第3話:「運命」はかくの如く扉を叩く

ベートーヴェン交響曲第5番。俗に「運命」ともいう。ただしこの副題は、我が国日本だけのことらしい。

明治時代にこの交響曲が入る際、ベートーヴェンがこの曲を書いた経緯を弟子に尋ねられたところ、

「運命はかくの如く扉を叩く」

答えたエピソードがあるとのこと。ここから副題がつけられたようだが、口の悪い評論家などは、

いや、むしろ『借金取り』のほうがスッキリする。あの有名な運命の動機は、借金取りが扉を叩くのに似ているではないか」

という意味のことを昔書いていた。言われてみれば、たしかに…。いやいや、どちらに受け取るかは読者諸賢にお任せしよう。

今では当たり前過ぎて論ずるのも憚られる感じだが、名曲であることは間違いない。

もう30年も昔である。私は大学受験からドロップアウトして、地元の製麺工場に勤めることにした。不本意な就職だった。

今から思えば拾ってもらえただけありがたいのだが、当時の私は安易な妥協をしてしまったと後悔していた。現実から目を反らすように、毎晩酒を飲んでは荒れていた。

そんな生活が社会に出て間もない若者を満足させるわけがない。なんとはなしに立ち寄ったレコード店で見つけたのが、一本のカセットテープだった。

ベートーヴェン交響曲第5番「運命」/ショルティ/ロンドン交響楽団

なおB面は、

シューベルト交響曲第8番「未完成」/メータ/イスラエル・フィル

という、いわゆるクラシックのベストカップリングであった。

酒を飲みながら聴いていたら、ボロボロ涙が出てきた。まるでベートーヴェンに叱咤激励されているように聞こえたのだ。

そういう意味では、正にこれは「運命」的な出会いだった。人は会うべき時に出会うべき人に出会い、会うべき物に出会うのだ。

これが私とクラシック音楽との出会いであり、この縁(えにし)をこれまでもそしてこれからも持ち続けるだろう。出会いに感謝!


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