ヴァンパイアと粛清と腹心の部下

「クラシカ家を侮辱されておきながら、消さずにいたと聞いたが?随分と、温情のあることだな」


 煌びやかな広間の中、最も上位に位置する我が父上は、王の威厳を保ちつつ嫌味たっぷりにそう話しかけてきた。隣には当然のように母上を連れて。

 相変わらず、その情報の速さには驚くばかりだ。近くに気配はあったので、おおかた配下を忍ばせてのぞき見でもしていたのだろうが。


「父上、誤解を招くような発言はやめて下さい。私はただ、人間の少女の前ですべき行為ではないと判断したまでです」

「ふむ…まぁ、それならば一理あるが…」

「この場で同じ事をされたのならば、私とて父上の子。情けなどかけず何一つ残さず消し去りますよ」

「うむ、当然だな。それでこそ、我がクラシカ家の長男だ」


 正確に言えば、私だけだったのならばあの場で消してしまってもよかった。けれどリーファの前で、そんなものは見せたくなかっただけだ。もしも彼女の記憶にあの男が残ったらどうする?それこそ許せないではないか。


(とはいえ、ただ消すよりも噂になってくれれば良いのですよ。リーファを迎える前に、今一度ここにいる全員に思い出させなければいけませんからね)


 黒い笑みが零れそうになって、慌てて表情を取り繕う。幸い誰にも気づかれていなかったようだが、その分私は優男に見えていたらしい。現に、私の計画通りにあちらから近づいてきてくれたのだから。


「ハイル様っ…!!」

「おや、どうしました?」


 白々しく、とぼけてみせる。蝙蝠へとなり下がった男の両親だと分かっていて、あえて飛び込ませる。


「息子も悪気があったわけではなかったのです…!どうかっ、どうかご慈悲をっ…!!」


 面白いほどに思い通りに動いてくれる周りに、今回ばかりは愉快で仕方なくなる。いつもならば冷めた心で見ているその姿を、今は体面だけでも取り繕わないとすぐにでも笑い出してしまいそうな気分で見つめる。もちろん、冷たい目で見下ろしながら。


「……愚かな」

「ぇ…?」

「この親にして、あの子あり、ですか」

「っ!?!?」


 困惑していますと顔だけでなく全身で表している彼らに、ほんの少しの怯えが見え始める。その隙を逃さないように、にっこりと笑顔で告げて。


「百年、猶予をあげましょう。その時に全員正しい答えが出せていたのなら、元の姿に戻してあげます。ただし。そうでなかった場合は、一生その姿のままか、あるいは……まぁ、その時の私の気分次第ですね」


 愚かな息子と同じように、蝙蝠の姿へと変化させた。




*  *  *




「結局生かすか」


 今にも落胆のため息をつきそうな声が後ろからかけられて、予想通りすぎるその反応に微笑みながらゆっくりと振り返った。


「ただで殺してやるほど、私は甘くないですから。どうせなら、恥を晒して屈辱の中生きればいいんです。その方が、見せしめにもなっていいではないですか?」


 実際、烏合の衆に対して最も効果的なのは"自分はああなりたくない"という感情を植え付けることだ。消える恐怖だけではなく、生きる屈辱もあるのだと知らしめればいい。そのために彼ら家族はとても丁度いいタイミングだっただけのこと。

 私が口にしなかった意味に、父上は気づかれたらしい。ゆっくりとその口角が上がっていって。次いで周りにも分かりやすいように笑い声を飛ばす。


「ははっ!そうだったな!ノエルが生まれてからはすっかり大人しくなっていたから忘れていたが、元来のお前の性格は冷徹で残酷だったな!!」

「お爺様に似ていると、昔はよく言われました」

「そうだった、そうだった。似ていないのは、口調と女遊びくらいか」

「流石に、お爺様の生きた時代とは違いますからね」

「だが、クラシカ家の長男に相応しい性格だ」

「それを忘れていたのは、父上だけではありませんから。煩わしいので放置していましたが、ノエルが王位に就くのであれば選定の基準になりますし」


 テンポよく交わされる会話に、ほとんどの者がついてこれずにポカンとしている。若干名キラキラとした視線を向けてくる者たちがいるが、今はあえて無視してやる。どうせ今後、嫌でもかかわりあうことになるのだから。


「それで…どれほど残る?」


 真剣な声に、王としての部分と父としての部分が見え隠れする。少々特殊だったこの五十年ほどの期間は、父上にとっても気が抜けないものだったようだ。けれどそんなに心配しなくとも、もうすでにほとんどの選定が終わっている。今すぐにでも動けるほどには。


「少なくとも、半分は消えるでしょうね」

「消すと?」

「ノエルのためならば」


 迷いなく告げれば、一度ぱちりと瞬きをして。そのまま肩を震わせて、おかしそうに笑いだす。


「くっ……はっはっはっ!!お前は本当に、牙を隠すのが上手いな!」


 最高の誉め言葉に、胸に手を当ててこうべを垂れる。


「お褒めにあずかり光栄です」

「見てみろ。周りが予想もしていなかった事態に青褪めているぞ」

「愚かな力無き者たちがクラシカ家を軽んじ侮辱した報いですから。興味もありません。あぁ、もうも必要ありませんね」


 一瞥をくれてはみたが、実際なんの興味も湧かなかった。恐怖に慄くその様は、あまりにも予想通りでつまらないだけだ。だが今が一番効果的だと判断して、抑えていた魔力を解放して本来の順位を思い出させてやる。下位貴族では、近づくことすらできない差があるのだと。


「はっはっは!!愉快!実に愉快だ!!」


 久方ぶりに心の底から笑う父上の隣で、母上はひっそりと苦笑する。ここまでやらなくても、ということだろうか?けれど、どうせやるのならとことんがいい。中途半端では意味がない。


「お爺様風に言うのであれば…"王の征く道を阻むものは、何人たりとも許さん。弱いたねもいらぬ。そのためにしゅが絶えるのも致し方あるまい。真に強いものだけが残るのが我らヴァンパイアの世界の掟だ"」

「…なんともまぁ、先代にそっくりな」


 器用に片方の眉だけを持ち上げて告げられた言葉は、ノエルが生まれる前まで頻繁に言われてきた言葉だった。懐かしさを覚えつつも笑顔を向ければ、ほんの少し嫌そうな顔を返される。


「お爺様にはそれはもう可愛がっていただきましたから。私の知識のほとんどがお爺様から教えていただいたものですよ」

「父上の溺愛ぶりには手を焼いたからな。嬉々として拷問方法を幼子に教え始めた時にはさすがに焦ったものだ…」

「分別の分からぬまま事実として知ったからでしょうかね?今でもあまり抵抗はないのですよ。必要であればいくらでも――」

「そうならぬことを祈っておこう」


 今度こそ本当に嫌そうな顔をして、私の言葉にかぶせるようにそう返された。確かにお爺様は極端な方だったから、父上は本当に苦労されていたのだと今ならば分かる。あまりこの場でそのことを掘り返すのもよくないだろう。目的も達成したことだし、あまり長居する必要もない。そろそろ帰宅することにしよう。


「くすくすくす、そうですか。では、私はこれで失礼致します」

「まさか…今日の目的は先ほどの茶番だったのか?」


 驚いたような表情で問うてくるその顔は、王ではなく父としてのものだった。だから私も、息子としての回答を返す。


「もちろんですよ。そろそろ気づかせてやらねばならない時期かと思いまして」

「そうか…確かに、ちょうどいい頃合いかもしれん」

「えぇ。では、御前失礼いたします」

「あぁ」


 最後ばかりはさすがに親子ではなく臣下として、最大の礼を取って退室を告げる。これで懸念事項は消えた。後はリーファを迎えに行くだけだ。


「そうやって怯えること自体、後ろめたいことがあるのだと言っているようなものだというのに」


 去り際、だめ押しとばかりに冷たい目でそう告げてやれば。有象無象の者たちは動けなくなる。

 これでもう、私にも私の妻になる彼女にも、簡単に近づいて来ないだろう。




*  *  *




「あぁ、今日は記念すべき日だ。ようやく我が君の素晴らしさを皆が知るところとなった…」


 ハイルが出ていったすぐあと、広間の端の方で目立たないように控えていた一人の青年がそう呟く。そのまま隣に立つ妻と顔を見合わせ、急いで出口へと向かいハイルを追っていった。




「我が君!!」


 中庭へと抜ける回廊に差し掛かった時、ようやく艶やかな闇色の髪を風に遊ばせながら歩く後姿を見つける。声に振り返った絶世の美貌は、少々不機嫌そうに眉根を寄せていた。


「……その呼び方はやめなさいと何度言えば――」

「いいえ!今日この日、今この時から、こう呼ぶことで私を害するものなど存在いたしません!」

「それは…」

「ですので、我が君にご心配いただくこともなくなりました!よって、私は堂々と我が君と呼ばせていただきます!」


 自信をもってそう告げる青年に、一度ため息をついて。隣に粛々と付き従うように控える女性に声をかけた。


「……君は伴侶でしょう?何か言わなくていいのですか?」

「はい。わたくしも、夫に全面的に賛成しております。わたくしといたしましても、夫と同じく我が君と仰いでおりますので」


 予想とは違う対応だったのか、その目を僅かに見開いている。それでもその美貌が損なわれることなど全くないのだが。


「…………元人間、ですよね…?」

「嫁いでからというもの、義母様にそれはもう詳しくこの世界の理を教えていただきましたので。やはり同じ元人間同士、とても理解しやすいものでしたわ」

「……そう、ですか…」


 もはや諦めにも似た声で、美声が低く響く。そのままもう一度ため息をついて、今度はその輝くような蒼い瞳をまっすぐに二人へと向けた。


「お好きにどうぞ。もう咎めはしません」

「我が君っ…!!」

「ただし」


 感激に瞳を輝かせた青年に、魔王のような笑顔で言葉を遮ると。


「私の下につくのであれば、存分に働いてもらいますよ」


 そう、告げた。



 夫婦そろって恭しく腰を折った彼らが、後にハイルを主と仰ぐ者たちの中心となることとなる。

 華やかな広間ではなく、月光のもと腹心の部下を得たハイルは、誰よりもヴァンパイアらしい表情かお嘲笑わらった。




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