05
「この世界の、私たちがいるこの国には、
その制度においては、身分が下の者は、自分よりも身分が上の者には決して逆らうことができない。それがどんなに無茶なことであろうとも、身分が上の者の言うことには従わなくてはならないのです」
「は、はあ……?」
トモは、メイが突然何の話を始めたのか分からなくて、気の抜けた相槌を打った。メイは、気にせずにそのまま続ける。
「その制度では、それぞれの者がもつ名前が、重要な意味を持ちます。
そのルールとは……個人の身分を、『その者の名前を構成する部分の数』で表現するということです」
「名前を構成する、部分の数?」
「ええ。例えば、アレサお嬢様のお名前、『アレサ・サウスレッド』は、『アレサ』と『サウスレッド』の二つの部分から構成されている。だからあのかたは
これは、王族やその側近の一部の家系にのみ与えられる非常に高貴な身分で、これより上の身分は、この国の最高権力者である国王ギリアムの
まあ一部の宗教では……自分たちが信じる女神は名前を持たない無名神、つまり
「つまり、名前を構成する部分が少なければ少ないほど、身分が高くて偉い……っつーことなンすね?」
「はい」
メイは小さくうなづく。
「その中でも、先程言った
この学園でも……いいえ、おそらくこの地域一帯を見てみても、
ゆっくりと、間をとって話すメイ。
彼女はまた、魔法管を口にくわえて中の魔法石に向かって長くゆっくりと息を吐いた。先程と同じように、魔法管の先端が美しく輝きだす。
「一方の私は……」
それから彼女は、その管を指揮棒のようにして、前後左右に振り始めた。すると、その管の青く発光している部分が動きに合わせて残像のような光の軌跡を残し、まるで紙にサインでも書くように、何もない空中に文字のようなものが現れた。
「私の名前は、メイ・メイ・エミリア・スティワート。四つの部分からなる、
空中に浮かび上がった英語の筆記体のような文字は、メイの言葉と同じように四つの部分に分かれていた。彼女は、トモに自分の名前を書いて見せたのだ。
「
通常は、重い犯罪を犯した者などに与えられるもので、一度与えられたら死ぬまで変えることは出来ません」
「そ、そんな……」
ショックで言葉を失うトモ。そんな彼の様子に、メイはまた静かにほほえんだ。
「お気になさらないでください。私がそんな呪われた存在なのは、別に不当なことではなく、この国にとって、いたって当たり前のことなのです。だって、ここだけの話……私は
「え……」
「
物心ついたときには私は、ならず者たちがたむろする貧民街で盗みや詐欺などの犯罪に手を染めていました。
「で、でも……だったらどうして、今は……」
「ええ、それは当然の疑問ですよね。ここだけの話……私が今、お嬢様のメイドをやれているのは、もとはといえば、私がサウスレッド家に盗みに入ったのがきっかけでした。
教養もプライドもなく、人としての生き方を見失っていた私は、愚かにもお嬢様の屋敷に忍び込み、そこであっさりと警備に捕らえられてしまいました。そして彼らによって、強制的にどこかに連行されようとしていた。
そこで……初めてアレサお嬢様とお会いしたのです」
内容的にはとても重い、彼女の言葉。しかしそこには悲壮感のようなものは少しも感じられない。まるで歴史上の出来事のように、淡々とした話しぶりだった。
だからこそ逆に、トモは彼女の言葉を疑ったりはしなかった。彼女が辛い過去を聞かせて同情を誘っているわけではなく、感情を排除して、ただ自分の身に起きた事実を話しているだけだと分かっていた。
「本来ならば私は、あのとき警備員の独断で私刑にされてしまってもおかしくなかった。あるいは人身売買でもされて、どこかの
それがこの国の、この世界の、
「そ、そんなの、おかしいだろっ!」
トモはそこで我慢できなくなり、大声を出してしまった。
シーンと静まり返った夜の景色に、彼の声が響いていく。
今が深夜であることを思い出したトモは、慌てて口をつぐむ。幸いにして、部屋の中の二人が飛び起きてくるほどではなかったようだ。
メイは、変わらず静かに答える。
「ええ、そうですね……。それと同じ言葉を、当時六歳だったアレサお嬢様も、おっしゃっていました。『そんなのおかしいじゃない!』、『この子とわたくしの、何が違うっていうのよ!』とね……」
「え? あの、おじょー様が?」
「はい」
メイは優しくほほえみながら、うなづく。
「お嬢様は、私を縛り上げようとしていた警備員を叱りつけ、彼らに、それがどれだけ間違っているかと熱心に説得していました。そしてとうとう最後には……お嬢様付きのメイドとして、私をサウスレッドのお屋敷で雇いたい、とまで言い出したのです。
当然でしょう。
ただでさえ、
なのにそのときのお嬢様は、
……いや、それが破ることの許されない絶対的なルールであると知りながら、あの方はあえて反発したのでしょう。
あのときの私が、お嬢様のその行動にどれだけ救われたことか……」
「マ、マジかよ……」
そこで初めて、トモはメイの言葉を疑ってしまった。
(だってあの人は、残念おじょー様のはずだろ……?)
しかし同時にトモの頭の中では、アレサが普段しゃべっているときの『人の名前の呼び方』が思い出されていた。
彼女はいつも自分の名前を言うとき、「アレサ・サウス・レッド」のように、名前を三つに区切っていた。本来の「アレサ・サウスレッド」という二つではなく、あえて自分の名前に余分な区切りをつくっていた。
その上彼女は、目の前の「メイ・メイ・エミリア・スティワート」というメイドの少女のことを、「メイメイ」と呼んでいた。他の人間は「メイちゃん」とか、ただ単に「メイ」とだけ呼んでいたのに。まるで、彼女の名前が「メイメイ・エミリア・スティワート」であるかのように振る舞っていた。
自分の名前の区切りを増やし、メイの名前の区切りを一つ減らしていたのだ。
今思えばあれは、アレサが
本来は高貴な身分のはずの自分をおとしめ、同時に、孤児のメイドのことは尊重して扱い、自分たちの間に身分差などないということを表現していたのだ。
それに気付いてしまった以上、彼も、メイが語っていることが真実であると信じざるをえなくなった。
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