彼女の気持ちがわからない
燈外町 猶
第1話・たった一人
物心ついた時から、私には他人の秘めた言葉が聞こえる。
ただ、口数が少ない子供だったおかげで、アニメのワンシーンにて『他人の心が読めるのは、私の生きている世界では異常者』ということを目撃した小学三年生までに、家族や周囲の人にソレがばれてしまうことはなかった。
なかったように、思う。少なくともソレについて何かしら言及されたことは、未だ一度もない。
「おはよー美晴! 相変わらず前髪長いねぇ」
「はよ。なにそのイチャモン。必要なものは見えてるしこれでいいの」
心の声を聞く聞かないはある程度、自分自身で管理できた。目を合わせなければいい。そうすれば私は異常ではなく、人よりちょっと前髪の長い普通の女の子として普通の生活が送ることができる。
他人とはあまり深い関係を築きたくないから、友達と呼べる存在は少ないけれど。
「そーだね、うんうん、いーよいーよ。美晴にはその名前と間逆な根暗陰キャっぽい見た目がピッタリなんだから」
ケタケタと笑いながら私へと軽口と共に声を掛けたのは小学校からの友達でもある
黒髪ロング、整った顔立ち、モデルのようなスタイルを併せ持つ彼女に、良家の令嬢と勘違いする人間が後を絶えないが、その幸せな妄想は彼女について情報収集した瞬間に打ち砕かれるだろう。
学校で生きていれば、そうでなくとも名前で検索すれば嫌でも入っくる噂を分析すると、彼女は華の女子高生にあるまじき異常者らしい。万引やスリは当たり前で、痴漢でっち上げで金銭巻き上げ、援交、リストカット、ドラッグ、父親殺しに死体遺棄。
挙げ連ねられた悪評の品揃えにはAmazonですら舌を巻くことだろう。
「なあに美晴、見惚れちゃって。今すぐ抱いたげよっか?」
「結構です」
けれど私には、その全てが嘘か真か、わからない。
今まで出会ってきた人間、それが何人に及ぶかも知らないが、百人以上はいるかもしれない。それでもこんなことは初めてだった。たった一人、恙の心だけが、私には聞こえない。
「あー授業ダルい。早く昼休みにならないかな~」
「なに、朝ごはんでも抜いてきたの?」
「ううん、早く美晴と二人っきりになりたいだけ!」
「はいはい。もう授業始まるから席戻んな」
「はーいっ」
恙は不思議だ。それは、私に心の声を聞かせない、というものだけではない。なぜ彼女はあんなに美しいのだろうか。いや変な意味ではなく。
これまで小学校でも、中学校でも、きっとどの学校でも行われているイジメだのなんだのを目撃、及び体験してきた。
他者から押し付けられる負のエネルギーというのは恐るべき効力を持っていて、どんな人気者であろうとも勝ち目はなく髪の毛を白くするかだらしなく伸ばすしかない。
だのに。恙という女はどうだろう。年を、月を日を追うごとに増していく自身への悪評を、嫌がらせ行為を、まるで人生の必要経費とでも言うように軽くいなして処理しているではないか。
負のエネルギーに負けることなく、ケラケラと笑い続け、日々、秒速で美しくなっていく。
『抱いたげよっか』
授業中は彼女の言葉がリフレインしていた。恙は容姿だけでなく声も美しい。
もしも恙への噂が真実だった場合、それはもうとてつもない技術を有しているに違いない。私のような喪女にはきっと縁のない桃色の世界だ。ふむ、悪くない。
あぁちょっと待て、いろんなヤツと寝てるってことはほら、病気とか、やばくて怖いお兄さん(おじさん?)とかがバックに付いている可能性もある。女だって、というかむしろ女だからこそ美人局でエグい被害に遭ってしまうこともあるだろうし……やめとこ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。