第8話 入隊

 魔王軍参謀セルフィアノが処刑場から去った後、隆はネフィラに時間を貰い、奴隷達の待機場所へ戻った。


「勇者様!!」


 突然、エクセラが涙を流しながら隆の胸に飛び込んできた。


「わわっ!! エクセラ!?」

「ありがとう……ありがとうございます!」


 泣きながら顔を埋める。隆が戸惑っていると、家臣のオルネオも微笑みながら頭を下げる。


「この老体が生き長らえたのも勇者様のお陰じゃ。感謝いたします」

「や、やめてくれよ。俺なんて……」


 隆はエクセラを手で押し戻す。エクセラが心配そうに隆の顔を覗いてきた。


「勇者様……?」

「俺なんて全然ダメだよ。さっきだって俺の前に一人殺された。あんな残酷に……」


 隆の脳裏に、手足を切られて殺された男の叫び声が未だに残っていた。


「もし俺の順番が先立ったら、あの人は助かったかも知れない」

「勇者様。それは、」

「いや、そもそも俺が此処に来なかったら、この国は滅んでないんだよ! 佐々木っていうヤクザのオッサンがいてさ! あ、あははは! ホント、イヤな感じの奴で! けど、もしあのオッサンが来てたら、きっと何万人も助かって! 城の人も誰も死なずに済んで!」


 言いながら隆は泣いていた。そんな隆をエクセラが優しく抱きしめる。先程とは逆に、隆の頭を自分の胸に押しつけた。柔らかく穏やかな感触は、隆の悲しみを少しだけ癒やしてくれた。


「勇者様のお力は、数百万もの兵力に勝る奇跡の力。この世界を変える希望の光なのです」


 エクセラに抱かれながら、隆は日本にいた時の自分の理想を思い出していた。隆が望んでいた生活――それは、ほのぼのとした異世界ライフだった。魔物達とじゃれあって穏やかな日差しの中、釣りをしたり、料理を作ったり、好きな人と恋愛したり……。だが、こんな残虐すぎる異世界に来てしまった今、それは遙か遠くにかすむ儚げな夢に思えた。


(それでも……俺の力に期待してくれる人がいるなら。こんな俺を勇者と呼んでくれる人がいるなら……)


 隆はエクセラの目を見詰めながら言う。


「俺、出来るだけやってみるよ。この世界で、人間が悪魔と平等に暮らせるように。そしていつか、ほのぼのとした生活が出来るように」

「はい……!」


 エクセラは、涙を指で拭いた後、にこりと微笑んだ。



 

 エクセラ達と別れた後、処刑場に戻ろうとすると、通路の岩壁にネフィラがもたれていた。


「……話は終わったのか?」

「あ、ああ」


 もしかすると、エクセラとの話を聞かれていたのかも知れない。け、けど別に悪魔を倒す、なんて言ってないし大丈夫だよな?


「人間が悪魔と平等に、か。夢物語も良いところだ。お前の理想は叶うまい」


 その一言で、やはり聞かれていたと確信して隆は体を震わせる。ネフィラは怒ってはいないようだったが、壁にもたれたまま顔を伏している。


「だが、その夢物語に僅かなら近付けることは可能かも知れん」

「え……」

「たとえば、お前が奴隷から使い魔になれば、人間の奴隷を持つことも可能だ。さらに使い魔としての位を上げれば、領土も手に入れることが出来る」


 奴隷と領土……? そ、そうか! もしそうなれば、自分の周りにいる人達を魔物の支配から助けることが出来る!


 自分の家を持ち、そこにエクセラやオルネオ達を住まわせる。そこは、魔物に食べられたり、いたぶられたりしない平和な領地だ。幸せな光景を想像して隆の胸は高鳴った。


「ネフィラの使い魔になれば良いのか? それって一体どうすれば?」

「そうだな。私の使い魔になる条件として――スズキ。お前は雷槍疾走に入隊するのだ」

「お、俺が雷槍疾走に!? いや、でも俺、人間だけど!! 入れるのかよ!?」

「魔王軍にはアンデッド兵やスケルトン兵もいる。元来、奴らも人間だ」

「確かに。……ん? けどアイツら、死んでない? ねえ?」

「し、死んでいる生きているは、ともかく。周りの反対さえなければお前を雷槍疾走に入れることはさほど難しくはない。色々あったが、セルフィアノ殿も今後はお前を応援したいと仰っていたしな」

「そ、そうなんだ……」

「エクセラや家臣の老夫はしばらく奴隷房に住まわせる。もし、お前がその間に雷槍疾走の上級兵士になれば、」

「エクセラ達を引き取れるんだな!!」


 話を聞いて、明るい希望が持てた。自分の領地に住処を確保して、エクセラ達を住まわせる――そうだ、世界の平和はその小さな一歩から始めよう!


 雷槍疾走の兵士になるということは、人類の敵になるということかも知れない。それでも隆はネフィラの目を見て、真剣に言う。


「ネフィラ! 俺を雷槍疾走に入れてくれ!」





 翌日。サイネス城の広大な敷地内にある雷槍疾走の訓練場。隆の高校の運動場より広い整地された地に沢山の悪魔を整列させ、ネフィラは隆を紹介した。


「今日からスズキが私の使い魔として雷槍疾走に入隊することになった。見かけは人間だが、気持ちは悪魔だ。みな仲良くしてやれ」


(ほ、ホントに大丈夫なのかよ?)


 隆は少なからず悪魔達から反発が起こることを恐れ、緊張していたのだが、


「ああ、俺は全然良いぜ!」

「ネフィラ様の使い魔なんだろ! 文句はねえよ!」

「うふふ! 入隊おめでとう!」


 男悪魔も女悪魔も、また様々な種族の魔物も一様に隆を祝福した。


(よかった! やっぱ俺の能力って結構凄いんだ! そうだよ、エクセラだって褒めてくれたし、もっと自信を持っていいのかも!)


 暖かな拍手に包まれる隆。だが、


「ケッ。何で雷槍疾走に人間が入るんだよ」


 低い声が響く。禍々しい顔付きの蛇頭の魔物が地面に唾を吐く。そして隆の傍まで歩いてくると、その凶悪な顔を近付けた。


「目障りなんだよ。人間」

「うっ……」


 その迫力に圧されて隆は何も言い返せない。な、何だ? こんなこと、今まで無かった! 魔物はみんな優しかったのに!


「よせ、ガラガ。スズキは今日から仲間だと言ったろう。それに、これは長である私の決定だ」


 ネフィラが蛇頭のガラガを睨む。すると、ガラガは「フン」と鼻を鳴らして、歩き去った。ネフィラが小さな溜め息を吐く。


「それでは青銅級兵達。スズキの訓練を頼む」


 そう指示して、ネフィラもまた訓練場を後にした。




 ガラガとネフィラが去った訓練場。残された悪魔達はそれぞれ小さな集団に分かれ、剣を素振りしたり、取っ組み合いを始めた。


 何をすれば良いのか分からず戸惑っていると、ゴブリン兵三体が隆の傍まで来て、笑顔を見せる。


「よろしくな。しばらくスズキは俺達と一緒に練習だ」

「よ、よろしく」


 先程、ガラガに威圧されたので、ぎこちない返事をしてしまう。一体のゴブリン兵が隆の肩を軽く叩いた。


「気にするなよ。ガラガは頭のネジが三、四本外れてやがるんだ」

「そうそう。アイツ、前に訓練で仲間の悪魔を二体殺してるからな」

「それに人間を完全に食い物としか思ってねえ。腹が減りゃあ、誰かの奴隷や赤ん坊だって、さらって食っちまう」


 口々にゴブリン兵がガラガについて語る。隆は話を聞きながら戦慄していた。


(そ、そんな危険な奴なんだ! だから俺の能力の効きも弱かったのか!)


 魔物に好かれる能力があったからこそ、因縁を付けられただけで済んだのかも知れない。もし能力が無ければあの時、ガラガに殺されていたかも……そう思い、隆はゾッとした。


「まぁ、アイツは白銀級兵だ。スズキと一緒に訓練することはないだろう」

「白銀級兵……?」

「雷槍疾走の兵士には階級がある。青銅級兵、次が鉄鋼級兵、金剛兵士。更にその上が白銀級兵だ」


(ってことは、ガラガって奴、かなり強いんだな)


「じゃあ俺は今、青銅級兵ってことか」

「いや。スズキは入ったばかりだから『石ころ兵』だ」

「俺、石ころなんだ!?」

「ははは。みんな最初はそうだって。でも頑張ればすぐ青銅級兵になれるよ」

「つーか、俺達も笑ってる場合じゃないよな。早く、一個上の鉄鋼級兵にならねえと」


 ちなみにメルキル姉妹などは、それらの兵を束ねる分隊長のような感じらしく、雲の上の存在だと、ゴブリン達は続けて隆に語った。


「それで、どうやったら階級って上がるんだ?」

「しばらく大きな戦もないだろうからな。手っ取り早いのは、隊員決闘だ。雷槍疾走の兵士に決闘を申し込み、勝てば相手の持つ階級を貰える」

「なるほど! 決闘か!」

「おいおい。まずは訓練だろ、スズキ」


 はやる気持ちの隆を諫めるように、ゴブリン兵達が笑う。隆もそれにつられて笑った。


 やがて、ゴブリン兵達は木刀を素振りをし始めた。隆も木刀を渡され、見よう見まねで素振りする。


 木刀を振りながら、隆は考えていた。自分の力は魔物から可愛がられる能力のみ。当然、それだけでは心許ない。エクセラ達を救う為に階級を上げるのはもちろんのこと、この恐ろしい異世界で生き抜いていく為に体力を付けて強くなるしかない。


(それに、しっかり鍛えれば、魔力や攻撃力だって上がるかも知れないしな!)


 勇者召喚された時、王は隆を能力値の低いハズレとして見放した。だが、最初低かったステータスの者が、努力してレベルアップをし、どんどん強くなっていくのは異世界もののお約束である。ほのぼの異世界転生を望んでいただけあって、隆は異世界ものの本をよく読んでいた。


(ようし! ほのぼの異世界ライフはしばらく置いておこう! これからは、成り上がり異世界ライフだ!)


 素振りをした後は、互いに向かい合い、練習試合のような形式となった。隆は緊張しつつ、目の前のゴブリン兵と対峙する。


「せやっ!」


 隆は叫びつつ、ゴブリン兵に木刀を振りかぶり、向かっていく。木刀を盾にして、ゴブリン兵が隆の攻撃を悠々と受け止めた。そして、

 

「うわあ! スズキ、やるなあ!」


 ゴブリン兵は大げさに転び、尻餅をついた。周りのゴブリン兵も和やかに隆に拍手を送る。


「強いな! スズキ!」

「すごいぞ! スズキ!」


(いやいやいや!! 待て待て待て!! 今、自分から勝手に倒れたよな!?)


 その後も、ゴブリン達は自分から攻撃を仕掛けず、隆のひょろひょろとした攻撃を受けては「うわあ」「痛い」「やられたあ」などと笑いながら叫んだ。


(忖度がすごい!! こんな環境じゃ、絶対に強くなれねえ!!)


 まるで子供と一緒に遊んでいるような感じのゴブリン兵に嫌気が差し、隆は叫ぶ。


「誰か、俺と本気で戦ってくれる奴はいないか!?」


 ゴブリン兵達は「えー、本気だよぉ」と言って困った顔を見せる。いや、気持ちはありがたいよ! でも、それじゃあダメなんだよ!


 すると、毛むくじゃらの巨大な怪物が隆の前まで、のそのそと歩いてきた。茶色の体毛が、体はもちろん顔まで覆っており、金色に輝く両目しか見えない。


「な、何だ、お前? ひょっとして俺と戦ってくれるのか?」

「……」

「お、おい?」

「……」


 雪男のような風貌の毛むくじゃらは、無言でジッと隆を見詰めていた。ゴブリン兵達が隆に耳打ちする。


「コイツ、グレゴリオってんだ。無口なんだよ」

「グレゴリオは、スズキより少し前に雷槍疾走に入ってきたんだ」

「でも強いぜ。入ったその日に青銅級兵になったんだから」


(ってことは、このグレゴリオって怪物を隊員決闘で倒せば、俺も青銅級兵になれるのか!)


 体は隆よりずっと大きいが、そのせいもあって動作が鈍そうである。


「グレゴリオ。良かったら、俺と決闘してくれないか?」

 

 チャンスと思い、隆はグレゴリオに決闘を申し込む。相変わらず無言だったが、グレゴリオはこくりと頷いた。


(よし! 俺には魔物に好かれる能力がある! 手加減してくれるかも! 勝てば、青銅級兵だ!)


 期待を込めて木刀を構え、隆はグレゴリオと対峙したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る