戦場のカフス
@kanasimi32
第1話 序章
「やっぱり、あんたの体が一番だ」
息の乱れたまま、男は言った。男の熱を孕んだ息が、ルイの前髪を揺らす。
ルイは音を立てずに笑って、男の言葉を受け止めた。隣の部屋からは、喘ぎ声が聞こえてくる。薄暗い天井に目を向けながら、二人はその声をただ耳にしていた。
防音など考慮されていない建物だ。ついさっきまで自分たちが出していた声も、隣には丸聞こえだったに違いない。
喘ぎ声はどんどん激しくなり、やがて、一際は大きな声が聞こえて、部屋は静かになった。
雲が流れたのか、窓から月の光が忍び込んできた。仄かに明るくなった部屋で、男は唐突に言った。
「明日、行くことになった」
感情を殺したような口調に、ルイの目に影が落ちた。
男は、繰り返し右手を握ったり開いたりした。以前、手が痺れるのだと言って
いたことをルイは思い出した。
「そうですか」
と、だけ言ったルイを男は体を起こして、上から顔をまじまじと見つめた。そして、堪らなくなったように抱きついた。
「これが、最後かもしれない」
汗とは別のものがルイの肩を濡らし、ルイはただ黙って男の背中に手を回した。
自分よりも大きくて筋肉がしっかりとついた体が震えている。怖いのだと。身体中が訴えていた。
(大丈夫です)
(今はこちらが優勢だと聞いています)
(この前も、そう言って、無事に帰ってきたじゃないですか)
どんな言葉も男の命を保障はしてくれない。男と同じ戦場に立つことのないルイには、かけられる言葉はなにもなかった。
だから、ただ黙って、男がしたいようにさせた。それしか、今の自分にできることはなかった。
男の言った言葉は三回目にして現実のものとなった。
戦場のカフス @kanasimi32
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