第11話 炸裂する唯一無二の絶技
サイネス城の自室で、ネフィラは椅子に腰掛け、膝を上下に激しく揺らしていた。スズキが城を出て行ってから一週間が経過した。正直、長くても一日二日で帰ってくると思っていた。だが、スズキは戻らなかった。
食べるものも喉を通らず、夜もよく眠れず、一人で居ると貧乏揺すりばかりしてしまう。そのせいで、部屋の床が所々、陥没した。
あまりに心配なので、雷槍疾走の兵隊に捜索願を出した。四日前に市場でスズキを見たという魔物がいたが、情報はそれきりだった。
(ふええええん!! 何処に行っちゃったのよ、スズキー!!)
誰もいない部屋でベッドに寝転がり涙ぐむ。もし帰ってきたら誠心誠意謝りたい。だからお願い。早く帰ってきて、スズキ。寂しい。とっても寂しい。スズキがいないと私、ダメなの……。
コンコンとノックの音が聞こえ、ネフィラはベッドよりガバッと立ち上がる。
「ネフィラ様。エクセラです」
寝そべっていたせいで乱れた胸元を整え、ネフィラは毅然とした声を出す。
「うむ。入れ」
「失礼致します」
メイド服を着た元第三王女エクセラが部屋に入ってくる。足の健を切られたせいで覚束なかった足取りは時間が経った今、常人とさほど差はない。
ネフィラはあれ以後、エクセラをスズキの代わりの奴隷として傍に置いていた。ネフィラにとって、エクセラはスズキとの喧嘩の原因。正直あまり顔を見たくなかったのだが、無碍に扱うとまたスズキが怒るかも知れないと思い、奴隷として使役させていた。だが、エクセラは王族らしからぬ腰の低い少女で、与えられた仕事をテキパキとこなした。なので、スズキの一件は置いておいて、ネフィラはエクセラを見所のある奴隷として評価していた。
「それで何用だ?」
「はい。勇者様――いえ、スズキ様が帰っていらしたようです」
「何!! それは本当か!!」
上擦った声で叫んでしまう。エクセラが微笑んだのを見て、ネフィラはこほんと咳払いした。
「そ、それでスズキは今どこに?」
「魔物達が言うには、訓練場で隊員決闘をする模様だと……」
「……は?」
ネフィラはエクセラを従えつつ、城下の訓練場に急いだ。広大な訓練場の一角に魔物達が群れている。やんややんやと騒がしかった群衆は、ネフィラが来たことに気付くと、頭を垂れて道を開けた。
「あっ! ネフィラ様も来たんすか!」
「こっちですよー、ネフィラ様ー!」
双子悪魔メルキル姉妹が手を振っていた。ネフィラはキル達に合流する。
魔物達に囲まれた中央には、木刀を持ったスズキがいた。そしてその対面には同じく木刀を持つスケルトン兵。
(えっ。スズキ……?)
スズキを見て、ネフィラは違和感を覚える。久しぶりに見たから、というのも勿論ある。だが……うまく言えないが、以前よりも可愛さが増している気がした。
(ああ……可愛い……! はぁはぁ……可愛い……!)
スズキの可愛らしさにしばらく見とれていたネフィラだったが、やがて対峙するスケルトン兵に視線を移し、眉間に皺を寄せた。
「あれは鉄鋼級兵のスケルトンではないか。スズキはまだ、級すらない石ころ兵だろう?」
「それがどうも、スズキが自分からやりたいって名乗りを上げたらしいんすよ」
キルが心配そうに、そう言った。
(この間、私に言われたことを気にして意固地になってるの? だからってアイツはマズいわ、スズキ……!)
雷槍疾走の中には骸骨兵士が複数いる。彼らの外見は似たり寄ったりで、なかなか見分けが付かない。それでもネフィラは、スズキと対峙している、額に罅の入ったスケルトン兵を認識していた。確か名は、ジルフリード。人間だった時、剣豪として名をはせた兵士である。かつての大戦で討ち死にしたが、その妙なる剣技と生への執着をかわれ、魔王様がスケルトン兵として蘇らせたのだ。無論、その時のことをジルフリード本人は忘れているが……。
ジルフリードがスズキに歩み寄る。そして肉のない顔に、申し訳なさそうな表情を繕った。
「スズキ。前も言ったと思うが、隊員決闘じゃあ手加減できねえぜ」
「ああ。構わない。お互い、全力で戦おう」
そして両者は握手を交わした――その刹那。
「……四十八のプリティス・第四の仕草『
ネフィラが隣で試合を見守るメルに尋ねる。
「おい。今、スズキは何か言わなかったか?」
「ん? そーですかー? ……あっ、それより試合、始まりますよー!」
審判の猫耳獣人が試合開始を高らかに宣言した。両者が木刀を構える。だが、開始早々、異変は起きた。
ジルフリードは木刀を持ったまま、ガクガクと震えていた。メルキル姉妹が不思議そうに互いに顔を見合わせる。
「一体、何やってんだ? ジルフリードの奴」
「さっきまでの勢いがどっかに飛んでっちゃったみたいだねー?」
ネフィラは鋭い目を試合に向けながら呟く。
「……先程の握手だ」
「ええ? どういうことっすか、ネフィラ様?」
ネフィラは見逃していなかった。スズキがジルフリードと握手を交わした時、何事かを呟いた。あれはおそらくスズキの技だったに違いない。
「あの時、既に戦いは始まっていたのだ。試合前の握手で、スズキはジルフリードの士気を削いだ。更に……」
木刀を持ったまま、震えるジルフリードにスズキは近付いていく。そして、
「四十八のプリティス・第一の仕草『
下から覗き込むようにして見上げる。潤んだ大きな双眸でジルフリードを見詰めたまま、スズキは話しかける。
「どうか、お手柔らかに。なっ!」
「ぐぬうっ……!」
ジルフリードは唸り、より激しく震えだした。そして、この一連のスズキの動作を見ていたネフィラもまた震撼していた。
(な、何て可愛さ! そして何て、いじらしさなの! 戦いなんか忘れて、抱きしめたくなっちゃう!)
スズキと向かい合っているのが、ジルフリードでなく自分ならば、木刀を放り出してスズキをギュッと抱擁していただろう。そして、そのままキスしちゃうかも知れない。
だが、ジルフリードは違った。
「う、ウオオオオオオッ!!」
ジルフリードは木刀を上段に掲げ、自らの震えと周りに満ちたホンワカしたオーラを振り払うように絶叫した。
「スズキ! 確かにお前は可愛い! そんなお前とこれから決闘をするなんて、自己嫌悪に陥るような不快な気分だ! だがッ!」
そして、ジルフリードは木刀の先をスズキに向ける。
「雷槍疾走の一員として、階級は命の次に大切なもの!! 俺は負ける訳にはいかねえんだ!!」
(さ、流石はジルフリード! 一流のスケルトン兵士だわ! つーか『命の次に大切』って、アンタもう死んでっけどね!)
それはさておき、ネフィラはスズキの迫り来る可愛さを吹き飛ばした、ジルフリードの強い意志に感嘆する。
震えの止まったジルフリードは、右腕に握った木刀を上段に、何も持っていない左腕を中段に構えた。
「秘技! 『
ジルフリードが叫ぶと、左腕の骨がメキメキと音を立て、細長い棒状に変化した。
「お、おい!! 左腕も木刀みたいになったぜ!!」
「ちょっとアレ、いいんですかー!? 反則じゃないのー!?」
「奴の能力だ。反則ではない。それに奴も殺し合いではないことは承知している。その証拠に、左腕の先端は真剣のように尖らせてはいない」
「だからって、相手が二刀流じゃスズキが不利だぜ!!」
キルの言葉に間違いはない。ジルフリードが木刀と、剣になった左腕を交差させて構えている。
「喰らえ!!
右手に木刀、左手に骨の剣。二本の剣をスズキに向け、目にも留まらぬ速度の突きを繰り出す。
(速い!)
秒に数回、刺突を繰り出すジルフリードの剣技。無論、ネフィラの目には視認出来ているが、並の人間にこの刺突を見切ることは不可能だろう。
(だ、ダメ! スズキが、やられちゃう!)
だが、次の瞬間。ネフィラは信じられない光景を見る。残像を残す高速の刺突を浴びながら、スズキが平然と立っているのだ。
「一撃も当たっていないだと!? あの雨あられのような攻撃をスズキが、かわしているというのか!?」
「ち、違うぜ、ネフィラ様!! スズキはピクリとも動いてねえ!!」
「一体どういうことだ……!?」
ネフィラは改めてスズキを注視する。そして、気付く。動いていないどころではない。スズキは持っていた木刀すら、だらりと下げている。
「……四十八のプリティス・第二十の仕草『
(なによ、アレ! 隙だらけじゃない! どうしてあんな体勢で高速の刺突をかわして……ま、待って! そ、そうか! 分かったわ!)
そう。スズキは完全に無防備。裏を返せば、こんな状態でジルフリードの骨乱刺突を喰らえば、人間であるスズキの骨は砕け散ってしまう。
(つまり、スズキ大怪我!! スズキ重傷!! そんな可哀想なこと、一体、誰が出来るっていうの!!)
メルがネフィラに大声で尋ねる。
「ネフィラ様ー!! あれは一体なんなんですかー!?」
「スズキの技だ! 一見、無防備! それでいて、完璧な防御なのだ!」
当たらない攻撃。だが、ジルフリードの骨乱刺突はその後も続いた。
「ウオオオオオオオオオオオオッ!!」
気合いに応じて、両手の速度はどんどん上がっていく。人間の動体視力を超えるジルフリードの剣技、骨乱刺突。しかし、両の剣はスズキの皮膚に、かすることさえなかった。
やがて。
「ダメだ……!」
そう呟き、ジルフリードは木刀を地面に落とした。
「可愛すぎて……当てられねえ……!」
その言葉で、ネフィラは完全に理解する。やはり、スズキはかわしていたのではない。ジルフリード自身が、スズキに攻撃を当てられなかったのだ。残像を残しながら繰り出された全ての剣撃はスズキに当たる前に寸止め、もしくはスズキの体から数センチ離れたところを
「俺の負けだ……」
ジルフリードはそのまま地面に両膝を突く。それは、明らかに戦闘放棄の合図であった。
「勝者、スズキ!!」
猫耳の審判が宣言し、周りの魔物達がどよめいた。どよめきは、やがてスズキへの賛辞に変わっていく。
「すげえな、スズキ!!」
「石ころ兵から、いきなり鉄鋼級兵かよ!!」
「いつの間にそんなに強くなったんだ!?」
同じグループだったゴブリン兵達に、にこやかに微笑みながら、スズキはネフィラのもとへと歩いてくる。
「ネフィラ」
多数の魔物達の手前、ネフィラは嬉しい気持ちを押し殺し、渋面を繕った。
「……何だ?」
「急に飛び出して、今まで連絡も入れなくてごめん」
「フン」とネフィラは鼻を鳴らしたが、内心は安堵していた。どうやらスズキは、もう怒っていないようだ。あー、よかったあ!
「それはともかく。隊員決闘、見事であった。今日からお前は、石ころ兵から二階級上の鉄鋼級兵だ。改めて奴隷を持つことを許可する。相応の領地も与えよう」
「ありがとう」
嬉しそうにスズキが微笑む。ああもう可愛いなあ!チューしちゃいたいなあ!と思って眺めていると、エクセラが歩いてきた。スズキの前で腰を折り、丁寧に頭を下げる。
「今日から、勇者様の奴隷としてお仕え致します」
「そ、そんな改まらなくていいから! ってか、奴隷じゃなくて友達だから、俺達!」
そうして二人で笑い合う。そんな光景を見ながら、ネフィラは寂しい気持ちに包まれていた。
(ううっ、スズキ……! もしかして、このまま私から離れちゃうの……?)
しかしスズキは笑顔のまま、ネフィラに言う。
「じゃあ今からちょっと出かけるよ。夕飯までには城に戻るから」
「うん? お前、城に戻ってくるのか?」
「だって俺、ネフィラの使い魔だろ? 普段はなるべく近くにいるよ」
「そ、そうか! そうだよな! お前、私の使い魔だものな!」
(ウフフ! そうだ、そうでしたー! スズキは私の使い魔でしたー! 領地与えたからって、別に離れなくていいんだもんね! ウフフフフフフ!)
ネフィラが頭をお花畑にして喜んでいるうちに、スズキはエクセラと一緒に訓練場を後にしていた。
◇
「……あの、勇者様。一体どちらへ?」
「エクセラに会わせたい人がいるんだ!」
隆はエクセラの手を握り、嬉々として町を歩いていた。目指すは町外れにあるリールーの山小屋だ。
(プリティス、すごい! ってかこんな技、考えるなんて、リールー師匠はもっとすごい!)
修行中、リールーは隆に厳しく、ほとんど褒められた覚えがない。だが、隆は鉄鋼級兵になって、領地も得た。師匠の笑顔を想像しつつ、隆は山小屋に辿り着いた。
「師匠!! 俺、やりましたよ!! プリティスのお陰で、隊員決闘に勝てたんです!!」
扉を開けて叫ぶも、山小屋はがらんどうだった。
「師匠……?」
買い物にでも行っているのかと思ったが、すぐに様子がおかしいことに気付く。本棚の中身が空。毛布などもなくなっている。引っ越しでもした後のように生活感がない。
やがて隆は、リールーが普段よく本を読んでいた、ちゃぶ台のようなテーブルに、プリティスが記された巻物と手紙が置かれてあることに気付く。
隆は手紙を手に取った。
『スズキよ。第三の目を持つ魔王軍参謀セルフィアノが、我の存在に気付いたようぞ。セルフィアノがレイルーンにやって来る前に、我はこの国を
「そ、そんな! 師匠……!」
手紙を持つ隆の手が震える。
『本当のことを言うとな。別れの理由はまだある。このまま一緒にいると、互いに良くないと思ったのぞ。我は人間。お主の能力は発動されぬ。されど不思議ぞ。頑張るお主の傍におると、どんどん愛おしくなってきた。師匠が弟子に魅了されるなど、あってはならぬことぞ。
人間の我をも魅了したお主なら、きっとその可愛さで世界を救える筈。より一層、プリティスを磨くのぞ。我もまた同じ空の下にて、新たなる世界創造の為、働こう。離れていても気持ちは同じぞ』
……手紙はそこで終わっていた。心配そうに見守るエクセラの隣で、隆は手紙を握りしめた。
「師匠おおおおおおおおおおおおっ!!」
そして、隆は手紙を抱きしめるようにして号泣した。
(俺……師匠に一度もお礼を言ったことないのに! せっかく師匠が俺の為に作ってくれたプリティスだって馬鹿にして! なのに……これでお別れなんてあんまりです!)
……しばらく泣きじゃくった後。エクセラが優しい声で隆に話しかけてきた。
「勇者様。先程の勝利は、その方のお陰なのですね……?」
「ああ。そうだ。全部、リールー師匠がいたからなんだ」
途端、エクセラがハッと気付いたように口に手を当てる。
「もしや、それは桃色の髪の御仁では?」
「知ってるのか!?」
「桃色の髪に、名をリールー。ならば、あのお方に間違いありません。人魔大戦時、魔王軍の手に掛かり、戦死したと聞いていましたが……生きていらっしゃったのですね……!」
エクセラも感極まったように、ぽろぽろと涙を落とし始めた。
「エクセラ。師匠は一体……?」
「勇者様の師は、人類最高の頭脳――元帝国軍大軍師リールー・ディメンション様に間違いございません」
「元帝国軍……大軍師……?」
「『魔王軍にセルフィアノあれども、帝国軍にリールーあり』。人魔大戦時、我々はそう言って、気持ちを奮い立たせたものです。悪魔と人間は、個々の能力差もさることながら、圧倒的な兵力の差がありました。それでも数年の長きに渡り、ここまで持ちこたえられたのは、あのお方がいらっしゃったからなのです」
そしてエクセラは指で涙を拭いて、微笑む。
「大軍師様も世界を救おうと行動されていらっしゃるようです。勇者様も世を救う志を持ち続けるならば、きっとまた出会えることと思います」
「そう……か」
隆は手紙に書かれてあったことを思い出す。そうだ。自分は一人ではない。師匠も違う場所で、世界の平和の為に知恵を絞って戦っている。
(なら、いつか! エクセラの言うとおり、師匠に会える!)
その時までに恥ずかしくない立派な勇者になろう――隆はそう決意したのだった。
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