03

「……それで? その有名人の『ヌル子』さんが、一体わたくしに何の用ですの?」

「え? あ、はい。私が今ここにいる理由ですね? えと、あのですね……そ、それはですねぇ……」

 もじもじと恥ずかしそうに、グラマラスな体をくねらせるヌル子。

「な、何なのよ? 言いたいことがあるなら、さっさと言いなさいよ!」

 「それで、言うだけ言ったらさっさとどっかに行きなさいよ!」という意思を言外に込めながら、ヌル子をにらみつけるアレサ。

 しかし次の瞬間、そんなアレサの興味を引く言葉が、ヌル子の口から飛び出してきた。


「あの、生天目なばため智仁ともひと……トモくんのことなんです」


「えっ⁉ あ、あいつのこと、何か知ってるのっ⁉」

「いや、まあ……知ってるというか……ある意味、共犯者というか……」

「な、何よそれ⁉ やっぱりあいつ、何かやらかしてたのねっ! ああ、そうだと思ってましたわ! だって、あいつがウィリアを見るときの、なめまわすようなイヤらしい目は、どう見てもたちの悪い性犯罪者でしたものっ! ああ、汚らわしい!

 そうとわかれば、もう金輪際あいつをウィリアには近づけないように、今すぐ手配しないと……」

「いや、そういうわけではなくてですね……」

 ヌル子は気まずそうにもったいぶっていたが、ようやく本題に入った。



「実はあのトモくんは、この世界とは別の異世界からやってきた、転生者なのです」

「は?」

「いきなり言われても、びっくりしますよね? でも、これにはいろいろと事情があるのです。順を追って、説明しますね?」

「いや……」

「あのトモくんは、少し前までは自分の世界で、どこにでもいる普通の高校生として暮らしていました。あ、高校生というのは……まあ、この世界で言うところの『一般市民の学生』って思ってくれればいいですよ」

「あ、あのね……」

 さっそくアレサには理解が追い付かないようだったが、それに気付いていないヌル子は、さっさと先に進めてしまう。

「でも、そんなトモくんに突然の不幸な出来事が起こりました。なんと彼は学校帰りにトラックに轢かれて、命を落としてしまったのです! ああ、かわいそうなトモくん!

 死ぬ瞬間の彼の絶望は、相当だったみたいです。それはそうですよね? だって、そのとき彼はまだ十六歳だったんですよ? まだまだ、やりたいことや夢があったはずです。強く願えば、何にだってなれるくらいの可能性を持っていたはずなんです。それが、交通事故なんていうありきたりなもので、あっさりと奪われてしまったんですから!」

 表情をオーバーに変えながら、感情移入して話すヌル子。

「そんなトモくんのことを偶然知ったのが、今アレサさんがいるこの世界の管理を担当する女神である、私でした。

 それを知った私は、トモくんのことがかわいそうでかわいそうで、いてもたってもいられなくなってしまって……。それで、手を差し伸べてあげたのです」

「それがつまり……転生、っていうことなの?」

「はい、その通りです! そういうわけで私は、世界と異世界の間を漂っていた彼の魂を拾い上げて……つい数時間前に、アレサさんたちがいた公園の近くで、彼をこの世界の人間として生まれ変わらせてあげたのでしたー!」

 なんだか自慢げに、ヌル子はそんなことを言い切った。

「あ、そう……」

「そうなんです!」

「まあ、転生者でも変質者でも、何でもいいのですけれど……」

 呆れているアレサ。

 アレサにとってのヌル子のイメージは、最初は謎の不審者。その次に、言動がおかしな変質者。そして今は、「ただの残念な娘」にまで堕ちていた。


 しかし……信じる理由なんて何もなかったが、嘘として疑うにはバカバカしすぎるのも事実だ。結局、そんな妙な説得力を持つヌル子の言葉に、納得させられてしまったようだ。

 アレサは、ヌル子がトモをこの世界に転生させた神様であるということを認めたうえで、彼女に尋ねた。

「で? それと最初に貴女が言ってたことが、どう関係するんですの? 確か貴女、言ってましたわよね? あいつ……あのトモという男の魔法や剣術が、『既に決められていること』だって……」

「あ、あー……」


 そのとたん、痛いところをつかれた、という顔になるヌル子。

「い、いやぁ……それはですねぇ……」

 態度も、何故かまたしどろもどろになる。

「何よ? はっきり言いなさいよ」

「いや、ですからねぇ……。せっかくこの世界に転生してきたのに、ここでもすぐに死んでしまったりしたら、意味ないなーって思ったものでぇ……。転生させるついでに、女神の力でチョチョイっと……」

「ああん?」

 ヌル子の態度から不穏な気配を感じ取って、アレサの表情はさらに険しくなる。アレサにガンを飛ばされ、聞かれてもいない言い訳を並べ立てるヌル子。

「い、いやっ! これ自体は、別に珍しいことじゃないんですよ⁉ むしろ、最近流行ってるみたいなんです! 私以外の他の世界の女神たちも、結構普通にやってることなんです!

 だ、だから私も別に深く考えずに……転生者のトモくんに……この世界の生活が便利になるようなチート能力を、いくつか……」

「チ、チート能力ぅ?」

「そ、そんなに特別な能力ではないですよ? どこにでもよくある、普通の能力ですよ? た、例えば……」

 残念女神は、指折り数えながら言った。

「まず、『この国の人間の言葉が完璧に使えること』でしょう? それに『全属性魔法行使可能』と……それから、『あらゆる武器の習熟度MAX』……あと、『あらゆるものの強さステータスを数値で確認可能』……」

「は、はあぁぁーっ⁉ な、何よそれっ! 言葉に魔法に武器の扱いにステータス確認って……四つ⁉ 四つも、あいつに能力を与えちゃったのっ⁉ どんだけチートなのよ! やりすぎでしょっ! どれか一個で十分でしょうがっ!」

「は、はい……そうなんですよね。私も、正直こういうのはあんまり詳しくなくて……。流行ってるのは知ったんですけど、どれくらいあげればいいかの加減が、よく分からなくて……」

「それにしたって、もうちょっと少なくていいでしょうがっ! 気前のいいおじいちゃんが、孫にあげるお小遣いじゃないのよっ⁉ 限度があるでしょ限度が!」

「ご、ごめんなさいぃ……」

 萎縮して、体を縮めるヌル子。

「そ、その件については私も、あとで神様の上司的なポジションの人に呼び出されて、怒られちゃいました……。『神っていうのは、誰か一人に肩入れしないで、担当する世界の生き物全員のことを考えるものだ! それなのに、一人にそんなにチート能力与え過ぎて、世界のバランスが崩れたらどうするんだ!』って……。

 そのおかげで、お給料半年先まで半額にされちゃいましたし……同僚の他の女神たちからもバカにされたりして……。

 で、でも私としては、ホントにそんなつもりじゃなくって……軽ーい、出来心だったんですよぉ!」

「……ああ、もう!」

 うつむいて、今にも涙を流しそうなヌル子。あまりに落ち込んでしまっている彼女を見ているうちに、アレサはまるで自分が、彼女をいじめているような罪悪感を感じてしまってきていた。


 そもそも、本当に彼女がこの世界の神様なのだとしたら、ただの人間の自分がどうこう言う筋合いなどない。管理者の彼女が誰にどんな能力を与えたところで、そんなものは彼女の勝手ともいえる。そう自分に言い聞かせることで、これ以上彼女を責めるのをやめることにした。


「もう、いいですわよ! やってしまったことは、今更仕方ないですわ! 別に、あいつが四つもチート能力を持っているということ自体は、悪いことでもないでしょうしね!」

「あ、あの……」

「だって、そうでしょう? 全ての魔法が使えて、武器の扱いまで完璧だなんて……そんなの、最強じゃないですの? きっとあいつのその力が周囲に知られれば、いろんなところから力を貸して欲しいって依頼がくるようになるわ。

 猛獣退治や騎士団の指揮官、あるいは魔法研究所とか訓練施設とかでだって、その力を役立てることはできるはず。今後仕事にもお金にも困らないでしょうし、この世界での暮らしは保証されたようなものよ」

「ち、違うんです」

「は? 違う? 何が違うって言うのよ?」

 思いがけず否定されたことに、納得のいかないアレサ。

「何も違ってなんていないでしょう? 貴女が与えた四つのチート能力があれば、あいつはこの世界のいろんなところから引く手あまたで……」

「えと、四つじゃないんです……」

「え?」

「四つ……じゃなくて、私がトモくんにあげたチート能力は、実は五つなんです……」

「あぁんん?」

「というか、そもそも一番最初にあげたのがその能力で……。本当は私も、チート能力はそれ一つだけをあげる予定だったんです。でも……その能力をあげた途端に、トモくんのことがどんどん気になってきて、もっとたくさんあげたい気持ちが湧きあがってきてしまって……。気づいたら、全部で五つもあげていて……」

「ちょ、ちょっと……それって……」

 そこでアレサは、ヌル子に対してさっきから感じていた違和感に気付いた。


(そ、そういえば……。どうしてこいつ、いまだにあいつのことを馴れ馴れしく「トモくん」なんて呼んでるの? 神様は一人の人間に肩入れするなって、怒られたんじゃなかったの?

 こ、これじゃまるで、さっきのウィリアみたいな……)


「トラックに轢かれて死んじゃったトモくんが一番絶望して後悔していたのが……十六年間の人生で、一度も彼に恋人が出来なかったってことらしいんです。死ぬ間際に、『一回でいいから女の子と恋がしたかった』なんて考えてたらしいですし。

 それで、せめてこの世界に転生したあとではその夢を叶えられるように、って思って……」

「あ、あんた……まさか……まさか……」

「あげちゃったんです。チート能力として……『異性に無条件で好かれる能力』を」

「は、はぁぁぁぁぁーっ⁉」

 これまでで一番大きな声をあげて、ヌル子に詰め寄るアレサ。

「な、何よそれっ! そ、それじゃああんた、自分でその『異性に好かれる能力』をあげたせいで、あいつのこと好きになっちゃってるってこと⁉ 好きになっちゃったから、他の四つのチート能力もあげちゃったってことなの⁉

 バ、バカでしょっ! 完全にバカでしょっ!」

「す、すいませぇん……」

「し、し、し……しかもそれじゃあ……さっきのウィリアだって、その能力にかかっちゃってるってことじゃないのよっ! チート能力で、あいつに恋しちゃってるんじゃないのよっ!

 な、何してくれてんのよっ! あんたのそのバカのせいで、今日のわたくしとウィリアの記念すべき日が、めちゃくちゃになったんですわよっ! これからのわたくしの人生プランも、台無しよっ!」

「……てへっ」

「てへ、じゃないわよっ! ふざけんじゃないわよーっ!」


 かわいらしくペロッと舌を出す女神のヌル子に、明らかな殺意を覚えるアレサだった。

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