福添有喜・2
「とりあえずこんな感じなんですけど……なにか面白そうなのはありましたか?」
「全部! 有喜ちゃんずるいよ。すっごく続きが気になる言い方してさ……」
「ふふ、すみません。布教には手を抜けないタチなので。お貸ししましょうか?」
「ううん。自分のペースで買って読んでみる。メモだけさせてね」
言って先輩はポケットからスマホを取り出し、数冊分のタイトルと作家名を慣れた手付きでフリック入力していく。
私が購入ページのURLを送ってあげれば楽なんだろうけど、スマホは幸廼ちゃんに『どうせパスワードも思い出せないでしょう』って没収されてるしなぁ。曰く、指紋も顔認証もできない古いタイプらしい。
そして何が悲しいって花の女子高生であるはずの私が、こういうレアケースでなければ別段スマホを必要としてない事実だ。どうせ連絡する人、超少なかったんだろうな……。
「はぁ~」
一通り話を聞き終えて(ほとんど私が一方的に話し終えて)、媛崎先輩はポフンと、私に掛かっている布団へ顔をうずめた。
「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫。ちょっとね、幸せ過ぎて」
次に読む本が決まっただけでそんなに幸せを感じられるって……媛崎先輩って意外と読書家なんだ。
「有喜ちゃんとお話ができるだけで……泣きたくなるくらい幸せ。もっと早くにこうしておけば良かった。でも岡島さんのガード堅いしなぁ……」
発した内容は布団の中でくぐもってしまってよく聞き取れないけれど、悪態や嫌味ではないことはその柔らかい声音が物語っていた。
「えっと、媛崎先輩?」
いくら布団や洋服が間にあるとは言え、太ももには彼女の体温が絶え間なく押し寄せる。香りや温度で私が酩酊する前に離れてほしいんだけど……。
「……」
えっ、寝た? ……あっこれ多分寝息だ。……寝てる……自由過ぎる……。幸廼ちゃんならありえないお見舞いスタイルだ。
眼鏡が曲がってしまわないか心配でぼんやり媛崎先輩を見つめていると、ソレは上手い具合にずれて圧から逃れていることがわかり、そしてなんとなく、彼女は猫に似ているなぁと思った。
幸廼ちゃんとは対象的なくらい、ポカポカの体温とか、寝顔が幸せそうなところとか、手を伸ばしたくなる――頭のカタチとか。
「……」
そっと、起こさないよう優しく髪に触れると、それはさらさらなのに確かな暖かさを孕んでいて、羽毛布団を連想させた。
胸が痛くなるくらい、しっくりくる。痛みが中毒性を生んで手を止められない。だけど一つだけ、私にとっては明らかな違和感であるカチューシャが疎ましくて。
「……はずそっか?」
「あっごめんなさい、私、つい……」
起きていたのか起きてしまったのか、媛崎先輩の頭に手を乗せたまま考えあぐねいて私に、俯いたまま彼女は言った。
「んーん。お願い、もっと撫でて」
「……はい」
眼鏡とカチューシャを取り外してベッドの上に投げ捨て、媛崎先輩は私の膝に頭を預ける。私は両手を使って何度もその輪郭をなぞり、胸を突き刺す痛みの正体を探ろうとするも、額に滲んだ汗に気付いて……手を止めた。
「もう、いいですか?」
これ以上はたぶん、耐えられない。これ以上の痛みは怖い。
「うん、ありがとうね」
私の言葉を聞くと、一拍置いて頭を離し、外していた装備を再び身につけて――
「ねぇ有喜ちゃん、私もお返ししていい?」
――靴を脱ぎ、ベッドに上がった媛崎先輩。
「えっ」
私が先にやってしまった以上、拒むことも憚られる。
最初に触れられたのは頭だった。私や……ともすれば幸廼ちゃんよりもゆっくり、嫌な言い方をすれば偏執的に、包み込むように、存在を練り込むように。
暖かい手のひらは髪から頬へ、頬から首へ、首から胸へ、胸からお腹へ。そして背中へ回ってきた時にようやく、私は媛崎先輩から抱きしめられていることに気づく。
その動作はあまりにも自然で、突き放す暇も、そんな衝動も与えられなかった。
「相変わらず……無防備過ぎるよ」
責めるような囁きが耳元で聞こえて、次の瞬間には媛崎先輩の唇が、吐息を感じる程近くに――。
「これ以上は――」
いつの間にか麻痺していた体をなんとか動かして、彼女の両肩を掴みソレを阻止する。
「――浮気に、なっちゃいますから」
媛崎先輩を拒絶する理由は、このたった一つしか見当たらなかった。不快感も嫌悪感もない。たった一つ、幸廼ちゃんへの後ろめたさだけがこの先を、あってはいけない感情を押し殺す。
「浮気しないなんて……いい子なんだね、有喜ちゃんは」
抵抗を受けるとあっさり体の力を抜いた媛崎先輩は、私の胸へと顔をうずめた。
「悪い子になりたくなったら……浮気したくなったら……いつでも私を呼んでね? ずっと、ずっと待ってるから」
「……」
その、愛の告白――とも取れる内容には似合わない、粘着質で仄暗い声音を発しながら、努めて明るくあろうとする彼女に、私は沈黙以外で応えることができなかった。
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