7話 奪還
国交を断絶しているルーベンから隣国コロルへ商品を運び出すには密売しかない。
国境付近の警邏は複数の傭兵団が日々行っている。その目を掻い潜ってコロルへ、ルーベンから密売するならルートは限られる。
奴隷を密売させるには、荷車や馬車など積み荷がのせられる車が必要だった。
急ぎフラーウムに調べさせると、ここ数日ルーベンからコロルへの不審な馬車や荷車の往来は確認されていないという。
国外にまだ出ていない可能性が高い。
「この辺から、人目を避けてコロルへ抜けるルートはどれくらい絞られる」
「二本か、三本には絞れるかもしれませんね」
「誰に頼めばそれが可能だ?」
「そりゃ、団長でしょう。スガヤ姉、何をしようとしてるかは聞かないけど、無茶は駄目ですよ。」
フラーウムの忠告を最後まで聞くこともせず、スガヤは走り出した。
「カーヌス、カーヌス!」
質素なレンガ造りのドアを叩きながら、スガヤは叫んでいた。
「なんだ、どうした」
「急ぎ頼みがある!」
「ここじゃなんだ、とりあえず入れ」
慌てて出てきたカーヌスは、スガヤの腕を引っ張って家の中へ引きずり込んだ。
「カーヌス、時間がないんだ。コロルへの密売の情報が入った。ルートを特定したい。手を貸してくれ!頼む!」
「とりあえず落ち着け。何が密売されるんだ」
「奴隷だ」
スガヤの顔は悲痛に歪む。
カーヌスは察したのか、嘆息すると、
「警邏の人数を増やそう。・・・比較的取り締まりやすいルートは俺たちで押さえる。お前は冷静な判断ができないから、今回の任務は外すぞ。」
カーヌスの言葉に、スガヤは小さく微笑んだ。
「構わん。・・・もう、辞めるからな。」
スガヤは、一枚の紙を鞄から取り出し、カーヌスの机の上に置いた。
「おい!バカな真似はするなよ!」
カーヌスの声を耳に入れることなく、スガヤは踵を返して家のドアを開けた。
・・・
夜の闇に紛れて、スガヤは団の武器庫に忍び込んだ。
腰に差せるだけの武器を差し、鞄に武器庫で一番大きなチェーンクリッパーを入れた。
「やはり来たか。」
カンテラをかざされ、相手の影しか見えない。だがその声で、何者に見つかったのか察して苦笑が漏れる。
「団長殿が、まだこんなとこで油を売ってると、副団長にどやされるぞ」
「こんなときに茶化すな。スガヤ、なぜ俺たちに助けを求めない。」
「・・・」
スガヤは何も答えず、カーヌスの隣を通りすぎる。
「スガヤ!話は終わってないぞ!」
「・・・私は私の居場所に帰るんだ。」
「は?お前の居場所はここだろ!」
スガヤは鼻で笑って、だが刹那その顔から笑みが消える。
「カーヌス、・・・エブルはどこを警邏する予定だ」
「南南西のコンセンスス峠だが、」
「・・・そうか。」
進みかけて、スガヤは振り向き、カーヌスの名を呼んだ。
「カーヌス、今までありがとう。お前の下で働けて、私は楽しかったよ」
あまりにも無邪気に笑うスガヤを見て、カーヌスは言葉を繋げることができなかった。
・・・
それは想定内のことだった。
夜半過ぎ。
黒塗りの馬車が、闇に乗じてコンセンススの峠を超え、コロルに入った。
スガヤが身をひそめていたコロル領の足場の悪い山道に、馬の蹄の音とともに車輪の音が微かに響く。
木の上でその時を待つ。
やがて大きく蠢く影が見えた。馬車だ。
真下を通過する。
スガヤはすかさず馬車の上に乗り移った。
刹那馬車がガタンと大きく軋む。
異変に気づいた行者が振り向くより早く、行者に飛びかかり口を押さえ、首を薙いで地面に蹴落とした。
御しきられなくなった馬が暴れる。
その馬の手綱を強く引くと、馬が嘶き、馬車は急停車した。荷台で何かがゴトゴトと激しくぶつかる音がする。
「何事だ!」
護衛らしき二人の男が荷台から降り、カンテラ片手に現れた。
そのうちの一人の背後の回り、頸動脈を斬る。「ぎゃあ!」と叫び、護衛の一人はその場に倒れ込んだ。落ちたカンテラを蹴って遠くに飛ばす。
残った一人は目印になる自らのカンテラを消した。
だが夜目のきくスガヤは、護衛の男の足元にすかさず滑り込んでその足を薙いだ。そのまま太股の付け根に短刀を突き刺す。
男は叫び声を上げてその場にしゃがむ。
二本目の腰の短刀を取り出し、男の背中に突き刺した。その勢いのまま走る。
開け放たれた荷台の入り口に飛び込み、闇の中から動く影を探した。
影が、スガヤの侵入に気がつき立ち上がる。
スガヤは溢れ出る涙を袖で拭って、ゆっくりと影に近づいた。
「黒、」
スガヤの声に、影はジャラジャラと鎖を鳴らして近づいてくる。
息が届くほどの距離になり、スガヤは手を伸ばして黒の猿轡を外した。
「スガヤ、なぜ来た!なぜ、」
黒は悲痛に顔を歪めていた。
それでもスガヤは嬉しそうに微笑んだ。
「スガヤ、なぜこんな馬鹿な真似を、」
戸惑う黒をよそに、スガヤは鞄の中からチェーンクリッパーを取り出し、まず黒の手の鎖を切った。
そして足の鎖を切ろうとした時、
「させるか!」
首を切った護衛の男が、首を押さえてダガーを投げた。
「きゃっ」
ダガーはスガヤの脇腹をかすって荷台の壁に刺さる。
すかさずスガヤは身を翻し、駆け出すと、護衛の男の顔面を蹴り、三本目の短刀を男の胸に突き刺した。
急ぎ戻って黒の足の鎖を切ろうとする。
だが手に力が入らず、震える。
「俺がやる」
スガヤからチェーンクリッパーを受け取ると、足の鎖を切り、首輪を繋ぐ鎖を切った。
安堵感からか、スガヤはその場に崩れ落ちた。脇腹が燃えるように熱い。
スガヤはそっと自らの脇腹に手を添え、濡れた感触に強く目を閉じた。
「スガヤ、立てるか」
黒に支えられるように立ち上がり、二人は寄り添いながら馬車の荷台から降りる。
山道から外れて獣道に入りかけた時、護衛の男が吹いたらしき甲高い笛の音が、ピーと闇を切り裂き轟いた。
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