嫌われ系お嬢様と異世界クラス転移

robo

異世界に連れてかれて



「でさぁ、でさぁ、これなんかパパに買ってもらっちゃったんだよねー」


 これ見よがしに手に持った腕時計を振りかざし、その少女は得意げな表情でけらけらと笑っていた。


 ”俺”は”少女”の持っている物に見覚えがあった。銀色の光沢を放ち、精巧な作りをしているアレは最近テレビなどでも取り上げられている高級腕時計だ。有名なタレントが身に着けている話題になり、それに合わせて一部のタレントのファンが借金してまで購入しようとした……ということらしい。


 らしい、というのは俺自身があのような高級品と無縁の生まれの人間であり、会ったことも見たこともないタレントのために散財しようとは思わないし出来ない人間だからでしかない。


 なのに、あの少女はしきりにちらちらとこちらに視線を向けてはニタニタといやらしい笑みを浮かべ、どうだ羨ましいだろとばかりに鼻をならしている。


 正直言ってしまうと、持ち物と所持者がつりあってない。これに尽きる。

 

 高級腕時計は高級というレッテルを持って教室内の蛍光灯に照らされてまばゆい光を輝かせるが、それとは対照的に身に着けている少女の周りの雰囲気は暗くよどんでいるように見える。なにせ、彼女の家はいわゆるお嬢様と言えるほどの大きな家だが、本人は黒いボブカットに同年代の少女と比べても低身長、攻撃的なツリ目はこちらに対して挑発的な視線で刺してくる。


 その筋の人間からすれば、彼女自身に女としての魅力を感じる者もいるだろう。しかし、理想的なラインが高い男子にとってあの少女は女としての魅力が欠ける。それは、肉体的な魅力というよりも性格という面に。


「森川さんほんと似合ってるよー! いいなぁ、私も○○さんのファンなんだー」

「いいなぁ、いいなぁ! 私も森川さんみたいなお金持ちだったらなー」


 女子の何人かはそんな彼女に対して羨ましい、いいなぁと声をあげて群がっている。


 彼女自身も満足しているのだろう。振りかざした物によって見てくれることに。その目を向けている先が自分であることに。


 聞いてられない。


 聞くにしてもあんなきゃいきゃいとした声が耳の奥できーんとする。高校生でありながらも落ち着きがなく、まるで子供のような高い声色が耳から離れない。


 せっかくの昼休憩だ。持って来た弁当だって食べ終えたし、どこかでゆっくりとしていたい。こういう時に知り合いが他のクラスだと寂しいモノだ。


 俺は何も言わず、向けられた視線の方にも目を向けず、そのまま教室を出ていった。



 適当にトイレでも行くか、はたまた図書室でも行こうか、もしくは知り合いを誘って校庭でサッカーでもしようか。


 図書室へ行けば本がある。あそこでは本の貸し出しができるし、家での暇潰しになる。なにより自分は流行の本は追わないから古くても”作品”を楽しめるから図書室は好きなのだ。


 それと同じくらいに校庭でのサッカーが好きだが、もっと言えば友達と遊ぶのが好きだ。食後の良い運動にもなるし、疲れて午後の授業眠くなってしまうが充足感を得られる。晴れればサッカー、雨が降ったら体育館でバスケをするのもいい。


 が、残念ながらどちらも不可能だ。今日は教室で過ごそうと考えていたがために時間の大半をあそこで使ってしまった。いまさら他の事で時間は使えない。


 そうなれば消去法的にトイレしかないが、残念ながら用はない。


 残った選択肢のうち、特にやる事もなく窓から外をのぞくことにした。元々、教室にいるのがイヤなだけだったのだ。アイツと同じ空間でなければどこだって――


「ねぇねぇ、なーにやってんの?」


 逃げようと思っていた甲高い声がそっと俺の耳にあてられた。


 その時の俺は「イヤなモンを見た」というような顔をしていたかもしれない。相手に失礼かもしれないが、コイツに限ってはそうではない。


 高校生になってからもその生意気な態度は変わらず、ニヤニヤした顔で俺の事を見上げている。同級生であるならば男子である俺の方が高いのは当たり前だろうが、それでもこいつは本当に小さい。


「あのさぁ、アンタってほんと辛気臭い顔してるよねぇ? せっかくアタシが遊んであげようと思ったのにさぁ、どこいこうっていうのぉ?」

「……トイレにでも行こうと思ってな。そろそろ午後の授業だし」


 嘘ではない。実際、今の俺はこの時間でトイレに行くのはもったいないと思ったことを後悔している。こんなことなら男子トイレに逃げ込んでおけばよかった。


「ねぇねぇ、見てよコレぇ。某○○社に所属する××さんが作ってくれたものでねぇ。なんと○○万円するんだってぇ!」

「ふーん、すごい」

「でしょ、でしょー? あんたのような貧乏くさい暮らしをしてる家じゃこんなもんお目にかかれないもんねー! キャハハハハっ!」


 へらへらとしながらその口からは相手をコケにする口調。神経を逆なでにし、配慮も遠慮もなくズカズカと相手の心の内に踏み込んでくる。


 実際、確かにうちは貧乏だ。ボロいアパートで父親と二人暮らし、俺自身もバイトをしながら学費をまかなっている始末。娯楽なんて図書室や図書館で借りる本くらいなものだ。置いておける本なんて新品はない。だいたいが中古ばかりだ。暮らしの苦しさを噛み締めているから、コイツ自身の言葉は真実でしかない。


 だからこそ、眉間にしわがよる。イラっとする言い回しも、その態度にも、その配慮のない性格にも。


 こいつは変わらない。小学校の時からずっと。


 金持ちであることをひけらかし、自分を慕う者たちを子分のように扱い、自分が下に見た物は徹底的にこき下ろす。口を開けばアイツはどうしようもないビッチだとか、アイツはカンニングをしているだとか昔から変なデマを流したがる。


 根腐れした性根に辟易しながらも、何で俺はこいつと昔から付き合いがあるのか自分でも不思議に思うくらいだ。


「お、そろそろチャイムじゃん。じゃ、アタシは先に戻るからねー」

「ああ、うん。そうだな」


 ふりふりと手を振って彼女は教室へと戻っていった。


 小さくなっていく背中を視界から手早く外し、窓の外へとむける。イラつく感情は確かにあるが、それでも怒鳴りつけるほどのことじゃない。アイツの性格はこういう性格だからと納得し、飲み込んでしまえばいい。波風を立ててアイツを慕う者たちから責められたらたまったもんじゃない。


 残る昼休みの時間を、曇りのない晴れ空に目を向けながら消化しようとして――


 窓とは正反対、俺の背後の方で光が広がって俺を包んだ。



 まばゆいばかりの光がようやく収まり、ちかちかとする視界が目の前を上手く捉えられない。


 時間が経つのを待つしかなく、数秒、十秒ちょっとと目が慣れ始めたころ、俺の目の前にあるのは俺の頭の中にあった景色とは全く別の光景が広がっていた。


「えっ、なっ、えっ……」


 先ほどまでの昼下がりの廊下などではなく、暗くてじめっとした空気が漂う岩肌の部屋。学校にある体育館ほどの広さがあり、天井にはポツリと陽光による光が入ってきているため、どのような場所かは把握できた。


 だが、場所を把握できても状況が理解できない。


 なにが、なにが起きたのか。


 よく見れば他のクラスメイトも何人かはここにいる。見知った女子や男子たちもしりもちをついたり、茫然と立ち尽くすモノとリアクションはそれぞれだ。


「ね、ねぇ……ここどこなの?」

「あれ、オレ、さっきまで授業の準備してて……」

「だ、誰か! 誰かいないのか!!」


 学校の教室にいたのに全く知らない場所にいる。今の自分たちのことについて段々と理解してきたクラスメイト達はぎゃあぎゃあとわめきたて、中には泣き出す者も出てきている。


 それに対して俺は……冷静だった。いや、冷静というよりも驚き過ぎて目の前の事がまだ呑み込めていないのは確かなのだ。この場では他にも錯乱しているクラスメイトがいる。その事が自分を客観的に見れるようにしているのかもしれない。


「ちょっと! 誰かいないの!?」


 聞き知った声に対して、俺は思わず安堵しかけた。


 特徴的な甲高い声。うちのクラスメイトの中でも自己主張という点では誰にも負けない女がいたのだ。やれ責任者はどこだ、警察を呼ぶぞなどと大っぴらに騒ぎ立てて、感情を溜めるということを知らないアイツはぎゃいぎゃいと声を立てて喚き散らしている。

 

「わ、わかってんの!? アタシに手を出したらパパとママがめっちゃ怒るんだぞ!! アタシの家がどんだけ大きいか――」

「お静かに」


 波打つようにして俺たちの間に静寂が訪れた。


 ちりんと鳴る鈴の音のごとく静かな声色は、先ほどまでのバカ騒ぎに比べて貞淑な物を感じさせる。アレだけ甲高い声が響いていたのに、あの人の声は染み入るように頭の中で響く。


 声の主を見て俺は納得した。白いウェディングドレスを連想させる衣装に腰まで長く伸びている金髪、白磁の肌はまるで人形のように美しく輝いている。青い瞳は凛々しく、見る物の心を掴んで離さないであろうことが理解”させられる”。


 この人こそが、俺たちをこの場所に呼んだヒトだ。


「……突然の事で、みなさまは驚かれていると思われます。ですが、これもすべて事情あってのモノ……こちらのほうで説明をするのでどうか……」

「ちょっとアンタ! ここどこなの!? ねぇ何でこの場所にアタシたちが連れてこられたの!? 誘拐!? これやっぱり誘拐なわけ!?」

「い、いえ。だからこれには深いわけが……」

「何が深いわけだ! こっちは不快よ! 帰してっ、ねぇ家に帰してってばぁ!!」


 ……それから十分とちょっと。さんざんっぱら泣きわめき、疲れ果てて何も言えなくなったアイツは何も言わなくなった。金髪の女の人が、何も言わないから黙らなければ説明しないと理解したのだろう。


 この場で数秒ほどの静寂。ようやく説明できる状況になった事を悟った彼女は、俺たちに事情を説明してくれた。


「ここは【異世界】。あなた達が暮らす地球とはまったく別の世界なのです。今、この世界では悪しき魔物たちが群れを成して私たちの国を襲っているのです。あなた達は、そんな悪しき魔物たちを討ち取るがために呼ばれたたぐいまれなる才能の持ち主なのです」

「……えーと、つまり世界の危機を救ってほしいからボク達を呼んだ、と?」

「ええ、その通りです。ここは異世界の英雄を呼ぶための【召喚の間】。皆様方は、選ばれた存在なのです」


 異世界からの召喚、悪しき魔物、選ばれた英雄。並べられた単語にまるで冒険ファンタジー物を思わせる言葉に俺は唖然としていた。まさか自分がそんなものを体験するとは……


「あなた達をいきなり呼びつけたことには私も申し訳なく思っています。ですが、この世界を守るためにはどうしてもこの手段しかなかったのです……元の世界に戻すにはこの世界をむしばむ魔物たちの邪気を取り払わなければ戻せられません……だから、その間は我々の方でも生活面の方で保障します」


 他のクラスメイト達も驚きのままに今の状況を受け入れたリアクションを取っている。どうやったら元の世界に帰れるのかという者、異世界テンプレものだ! と騒ぐ者、目をキラキラさせて受け入れる者……


「いま、こうしてこの場に立っている皆さんはすでに英雄としての力が備わっているのです。さぁ、その力を確認するために『ステータスオープン』と唱えてください」


 金髪の女の人に言われるまま、俺たちは口々に「ステータスオープン」とつぶやいた。目の前には正四角形の薄いガラスのいたっきれみたいなのが浮かび上がり、そこには俺の名前やいくつかの数字が並べられていた。


【砂山 レン:レベル1】


 見て見れば俺の名前である”砂山 レン”とレベルが表示されている。その隣には攻撃力や防御力など、このガラスの所持者の力を数値化した肉体の頑丈さが描かれている。この数値がデカければ強いのだろうと納得しながら、俺は他のクラスメイト達を見た。


「おお、レベル4……! 高いの? 低いの?」

「あ、こっちはレベル5って出てる……」

「い、3? 3ってこれ一番低いよね!? あ、実はものっそ凄いチート能力があったりとか!?」


 口々に自分たちのレベルは2だか4だか言うクラスメイト達。どうやらこの一桁の数値がスタートラインのようであり、俺たちはここからこの数値をあげていかなければならないようだ。


 ……それに対して、俺の数値は一番低そうだ。レベル1。もしかして俺は最底辺なのだろうか。


 その時、貞淑さを絵にかいたような金髪の女の人が大きな声をあげて驚いていた。


「ま、まさか……レベル10!? 人の中に眠る基礎数値でこの高さとは……!!」


【森川 ナミ:レベル10】


「へ、へぇー! この数値めっちゃ高いんだぁー?」

「も、もちろんですっ! 基礎の数値が高いという事は秘められている潜在能力も計り知れないという事……ああ、あなたこそがこの世界に光をもたらす救世主だったのですね……!!」


 さんざんっぱら泣きはらして赤くした顔をしながら、目元をぬぐったアイツの調子がいつものに戻った。


 それに対して、金髪の女の人のリアクションは真面目そのものだ。暗い絶望から光を宿した希望に満ち溢れる表情。今にも泣きだしそうなくらいに碧眼の瞳を潤ませて、目の前の”真の英雄”に膝をついて祈る。


 あんな奴に祈るのか、とも思うが自分の世界を考えるとその気持ちは無理もないと言ったところか。ただ、祈っている相手が相手なだけに解せない話である。


 自分が持ち上げられていることに気分を良くしたのだろうか。あの低身長で黒髪ボブカットの高飛車女――森川ナミは得意げに鼻を鳴らして興奮していた。


 ちらり。


 彼女の方が俺を見て、ニタニタした顔つきで近寄って来る。


「へへっ、アンタのレベルは……ははーっ! へぇー、クッソよわよわじゃーん! なっさけねーー!!」

「……ああ、そうだな」

「キャハハハハハっ! まぁ、アタシは寛大で寛容な英雄様だしぃ? せいぜい足ひっぱんないでよねぇ! キャハハハハハ!!」


 地球。かつての故郷の事を思い出し、俺はいまからホームシックにかかりそうになった。


 貧乏で暮らしは苦しくて、なによりもうっとおしいことこの上ないあの女がいてもあの世界は平和だと思えた。


 けれど、今はこんな場所に連れてかれて、しかもこいつに対して頭を下げなきゃいけないのかと思うと俺は頭が痛くなる想いだった。


 

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