日曜日・3
「先輩、ご飯用意できましたけど……もう少し寝ますか?」
「ううん、起きる。……いい匂い」
媛崎先輩が寝付き、しばしその存在全てを享受。離れたくない気持ちを抑えつけやっとの思いでベッドから這い出て、二時間ほどデートプランを練り直しながら先輩の睡眠時間を確保したあと朝食作りへ。……時間的にはすっかり昼食だけど。
朝は白米派ということで純和風にしてみたけど、その評価や如何に。
「わぁー!」
食卓(値段と背の低いテーブル)に品々を並べると、寝惚け眼を擦りながらそれを見た先輩の声音も彩る。
「これ全部有喜ちゃんの手作り?」
「はい。母が料理好きだったので、割と自信はありますよ」
「そうなんだ~すごいな~。……食べていい?」
「もちろん。あっ、苦手なものあったら
「ないない! 全部美味しそうでどれから食べようか悩むよ~」
焼き鮭は焦げないように、されど皮がパリパリになるようしっかりグリルで火を通し、お味噌汁には油揚げとわかめをたっぷり。冷やっこにはキムチと納豆を乗せるのもおすすめだけど、ちょっと癖が強いから今回は鰹節と醤油でシンプルに。小皿にはほうれん草のゴマ和えを添え、多いかなと思ったけど卵焼きも用意している。
「いただきますっ!」
まずは鮭を口に入れ、白米をかき込む媛崎先輩。
「ん~塩っけが丁度良くて美味しい~!」
「お口に合ってなによりです」
続いて冷やっこ、ほうれん草、お味噌汁と、じゅんぐりに、丁寧に綺麗にそして快活に食べてくれるのでとても嬉しい。
そして個人的に緊張する卵焼きは……!
「あっ、しょっぱめだ」
「……甘めがお好きでしたか?」
「んーん! 甘いのも好きだけどね、しょっぱいのは『おかず!』って感じがして、朝ご飯のお供にピッタリで大好きだよ!」
「そうでしたか、安心しました」
あー良かった。ほんとね、『先輩、朝ごはんお作りしますっ(ハート)イベント』には、目玉焼きに何をかけるか問題と玉子焼きの味問題だけは避けられないからね。
媛崎先輩がファンの子からプレゼントをもらうとき、チョコとかクッキーよりも、おせんべいとかおかきの方が喜んでいたのを見逃さなかった私、ナイス。超ナイス。
「有喜ちゃんが作ったものなら何でも嬉しいけどね! ……ん、この卵焼き……なんだか面白い食感がするね」
「刻んだたくわんを入れてるんです」
「っ! そっか! すごい! ぴったり!」
お母さんにこの卵焼きを作ってもらったときは私もおんなじリアクションしたなぁ。
「先輩、大根おろしとちりめんじゃこもご用意できます」
「有喜ちゃん……それ最高のやつです……!」
「あはは、持ってきますね」
「んん~ありがとう~!」
今日のために買った立派な大根をおろし金にかけ、できたてフワフワを用意。ちりめんじゃこはオーブンで軽く炙って香りと食感を際立たせる。
追加で差し出したそれらを器用に(たっぷり)卵焼きに乗せ、お醤油をちょぴっと垂らすと、先輩はそのきゃわゆいお口を大きく開き、一口で頬張ってくれた。そしてかき込まれる白米。
「……はぁ……幸せ……」
「……私もです」
自分の作った料理を、好きな人が美味しいと言って食べてくれる幸せ。これすごいな、なんか全部、報われた気分だ。
「有喜ちゃんは食べないの?」
流石に私の視線が気になったのか、先輩は箸を止めると首を傾げ問うてくれた。
「私は先輩が寝てる間につまみ食いしちゃいまして」
すみません嘘です。これからのデートに割と緊張して食べ物なんて喉通りません。
「んふふ、仕方ないよ、こんなに美味しいんだもん」
ああもうっはしたないと叱ってくれていいのにぃ~! 優しいぃ~!
「でも有喜ちゃんのお嫁さんになるには、コレ以上に料理ができなくちゃダメなんだね……! 私ももっと頑張ろう」
ああダメですよ先輩、このヘンレズ冗談があまり通じない故、その手の発言はもっと気をつけていただかないと!
×××
「よし、じゃあ行きますか」
「うん! レッツらゴー!」
時刻は十三時を回り、準備を済ませた私達は徒歩で最寄り駅へと向かう。
目的地は知人と遭遇しないよう隣県にあるショッピングモール。電車を乗り継ぎして四十分程かかる旨を伝えても、媛崎先輩は笑顔で『じゃあもう旅行みたいなものだね、新婚旅行!』と気を遣ってくれた。
「…………っ」
「……」
「っ~~~」
「……」
電車に乗り込んで二人用掛けの席に座ると、先輩は私との距離を完全に潰して密着。
肩で感じる体温に戸惑っていると、するりと手を繋がれてムギュムギュしたり指先で遊んだり……ドキマギががが……。
「有喜ちゃん、怒らないんだ」
「っ……だって……」
ずっとニヤニヤしていた先輩は、ついに耳元でからかう。
「だって?」
電車内だったらこんな風にイチャイチャしてるJK他にもいるし? 家族連れもカップルもスーツを着たサラリーマンさんも疲れた顔のOLさんも私達のことなんて全然気にしていないし……。
いや――違う。そんなこと関係ない。
怒れるわけがない。拒めるわけがない。そんなことより……ただ嬉しかった。私はずっと、だって、ずっと……。
「わっ、えっ、有喜ちゃん? ど、どうしたの?」
「えっ?」
急に慌てふためく先輩を見て――
「嘘、ごめんね、どうしよう、違うの有喜ちゃん、私嬉しくて、つい、ごめんね、ごめんね有喜ちゃん」
――私が大粒の涙を流していたことに気がついた。
「違うんです、私こそ、すみません、どうしよう。あははっ、なんか全然止まりません。ちょっと……一回降りてもいいですか?」
まだ目的地ではないけれど、電車が停まると同時にホームに駆け下り、トイレへ駆け込む。
トイレが改札の中にあるのはなんでだろうと思っていたけど、なるほど、こういう時には随分助かる。
(……そっか、私……やっと……)
あの時、あの瞬間、私の中で腑に落ちたんだ。現実味を帯びたんた。
家族がいて、恋人達がいて、OLがいて、サラリーマンがいて、そして私達がいる。誰かの日常の一ページに私達がいる。
私と、私の恋人の媛崎先輩がいる。
月曜日に先輩から告白をされて一週間、ただひたすらに、幸せな夢を見ている気分だった。
けれど、現実に溶け込んでいる自分に気付いて、夢から覚めて、この幸せ過ぎる現実に打ちのめされてしまったのだ。
「有喜ちゃん?」
逃げ込んだトイレの個室へ探るように、ドア越しで媛崎先輩の沈痛な声が聞こえた。
「本当にごめんなさい、私……」
先輩が謝る必要なんてない。そんな声を出す必要なんてどこにもないんだ。慌てて鍵を開け、先輩を中に招き入れる。
「先輩、謝らないでください。私の方こそごめんなさい。今気付いたんですけど私……幸せに耐性が全然無かったみたいなんです。だから……あの、変なお願いかもしれないんですけど、先輩には……喜んで欲しい、です」
「そっか」
安堵混じりに小さく返事をくれた先輩は、いつもよりも優しく、包み込むように私の頭を抱いてくれた。
「有喜ちゃんが泣いてるところ見るの、一週間ぶりだね」
「はい。……でも、あれとはきっと……真逆の意味の涙です」
先輩が付き合おうと言ってくれたときに流れた、自分を蔑み、卑下する痛みで生まれたものとは、真逆の涙。
「……有喜ちゃんにとっての幸せが、当たり前になるように……私、頑張るから」
「……はい、少しずつ慣れていきますね。それまで、こんな風に涙もろいのは許してください」
「うん。でも約束して、私の前以外で泣かないって。嬉しくっても悲しくても。そんなに綺麗な泣き顔みせられたら……誰だって有喜ちゃんの虜になっちゃうよ」
励ますためだろうか、精一杯に笑顔を浮かべ放たれたその慈愛に満ちた言葉で、心がじんわりと暖められていく。
「約束します。と言っても、嬉しくって泣くのはたぶん、先輩と一緒にいる時だけですよ」
「私も約束する。有喜ちゃんが悲しくて泣くことなんてないように……絶対に、どんなことからも守るよ」
染み込ませるようにゆっくりと、頭を撫で、背中を
少しだけ私の匂いがする彼女の胸に包まれていると、
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