最後の晩餐「母の愛情たっぷりナポリタンです」

ちびまるフォイ

完全に再現された最後の晩餐パート2

「いらっしゃいませお客様。最後の晩餐レストランへようこそ」


「ここが噂の……」


「当店では食事の中にすべて毒を含ませていただいています。

 そして、毒のスペシャリストの手で最高の味を出しています」


「覚悟はできています」


男は席に案内され、椅子をひかれて座った。

こんなにも丁寧に接客されて召されるなら本望だ。


「……メニューが見当たらないんですけど?」


「お客様、当店は最後の晩餐。古今東西あらゆる料理を提供できます。

 メニューは不要です。お客様が最後に食べたいものをどうぞ申し付けてください」


「それはすごい! うーん、悩むなぁ」


死ぬ前の最後の食事に何を食べるか。


バカでかいステーキにかぶりつく、というのはどうか。

いやしかし、肉料理をありがたがる年齢でもない。

いくら美味しくても途中で限界が来てしまうだろう。


では最高級フルコースというのはどうか。

1品ではなく最高に美味しい食事を何度も食べられて昇天できる。


……いや、そもそもフルコースと縁のない人生だった。

そんな背伸びした料理を食べても気負ってしまい満足な最後の晩餐になるだろうか。


それなら、自分の大好きなラーメンを注文しようか。

無類のラーメン好きの最後の晩餐がラーメンなんてうってつけではないか。


が、最後の晩餐のテーブルでラーメンどんぶりが出されたらそれはそれで……。


「お客様?」


「ごめんなさい。どうにも決められなくって」


「構いませんよ。この世で食べる最後の食事ですからね。

 どんな料理でも、どんな味でも完全完璧に提供しますよ」


「どんな味でも……」


男の脳裏には子供の頃の記憶がふと蘇った。


家はけして裕福とはいえない家庭だった。

父親の失踪で母親は毎日仕事の日々。


その過剰なストレスで母は唯一の息子に手を上げることもあった。


ある日のこと、機嫌がいい母がナポリタンを作ったことがある。

なんの記念日でもなく、誕生日でもない、なんてことない日だった。


母は「今の生活があるのはあなたがいるからよ」と言ってくれた。

母の愛情がたくさん詰まったナポリタンだった。


満足な食事もとれない日々の中で出されたナポリタンは、

それこそ涙が出るほどに美味しかったのを覚えている。



「ナポリタンを……作れますか?」



「ナポリタン、でございますか?」


「はい。ただ、母のナポリタンを完全再現してほしいんです。

 こんなこと……できませんよね」


男の注文を聞いてシェフは首を横にふった。


「お客様、当店はどんな料理でも完璧に提供するとお約束したはずです。

 かつて召し上がったそのナポリタン、腕をふるって提供いたしますね」


シェフは厨房に入ると料理を始めた。

ふんわりただよってくる香りでかつての記憶がよみがえる。


シャンデリアが輝き、真っ白なテーブルクロスが目に入る最後の晩餐レストランも、男の目にはかつて過ごした木造の古いアパートにちゃぶ台の光景が広がってきた。



「お客様、おまたせいたしました。母のナポリタンです」



シェフが銀のフタを取ると、見間違うはずもなくあのときのナポリタンが盛り付けられていた。


「ああ、これだ! このナポリタンです!」


「どうぞ。召し上がってください」


男は子供のようにがっついた。

これ以外に最後の晩餐にふさわしい料理があるだろうか。


「んんん!!! うまい!! うまい!!」


シェフの言葉に間違いはなかった。

麺も、ソースのからみ加減も完全に再現されている。


あっという間にナポリタンを平らげた男は死ぬ前にシェフに感謝を告げた。


「この料理をもう一度食べさせてくれてありがとうございます。

 本当にいい人生でした。これが食べられただけでもう悔いはありません」


「最後の晩餐にご満足いただけて幸いです。よい来世を」


「さようなら」


男は目をつむった。

ほどよい満腹感と幸福感に包まれていった。









「……あれ?」


男はまぶたをあけてもまだ最後の晩餐レストランにいた。

足もまだついていて、体も透けていないし、頭に三角巾もない。


「あの、毒の入りのナポリタンを食べたのにどうしてまだ生きてるんですか?」


「変ですね。たしかに料理は毒込みで完全再現したのに……」


困り顔のシェフはなにか思いついたように手を叩いた。




「あなたは以前に同じ毒を食べて、耐性ができているんですね」

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