最低な日と、最悪な日々。
独占・1
「有喜ちゃん、」
その瞬間まで。
「――よく、そんな話ができるね」
その一言を口にするまで。
今日が、最高の日曜日になると疑わなかった。
「……今日は、もう……帰ってください」
どんな言い争いの果てに、彼女が泣きながらそう呟いたのか、思い出そうとするだけで真っ黒い自己嫌悪が胸中に渦巻いて吐きそうになる。
――最低な日になった。私がこの手で、してしまった。
きっとこれから、最悪な日々が始まる。
有喜ちゃん、ごめんね。
本当に、ごめんなさい。
×
媛崎先輩が、来る!
日曜日はいつだってハッピーサンデーなのに……恋人が来てくれるというだけでスーパーウルトラハッピーサンデーに格上げだい!
準備も万端! 先輩には今日、目一杯リフレッシュしてもらって、また明日から部活を頑張ってもらおう。
私ができることは減ってしまったけれど、全部なくなったわけじゃないんだから。
「お邪魔しまーす!」
朝十時ぴったりにインターホンが鳴り、満開の笑声が続く。
「お待ちしておりました! 相変わらず狭い部屋ですが……」
扉を開けると、もちろんそこには私服の媛崎先輩。世界一可愛い私の彼女。
私の……ふふふ……明るくシンプルなデニムジャケットとハンチング帽を何の違和感もなく着こなし、ボーイッシュな印象を与えるもそのご尊顔は最高にきゃわゆく、振りまく香りもスウィーティーという圧倒的ギャップで心拍数を爆上げさせてくるこの人が……私の……彼女……?
くっ……幸せな夢だって言われたら信じちゃう……。
「有喜ちゃんの傍にいられるならなんの問題もないよ。はい、これ言ってたお土産ね」
「わー! ありがとうございます! かなり並びましたか?」
「運が良かったみたいでね、そうでもなかったよ」
「それは良かったです」
媛崎先輩が手渡してくれたのは、丁寧に包装された一斤の食パン。
おおっと単なる食パンと侮ることなかれ! 食感、味ともにもはや食パンを超えた食パンとしてテレビでも紹介されたとんでも食パンであり、多くの人がこれを目的に長蛇の列を成すほどの価値がある! らしい。
「さっそく準備しますので、ちょっと待っててもらってもいいですか?」
「はーいっ」
トテテ、なんて効果音が合いそうな軽い足取りで部屋を進んでいった媛崎先輩は、鞄を置くとベッドへ直行。あっという間に私の布団で包まれた。
……。ちょっとあの……枕元で深呼吸されるの……恥ずかしいんですが……幸せそうな顔してるしなんも言えない……。
仕方ない。あの場所から引き剥がすためにも私は朝食の準備を始めよう。
まずは食パンを、切る。どれくらいの厚さがベストなのかわからず、包丁を当てては離しを繰り返した末……四枚切りに。つまり、かーなーり分厚い。
いやでも……これから食べるものや、パンそのものに価値があることを考えればこれくらいが妥当だろう。
怖々としながらトースターに入れて加熱開始。そのままドリンクの作成へ。
ベースはいつも飲んでいるコーヒーだけど、ミルクも砂糖もたっぷりめ。さらに冷蔵庫から取り出したるは……生クリーム!
パンに塗る例のブツも用意し、テーブルへと並べていく。
「先輩、用意できましたよ。さっ食べましょう!」
「うんっ! いい香りがする~」
テーブルの上には、なんちゃってウインナーコーヒーと、焼きたての分厚いトースト、そして……小皿にたっぷり取り分けたあんこ!
そんなわけで本日は、あっっっまあま小倉トースト朝食!
「すっごぉい! お店で見るメニューみたい!」
「あはは、私ほとんど何もしてないですけどね」
今日私の家で遊ぶことが決まったとき、媛崎先輩に朝何を食べたいか聞くと『なんでもいいから甘いもの』と所望された。
これなら文句ないでしょう! 朝食としても、甘いものとしても!
「それじゃあ……いただきまーす!」
「あっ、あっ待ってください先輩、大事なものを忘れてました!」
「なぁに?」
先輩が手を伸ばした先にあるトーストへ、一欠片のバターを乗せるとじわじわ溶けて染み込んでいく。
「どうぞ! あんこはいっぱいあるので、好きなだけ乗っけちゃってください!」
「ん! いただきます!」
口を大きく開いてあんこ大盛りの小倉トーストをひと齧りした先輩は、瞼を閉じて咀嚼して……ごくんと飲み込むと、キラッキラの瞳を見開く。
「おいっしぃー! あまっあまだよ有喜ちゃん!」
そう言ってウインナーコーヒーを生クリームごと流し込み、「甘い! 美味しい!」と続けてくれた。
「では私も……いただきます」
先輩と同様、大量のあんこを塗りたくって罪深い食べ物を召喚。それを口にすれば……。
「……!」
いや美味しいのはわかってたけど!
これは……炭水化物と炭水化物が織り成す甘みの楽園。
あんこの凶悪な甘さが押し寄せる中、トースト本来の甘味や食感、風味も負けじと自己を主張している……!
なんちゃってウインナーコーヒーは……はい、もう甘すぎてよくわかりません!
でも一つわかることがあります。甘いは旨い!
「有喜ちゃん、クリーム付いてるよ」
「はぇ?」
私としたことがはしたない……。そう思って拭くものを探す前に、先輩の手がこちらに伸びた。
ああそれね、指先で掬ってペロリね。大丈夫、そうとわかっていれば身構えることができる。
あれ、なんで口元をスルーして後頭部を抑えるの?
なんて疑問が浮かんだ瞬間には、先輩のご尊顔は私の顔面とゼロ距離に。心臓が異常な拍数を記録したと同時に、彼女の生暖かい舌が口元を撫でた。
「んっ……」
目的の生クリームはもう取れているだろうに、先輩が離れる気配はない。どころか、頭を抑える手に力が入って、するすると這う舌が唇までやってくると、固く尖ってこじ開けようともがき始める。
「……せ、先輩っ」
「だめ?」
なんとか顔をそむけ抗議の声を上げるも、先輩は目を爛々と輝かせて私に問う。
「だ、だめって言うか……まだ朝ごはん中です! トースト冷めちゃいますよ!」
そう! 早い! し、いきなり過ぎる!
「じゃあこれ食べたあとだね」
「食べたら映画観る予定だったじゃないですか!」
「なら、映画のあと」
「映画のあとは私が腕によりを掛けてお昼ごはんを作りますから」
「……ふーん」
と、言いながら、やや不承不承といった様子で私から離れた媛崎先輩は、絶品小倉トーストを食べたあと、艶かしい眼光で私を捉えながら呟く。
「ご飯作ってる有喜ちゃん見て……我慢、できるかなぁ」
なにを!? いやその……なんとなくわかりますけど……。なんで料理中の私で我慢できなくなるんですか……?
というか今日、もろもろ終えたらマッサージしてあげようと思ってたんだけど……もしかして……それどころじゃない……?
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