06
メイは続ける。
「お嬢様があのとき見せてくださった優しさや気高さは、今も変わっていません。あの方は身分の違いや人種、種族の違いなど気にせず、誰もが等しく尊重すべき存在であると信じ続け、実際にそれを実践されている。
例えば……私たちが今いるこのサウスレッド学園でも、そのアレサお嬢様の功績を見ることが出来ますよ」
「え、ここでも?」
「ここだけの話……かつてこの学園は、王族やそれに関連する上流階級の人間のみを受け入れていた、国内随一のエリート進学校でした。しかし、それもここ数年で大きく様変わりしました。以前よりも入学費を大幅に少なくし、家柄や身分に関係なく、幅広い生徒が入れるようになった。更には、人間以外の種族についても門戸を開くようになり、各種族の体や性質に合わせて各施設をバリアフリー化して、積極的に他種族の受け入れを進めました。
そのお陰で、今ではエルフやホビット、ドワーフといったメジャーな種族はもちろん、それ以外のマイノリティを含む多種多様な種族が、この学園に通っています。この学園を中心として、世界規模でも少しずつ種族間の融和の重要性が理解されはじめ、排他的だった種族同士で交流が始まっているそうです。
それはすべて、アレサお嬢様がきっかけです。お嬢様が、理事長の奥様に根気強く説得されたからです。
『世界にはたくさんの種族がいるのに、選ばれた人間だけを集めることに何の意味があるんですの?』、『世界の真理を解き明かすのが学問だとするならば、世界に存在するたくさんの生き物の視点を借りるのは、当然のことでしょう?』……なんて言ってね。
……確かにそのせいで、学園としてのまとまりはなくなり、学園生徒の平均学力は大きく落ち込みました。種族差や経済格差からくる衝突もたびたび起こるようになり、学園に権威やステータスを求めていた上流階級の子供たちは早々にこの学園に見切りをつけ、ほとんど転校してしまいました。この学園の品格は、もはや完全に失われてしまった、なんて言う人もいます。ただ、そんなものは、その代わりに手に入れたものに比べれば非常に微々たるものです。
お嬢様が引き起こした変革によってこの学園は……この国は……この世界は、変わり始めています。お嬢様の行動は、確実にこの世界全体にとって、良い影響を与えているのです」
「な、なんだよ、あのおじょー様……。見かけによらず、すっげーやつだったンだな……」
メイの言葉が一区切りついたところで、しみじみとこぼすトモ。
そんな彼に、メイは誇らしげにうなづく。
「ええ」
「そんなの俺、全然知らなかった……。今まであの人のことバカにしちまってたの、ちゃんと謝んないと……」
しかしそこでメイは、あまりにもアレサを誉めすぎたことのバランスをとるかのように、
「まあもちろん、それを台無しにするレベルの残念お嬢様でもあるんですけどね……ここだけの話」
なんて言って、おどけて見せた。
メイの遠慮のない本音のセリフに、思わず目を丸くしてしまうトモ。
「え……?」
それから二人は目を合わせて、
「ぷっ!」
「……ふふ」
やがて、我慢できずに吹き出してしまった。
夜のベランダで、二人は静かに笑いあったのだった。
やがて、
「それで……私があなたとお話ししたかったことというのは……」
笑いを抑えたメイは、やっと本題を切り出した。
「どうか明日の勝負……お嬢様に勝利を譲っていただけませんでしょうか?」
「え? 勝負?」
「アレサお嬢様は、とても優しいお方です。孤児の私や、他の人間……だけでなく、この世界に暮らす全ての種族を等しく尊重し、全ての生物が幸福な生活を送ることを願っている、究極の博愛主義者です。
そんなお嬢様が、ただ一人贔屓にしている人間……全ての生き物に向けている愛情を、注ぎたいと願っている人間が……」
「ウィリア、ってわけか……」
「ええ」
メイはふと視線を外す。
一瞬、二人の間に沈黙が訪れる。
それからまた、彼女はハッキリとした口調で言った。
「お嬢様は、私の恩人です。だから私は、あのかたに誰よりも幸福になってもらいたい。あのかたの願いを、叶えて差し上げたい。
あのかたがウィリアのことが好きなのならば、その二人を結びつけてあげたいのです」
「…………」
彼女の言葉に、少し考えるようなポーズをとるトモ。
しかし、彼はすぐに、
「いいっすよ」
と答えた。
「なんか俺、難しいことはよくわかんないンすけど……。あのおじょー様がいい人なんだってことは、すごくよくわかりました。
だから、あの人がウィリアが好きだっつーんなら、全然手伝いますよ。明日の勝負は、俺、おじょー様に負けるようにしますよ!」
「ありがとうございます」
深々と頭を下げるメイ。
顔を上げたときには、彼女は少し気まずそうな表情になっていた。
「……なんだか、申し訳ありませんでしたね? せっかくウィリアとテスト勉強までしていたのに、勝負に水を差すようなことをしてしまって」
「いやいや、そんなの全然気にしないでくださいよ!」
「しかし……」
食い下がるメイに、トモは照れ臭そうに言う。
「だって俺、こういうのすげー嬉しいンすから!」
「え? 嬉しい?」
「ほら。俺って、もといた世界で死んじゃって、気付いたらこの世界に転生させられてきたじゃないっすか? だから、そのときからずっと考えてたンすよ。
一度は死んだはずの俺が、もう一回生き返れた理由……チート能力なんて便利な物までもらえて、この世界に来た理由……それってなんなんだろう……って。
で、思ったンすけど……それって女神様が俺に、『この世界の人たちを幸せにしろ』って言ってるんじゃないかな、って。誰も持ってない俺の能力で、この世界の困ってる人たちをみんな助けてやれってことなんじゃないかな、って。
だから俺……今、すごく嬉しいンすよ。
あの、ただの変な人だと思ってたおじょー様が、俺と同じような考えをしてるって知れて。俺以外にも、この世界をよくするために頑張ってる人がいるんだ、って知れてさ。だから、あのおじょー様のためなら、なんだって協力しますよ!
ま……もともと俺って勉強とか苦手だし、多分、ほっといても負けるだろうけどね!」
そう言って、屈託なく笑うトモ。
その爽やかな笑顔に、メイもつられて笑う。
「……ふむ。やはり、話を出来てよかったです。あなたは、私が思った通りのお優しいお方でした」
「いやいや。そんなことないっすよ。
最初に言ったっしょ? こんなの、ただの下心だって。あんた……いや、メイメイさんみたいな綺麗な女の人の頼みは、断れないってさ!」
「ふふ……」
「あ、俺も今度からあんたのこと、メイメイさんって呼びますね? なんか、そっちのほうがかわいいしさ」
「ええ、ありがとうございます……」
もう一度礼をするメイ。
それから彼女は、またトモから目を反らして魔法管を口にした。
気付けば、空はうっすらと明るみ始めていた。
その後、もう少しだけ他愛のない会話をかわしたあと、二人は別々に自分の寝床へと戻っていった。
二人は気がついていなかったが、実はそのとき寝室では……アレサが、寝た振りをしながらベランダの会話に聞き耳をたてていたのだった。
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