は、久しぶりの大事件に緊張していた。


(久しぶりに見たな、このレベルのやつ)


校舎奥に見える教室棟の一角。何年生の教室かは分からないが、外から分かるほど真っ赤に染まっていた。窓が割れ、肉の破片がぶら下がっている。遠目だと良く見えないが、どうやら中で動いているのは一人だけらしい。


(あいつがやったのか)


対道が生まれて10年。犠牲を重ね続けた世界の混乱は、鎮まりつつある。

だが、まだ0になったわけではない。昔よりも大幅に減ったとはいえ、外道による凄惨な事件は今も起きている。もっとも、ここまで目立つ事件を起こすのは珍しい部類に入るのだが。


「目立ちたがりか、対道と敵対する組織の末端の可能性ですかね?」


校門前から惨状を眺め、内村は嘆息する。


「前者ならまだしも、後者ならもっと過激なことを起こすでしょうね。でなければこの付近の外道は集まりませんよ。それに、今回の犯人は既に特定されています」


横でタブレット端末を操作している梶も、不快感を隠そうとしていない。おそらく、敵対組織に動きがないか連絡を取り合っているのだろう。


「え、もう特定されているんですか?」


「えぇ。外道の名前は筒井つつい組彦くみひこ。この高校に通っている17歳と情報ではあります。件の教室も、彼のクラスだそうです」


「じゃあ、イジメられていたとかいう感じの動機ですかね?」


「内村さんのいう通り、復讐の線が高いでしょうね。校内で筒井が殴られているところを見た人もいたそうです」


多くの外道は、目立つような行動を避ける。目立てば目立つほど、対道に拘束・処刑される可能性が高まるからだ。

それでも派手な行動を起こすのは、何があっても自分の悲願を叶えたいタイプだと相場は決まっている。


「外道が出てくるようになってから減ったと思ってましたけど、イジメなんてする奴がまだいたんですね」


話しながら、準備運動を始める。これから外道を捕獲ないしは処刑しなければならない以上、戦闘は避けられないためだ。


「一応、生存者は全員避難させました。一時間目の授業が始まったあたりから、奥に見える教室棟で犯行が行われたようです」


梶や校舎周りに配置された対道や警察も、あの光景に気分を悪くしているようだ。

神経質そうな顔を歪めながら、梶は低い声で内村へと報告を続ける。


「加えて、あの教室から誰か出てきたという報告も受けていません。あのクラスの生徒は全員筒井に殺されているでしょう」


「やっぱり。というか梶さん、ここにいていいんですか? 警察の人もそうですけど、遠距離系の外法持ちだったら危ないでしょ」


「今回、内村さんのバディを務めるのが辻本つじもとさんなので……」


「あぁ、なるほど。もう外法で閉じ込めてたんですねアレ」


腕にまっすぐに上げて背筋を伸ばしながら、内村は周囲を見渡す。

何かあった時のために、外道はほぼ必ず数人一組で行動しなければならない。後方支援である梶以外に、最低でもあと一人、戦闘を補助する外道が来ていた。それが辻本優美ゆみだ。


部屋一つを脱出不可能な空間にする。それが辻本の外法だ。外から内へは簡単に入れるが、内から外へは見えない壁に阻まれてしまう。空間から出るには、辻本に外法を解いてもらうしかない。あるいは、強力な攻撃ないし外法でなければ破ることなど不可能だ。



「あれ? 肝心の辻本は?」


「後ろに停めてる車の中です。『やることはやったから、さっさと終わらせろ変態』と言っていましたよ」


外法を使い過ぎれば、大抵の外道は肉体や精神の負荷に耐えられず気絶する。最悪、後遺症が残ってしまう事例も少なくはない。

強力な分、辻本の外法は負荷が大きいため、短時間で決着をつけるのがベストだ。内村もそれが分かっている以上、早く教室へ向かおうと準備を進める。


「早く行かないとなんて言われるか……じゃあ脱ぎますね」


梶の返事を待たず、着ていたジャケットを脱いだ。続いてインナーも脱ぎ、持っていたカバンへと詰め込んでいく。周りにいた警察は驚くが、一部の梶や対道は気にせずに見守っている。


「あ~緊張する。でもやっぱり気持ちが良いですね」


「言ってること無茶苦茶なの気づいてます?」


ズボンや靴下までも脱ぎ、ついにボクサーパンツ一枚になった内村はカバンを梶へと渡した。


「服、また預かってもらっておいて良いですか?」


「……いいですよ。預かっておくんで、ささっと倒して早く戻ってきてください」


「はーい」


血濡れの校舎へと進むパンツ一枚の男を、咎める者はいない。散歩にでも行くかのような足取りで、内村は校舎の中へと消えていった。




「できれば相当の馬鹿であってほしいけどなぁ」


そう呟きながら、閑静な廊下を進んでいく。あの教室に近づくにつれて、血生臭さが鼻孔を突き始めた。

階段をのぼってみれば、教室内に収まりきらなかった血があふれ出てきている。


「あぁぁぁぁ、何で、なんで出られないんだよ!?」


血だまりへ踏み出す寸前に聞こえてきた声は、年相応に幼い。


(馬鹿だな)


教室の前に立てば、呻き机を殴りつける青年――筒井組彦と目が合った。幼い顔立ちに、背も17歳という割にはあまり高くない。160cmもないだろう。体は細く、辻本の外法で閉じ込められ狼狽える姿はあまりにも弱々しい。


「逃げないのか?」


「え?」


殺し、閉じ込められたところに現れたのは下着一枚の男。

筒井の思考が一瞬停止したのは、仕方のないことかもしれない。だが、すぐに結論へと辿り着く。


「対道っ!?」


すぐさま後ろに下がる筒井だったが、血だまりで足を滑らせ転んでしまった。


「だっ」


強く体を打ち付けた筒井が悶絶している間、内村は教室へと入る。血だまりの中にある、硝子や木の破片を踏み抜かないようすり足で移動していく。服と合わせて靴や靴下まで脱いだ今、彼は裸足だ。


(最悪だ。やっぱ靴は履いてくれば良かったか? でもあれ高かったんだよなぁ。汚したくなかったし)


「クソッ!」


ゆっくりと近づく対道てきを前に怯える筒井だったが、立ち上がってすぐに右腕を振るう。瞬間、クラスメイトをバラバラにしたであろう不可視の刃が内村へと襲い掛かった。

左肩から右わき腹にかけ、後ろの壁ごと切断するであろう一撃。しかし


「おっと」


「……え?」


――強烈な風圧に体勢を崩したものの、内村が傷を負うことはない。

代わりに血だまりが跳ね、飛び散る赤の隙間から見えた床に深い切れ込みが入っているのが見えた。


焦りはしていたものの、さほど距離も離れていない相手に向けたはずの攻撃が外れるわけがない。そうして目の前の不可解に気を取られてしまった筒井は、内村の接近を許してしまった。


近づいてすぐ、内村は右の拳を引いた。わざとらしく、今から殴ることを教えるように。筒井は咄嗟に、腕を交差して顔を守る。反射で取ったその行動は、胴体をガラ空きにしてしまった。


「あ゛ッ」


明らかな悪手。顔を守ってしまったのは、大嫌いなクラスメイトに一番殴られた箇所だからだ。


鳩尾みぞおちを強く殴られたことで、肺から息が押し出され呼吸が止まる。

猛攻は止まらず、腕の上からも拳を叩きつけられ、肉や骨が悲鳴をあげていった。


それでも、筒井が何とか腕を振るい鎌鼬を飛ばせたのは、外道になったことによる肉体の強化のおかげだろう。

外道になる前であれば、最初の一撃で負けていた。


鎌鼬の先にあるのは、二人の横で積み重なっていた机や死体の残骸。切断され、風により吹き飛んだ鉄の脚や肉片が外道へと襲い掛かる。


「っ!」


内村は、防御ではなく回避をとった。飛び退いた直後、先ほどまで内村がいた場所を鋭利な凶器が通り過ぎていく。


距離を離せたことに安堵しつつ、筒井は血で赤く染まった体を起こした。

重い一撃を受け、満身創痍となるなかで思い浮かべたのは――


(今、?)


内村の行動に対する疑問であった。

試しにもう一度、鎌鼬を振るう。内村の斜め後ろにあった机と死体の山が弾けるようにして飛び散り、同時に切断され先が尖った鉄や骨が四方八方へと放たれた。またもや内村は回避を選び、今度は近くの椅子を盾にまで使い防御する。


(効くんだ! 切断がダメで、刺すならいける!)


内村の外法、そのカラクリに気付いた筒井の顔に生気が戻った。それを見た内村は、己の手の内が暴かれたことを悟る。


(やべ、大ケガ覚悟でさっき攻め続けとけば良かったな)


直接触れている物へ、自分が受けるダメージを押し付ける。それが内村の外法だ。

どこかに触れてさえいれば、打撃や切断などで傷を負うことはない。しかし、刺すという攻撃は押し付けられない。


「気づいただろ、俺の外法に」


筒井は答えない。しかし、先ほどとは違い余裕があるように見える。

外法を暴きはしたが、まだ勝ったわけではない。それでも、筒井が落ち着いていられる理由。


「殺す方法でも思いついたか?」


「言わない」


後は、行動に移すのみ。


筒井が振るうは両腕。今日一番の大振りだ。

弧を描くように飛ばされた鎌鼬は、天井に大きなバツ印を刻みこむ。直後、切断され自らの重さを支えきれなくなった鉄骨やパネルなどの建材が音をたて降り注ぎはじめる。


「あぁクソっ、それはマズい!」


筒井の意図に気づいた内村は、そこらの什器をかき集めて即席のバリケードを張り、身を潜めた。一方、筒井はどこにも隠れない。落ちてきた瓦礫の山に向けて、腕をめちゃくちゃに振るっていく。より細かく切断され、より鋭くなった凶器の雨たちは、鎌鼬の風圧により加速した。



傘をさす時間など、与えられるはずもなく。

人災により発生した雨は、教室の壁や床を強く叩いた。



「――あぁああぁああああああっ!」



無意識に、筒井は叫び声をあげていた。しかし、運が悪ければ自分が死ぬこの方法を選んだのは、他でもない筒井自身。傍から見れば滑稽かもしれないが、命がかかっている以上は必死で腕を振り続けるしかない。

がむしゃらに振るう鎌鼬は、襲い掛かる雨を吹き飛ばしていた。全ては防げず、体のあちこちに傷が増えていく。何より最悪なのは、左足の甲に鉄骨が突き刺さったことだろう。


だが、耐えられる。脳内麻薬が出ているのか、痛みもそこまで感じてはいなかった。加えて本物の雨と違い、気まぐれに長雨となることはない。


時間にして約十数秒の通り雨は、教室内の全てを荒らしつくした末に上がった。それからすぐに、崩れたバリケードを押しのけ、内村が姿を現す。


先ほどまでの余裕は感じられない。体のあちこちに鉄骨やコンクリートの破片が刺さり、流血している。それでも倒れないのは、対道としてこれまでに培ってきた努力の賜物だ。


「化け物だ……」


「いや、お前もだろ?」


内村に刺さった鉄骨は骨まで食い込んでいるが、幸いにも臓器や大動脈に当たったものは一つもなかった。もし刺さっていたら、多量出血でショック症状を起こしていたかもしれない。


ダメージは内村のほうが重く、血も流れ続けている。一方で先ほどよりも余裕を取り戻した筒井は立ち上がり、目の前の敵を睨みつけていた。形勢は逆転したものの、外法を短時間で使いすぎたせいか顔色が悪い。


長期戦に持ち込めるほどの体力は、互いに残っていなかった。


「あと一回、あと一回だ」


荒々しい息を繰り返し、筒井は告げる。


「あと一回でケリをつけてやる」


「やってみろクソガキ」


内村は、筒井の言葉に挑発で返す。深く息を吸い込み、呼吸を整えて構えた。


「今度こそ、今度こそ殺す」


筒井が、腕を振り上げる。それを見た内村はすぐさま走り出し、鎌鼬を起こされるよりも速く筒井へと肉薄した。


(速い!? でも、攻撃されるよりも早く殺せば……!)


筒井は腕を振り、上に残っていた建材を切り落とした。

しかし、先ほどの雨あられで鉄骨やコンクリートはほとんど下に落ちてしまっている。筒井が内村を殺すためには、がむしゃらに瓦礫を飛ばすのではなく、内村を狙って飛ばさなければならない。


「当たれッ!」


続けて起こした鎌鼬により、落ちてきていた瓦礫たちは一斉に内村の足元へと突き刺さった。


「うおっ!?」


避けるため、内村は跳びあがる。それこそが、筒井の狙いだ。


(最初に鎌鼬を当てたとき、体は切れずに地面が裂けていたから……対道の外法は『触れている場所にダメージを押し付ける』ものだ! だから、空中に浮かせる!)


筒井の考えは当たっていた。確かに、空中に浮いてしまえば内村はダメージを床へと押し付けられない。

いま、空中にいる内村は無防備の状態だ。


(でも、あいつはパンツをはいてる。最低でも鎌鼬を二回、まずパンツを破ってから胴体を切断する!)


腕を振るう。もうとっくに肉体は限界を超えていた。それでもなお飛ばした鎌鼬は、黒のボクサーパンツを引き裂き吹き飛ばす。


「おいマジか!?」


生まれたときの姿になった内村だが、焦ることなく筒井を見据える。何より、上司から「戻ってきてください」と言われた身だ。ここで死ぬわけにはいかない。

しかし、既に目の前の筒井げどうは腕を横に大きく振るっていた。



あと数舜で足が床に着くという寸前で。

内村へ向け、最後の鎌鼬が放たれた。



「……は?」



力を使い果たし、膝をついた筒井が見たのは切断された内村の死体――ではない。

確かに引き裂かれている。ただ、それは内村の胴体ではなく、頭皮であった。血は流れず、切れた髪がゆっくりと落ちていく。



直接触れているものにダメージを押し付ける外法。それは床や下着に止まらず、カツラですらも押し付ける対象として機能する。

だからこそ、内村は髪を剃りカツラを張り付けていた。いざという時のために。


先ほど下着を切られて焦っていたのも、筒井に「ダメージを押し付けるものがもうない」と錯覚させるためのハッタリである。


「じゃあな」


着地してすぐの一撃は、確実に筒井の意識を刈り取った。吹き飛ばされ、血まみれの床へと少年は崩れ落ちる。

死んではいない。しかし、これだけの事件を起こしたうえ、外道とあっては未成年だとしても重罪は免れないだろう。


「復讐にしても、もっと上手くやれば良かったのにな」


そうして内村は、遠くからこちらを見守る梶へ「任務完了」の合図を送った。





「で、何で死んでないわけ?」


「いや、それは……うん。すいませんでした」


内村のお見舞いに来た辻本の言葉は、何時にも増して辛辣だった。一方的に嫌われているものの、内村は強く出られない。初めてコンビを組んだ際、不注意とはいえ辻本に局部を見せてしまったのが原因だ。


結果として、血まみれになるほどの大けがを負っても労いの言葉をもらえず、遠回しに「死ね」と言われる始末。そんな内村を、辻本と同じくお見舞いに来ていた梶は憐みの目で見ていた。


「思っていたよりも酷いケガでしたが、無事に治るようでホッとしましたよ。一応医師に確認しましたが、後遺症も残らずにすむそうです」


「すいません梶さん、また迷惑かけてしまって。あぁそれと、ありがとな辻本。おかげで外道を倒せたわ」


「何言ってんの? 私は閉じ込めただけで、倒したのはあんたでしょうが。そうやってご機嫌取りのために、自分の功績を渡そうとするの止めてくれない?」


「あ、はい」


「本当に感謝しているんだったら、早く記憶を消せる外法持ち見つけないさいよ。じゃなかったら、串を突き刺すからね!」


「分かりました……すいません」


どこを突き刺されるのか。聞かないでも分かるうえ、聞きたくもない。

今度の休日は、記憶操作の外道探しで潰れるのだろう。


「まぁ、完治するまでは安静にしておくべきでしょう。辻本さんも、あまり内村さんを責めるのは控えてください。精神的ダメージで今後、万が一影響が出ては困るので」


「はいはい、分かりましたよ。じゃあ内村、さっさとケガ治して外道探し手伝ってよ!」


そう言って、病室から辻本は出ていく。

扉が閉められてから少し間をあけ、梶は改めて内村に向きなおる。


「筒井組彦については、施設での監視になるとのことです」


「あれだけの人数を殺しておいて、よく施設行きで済みましたね?」


「いや、むしろ死刑のほうが幸せだったかもしれません。担当者はながあめさんですから」


「うわ、確かに死刑のほうが良いですね。あの変態が担当なんて」


「仕事でパンイチになるあなたが言います、それ?」


至極もっともな意見に、「それもそうですね」と笑って返す。

窓の外を見ると、晴れ渡る空から降る日の光が街を照らしていた。

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