第3話・石はいい。
「美晴って一人暮らしなんでしょ?」
授業も終わり帰宅中、思い出したように恙が問うてきた。
「まあね」
この妙ちきりんな体質を自覚してからは、家族とも妙に居づらくなってしまった。
別に心の中で『あんたなんか生むんじゃなかった』とか『あー早く愛人のところ行きたいなー』なんて声を聞いたわけじゃない。ごく普通の、幸せな家庭だった。
だからこそ、心の声を聞くのはインチキで、どこか後ろめたいことだと考える普通の感性を持つ私が育ったのだと思う。そしてその結果一人暮らしをするという行動に移したのも、当然と言えば当然だ。
「行っていい?」
「いいけ――」ど?
「良い毛?」
いいのか? 本当にいいのか? 待ってくれ、落ち着け私。この女が私の家に来たいというその理由をもう少し考えてから返事をしろ。
例えばそうだ、あの噂。自分でもネタにしていたが、男をとっかえひっかえ、援交で稼ぎまくっているクソビッチという噂。あれが本当なのだとすれば、ホテル代を浮かせるために私の家を利用する未来だってゆうに想像できる。
ちなみに私の中で、愛おしいと疑わしいは矛盾しない。信じてこその愛? それは違う。
愛とは、疑って疑われて傷付けて傷付いて嫌って嫌われて憎んで憎まれて互いにボロボロのままそれでも突き進んだ先にポツンと立っている小さな小さな淡い朱色のハート型の旗のことを言うのだ。と、勝手に人様の心を盗み聞きしてきて学んだ。
「考えるね美晴~。私そんなに信用ない?」
ケタケタと笑う恙に、思考時間がそこそこ失礼なレベルに達していることを気付かされる。
さて。信用、ある……。うん、ある。
噂の真偽はこの際放っておこう。どうせ私の頭では推理したとて答えにたどり着かない。だから今まで直に接してきた恙で信用度を測る。すると、ある。
私が本当に嫌がるようなことはせず、言わず、貸した教科書も投げ掛けたくだらない質問の答えも返ってくる。
「そう言われると信用はあるから、許す」
「ちょろ! 美晴ちょろいなぁ、わたしゃ心配じゃよ~」
「安心しなよおばあさん。家に行きたいなんて言われるの、入学して一年経ってるのに今日が初めてだから」
そもそも私が一人暮らししていることを知っている人間、他にいるのか?
「もー友達いなさすぎ。私と違って変な噂流されてるわけじゃないんだからさぁ、そっちはそっちで心配だよ~」
意外と心配性な恙だった。
しかしうちに来て何をするんだろうか。普通の1Kだから置いているものは少ないし、ボードゲームみたいな小洒落たものもない。パソコンのモニターに繋いでできるゲームはあるけど一人用だし、そもそもコントローラーも一つだけ。
ろくにもてなすこともできんが……まぁいいだろう。どうせ恙相手だ。
×
「うっわぁ~!」
学校から歩いて二十分、築十二年鉄筋コンクリート三階建てマンション、その二階角部屋に位置する私の部屋へ到着。
靴を脱いだ恙は瞳を爛々と輝かせ、私の部屋に対する率直な感想を述べた。
「変な部屋ぁ~!」
「悪かったね。何飲む?」
「美晴とおなじの! すっごい変だね、女子高生が一人暮らししてる部屋とは思えない!」
恙の感想がおかしいとは思わない。私も初めて遊びにいった友達の部屋がこんな感じだったら同じ感想を抱くだろう。口に出すかは別にして。
「ねぇねぇ、なんでこんなに石があるの?」
「好きだから」
そう、私は石が好きだ。石集めが趣味で、集めた石を部屋の至る場所に置いて常に鑑賞するのが日課。好物は鉱物。なんちって。
「ふぅん。私とどっちが好き?」
「石」
石はいい。静かなのに、口を開いたり心の声を漏らしたりしないのに、慰めたり励ましてくれてるような気がする。
「えぇ~! じゃあもっと好きになってもらえるように頑張ろ!」
そういう話? 好きのベクトルが違う気がするが……まぁ私にとってマイナスになる努力でないなら止める道理もないだろう。
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