ベリーショートとオレンジ、右耳の飾り

春嵐

01 ベリーショートとオレンジ

 彼女の後ろ姿。


 ふわっとした、香り。


 すれちがったときに。一瞬だけ。


「おい。行くぞ」


「あ、ああ。ちょっと待ってくれ」


 パーキングエリア。毎年のラッシュとかそういうので、とにかく多い人混み。


 さっきのベリーショートの、女の子。


 声を、かける、べきかもしれない。生まれてこのかた、見知らぬ女性に声なんてかけたことはない。特に女性が必要だとは思わないし、これからもそうなんだろうと思い込んで生きてきた。


 いまのが。


 初恋の香りなのかも、しれない。


「おい。立ち止まってたら人混みに呑み込まれるぞ」


「あ、ああ。ごめんごめん」


「どうした?」


「おまえの初恋って、どんなだった?」


「初恋か。お前が色恋沙汰の話をするのはめずらしいな。そういうの、興味ないと思ってたぜ」


「興味はないよ」


 ついさっき、彼女とすれ違うまでは。そこまでは、言わないし言えなかった。


 これから、オレンジの匂いを感じる度に、ベリーショートの後ろ姿を、思い出すのかもしれない。


 饒舌になった友達を、軽くどつきながら。別の方向を。歩く。

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