日曜日・2

「そ、それでは……」

 しかーし、据え膳食わずはなんとやら。先輩と添い寝できるチャンスはふいにすることはできない。抑え込め、本能を。

「お邪魔、します」

 ちょっとだけね、ちょっとだけ先輩の体温と香りに舌鼓を打って、それから朝食作りをしよう。

「えへへ。うーきちゃん」

「先輩、その……心臓、うるさくてすみません……」

 今までも抱きしめてもらうことはたくさんあった。

 だけど流石に一つの布団の中で、これまでに無い力でこんな風に抱きしめられてしまうと、心臓が破壊されてしまうか脳が蒸発してしまうかで死んでしまうのが怖い……。

「ほんとだぁ。すごくドキドキしてるね」

 私の胸に耳を、つまりは頭を顔を押し付ける媛崎ひめさき先輩。私、今日死ぬのか?

「でもね有喜ちゃん、ほら、私も」

「っ!!!」

 それはもはや、懐かしさすら覚える所作。かつて住良木すめらぎ先輩がそうしたように、媛崎先輩は私の右手を自身のお胸様へと誘導させた。

 しかもそれを止める外的要因も精神的葛藤もない。

 ふにゅん、と。手のひらが柔らかさに沈んだ。電撃が体中を駆け抜ける。自分の生唾と鼻息の音を聞いて少し冷静になれたけれど、けれどもその手を離すことができない。何度も、何度も何度も堪能してしまう……!!

「んっ」

「ご、ごめんなさい!」

「ううん、いいの。離れないで?」

「はい……!」

 どうするのこれ、ここからどうすればいいの? だってこれもうその流れでしょ? ああでも待って私シャワー浴びないと。先輩はこのままでいいけど、先輩はこのままでいいんだけど!

「有喜ちゃん……」

「は、はい」

 なんだ、どんな要求をされてしまうんだ? なんでもしますよ。お望みのままに全てを。

「……私、幸せだなぁ」

「! それはもう、私も重々感じていますっ!」

 危ない……そうだ、先輩がビアンかどうかというのはまだ際どいラインだったのすっかり忘れてた。いやそりゃこんな状況になれば誰だってすっ飛ぶって。でももう大丈夫、完全に理性が勝ってくれてる。先輩の幸せを壊すな、ヘンレズ。

 取り急ぎいつまでも揉みしだき続けてしまいかねないお胸様から手を離し、背中に手を回す。これだって十分ドキドキするけどね!

「私ね、今まで『好き』ってなんなのか、全然わからなかったの」

「? はい」

 いまいち脈絡が掴めないのは、押し寄せる眠気と戦っているためだろうか。声音が少し気怠げだ。

「いろんな人が好きって言ってくれてもね、付き合おうって言ってくれてもね、楽しい未来が全然、パッと思い浮かばなくて」

 うぅ……わかっちゃいたけどやっぱり先輩、相当告白されてるんだな……。

 というかなんだこの独白。振られるの? 私今から振られるの? この幸せ絶頂の中で?

「でもね、有喜ちゃんにアドバイスもらいながら部活したり、朝練したりする時間はいっつも楽しくて、幸せだった。好きってこんな感じなのかなぁって想像できたの」

 ……ん? それってつまり……お付き合いをする前から私のことを、その、意識してくれていたっていうこと……?

「なんでこんな良い子なのに、みんな有喜ちゃんと仲良くなろうとしないのか不思議でね、部内の子に聞いてみたら……その、有喜ちゃんは女の子のことが……で大好きだから、あんまり近づかない方がいいって言われて――」

 うんうん。誰が言ったかわからないけど正論だ。私でもそう言ったに違いない。

「――ピンと来たの」

 先輩の視線が上がり、私の胸元から見上げてくる。眠たげなのに、光をたっぷりとふくんだ瞳がキラキラと輝いていて、なんだか涙が溢れそうにった。

「私は有喜ちゃんが好き。それで本当に有喜ちゃんが女の子を好きなら……お付き合いできるかもしれないって」

「……はい」

 先輩に私の情報を流したやつナイス! そしてザマァ! 貶めるつもりが背中を押しただなんて思ってもみないだろうなぁ!

「それでね、有喜ちゃんとお付き合いをして……わかったことがあるの」

 視線は再び戻り、先輩は私の胸に埋まるような形で会話を続ける。息、苦しくないかな。

「有喜ちゃんが、みんなにいじわるされてる本当の理由」

「えっ?」

 理由――本当の? だってそんなのは、私が女の子大好きな女子高生、という世間一般からみるとおかしな価値観を有しているからでは?

「有喜ちゃん、モテるんだよ」

「そんなことは「ううん、そうなの」

 また先輩のヨイショか、と思い否定しようとすると、抱きしめる腕に力が込められた。

「だって有喜ちゃん、私のことすごく想ってくれるでしょう? 私だけじゃなくて、住良木とか、岡島さんとか、部員のみんなのこととか。不和が生まれないようにたくさん頭を使って考えてくれてる。優しくて、真面目で、顔だって可愛くて、スタイルだってスラっとしてて綺麗で格好いい」

 ヨイショし過ぎだぞー? 褒められ慣れてないから簡単に嬉しくなっちゃうぞー?

「だからみんな、例えば好きな男子とか友達が有喜ちゃんにとられないように、少数派ってだけの部分を攻撃してるの」

 なる、ほど。なんか説得力のあることを言われているような気がするけど、先輩の囁くような声音と熱を帯びてる柔らかい体に意識がもっていかれてそれどころじゃない……!

「でもね、私も気持ちはわかるんだ。大好きな有喜ちゃんの前に、有喜ちゃんみたいな素敵な人がいたら心配になっちゃうもん。あはは、わけわかんないね」

 ゆっくりと、言葉を紡ぐペースが落ちていく。ああ、やばい。私の彼女のが可愛すぎる。

「有喜ちゃんがね、私を変えてくれたんだよ。恋なんて一ミリも知らなかった私に、初めて人を好きになるってことを、教えてくれたの」

「はい。……えと、光栄です」

 微睡みの中で言いたいことを全部言ってスッキリできたのか、先輩は寝息と共に脱力していった。

「私だって、先輩には変えられっぱなしですよ」

 先輩から優しい言葉をかけてもらうたび、頼ってもらうたび、褒められるたび、自分を卑下してはいけないと思えるんです。

 ああ、この時間も、空間も、とても幸せだけど、早くデートに行きたいな。

 口下手な私は、先輩みたいに言葉でこんな風に幸せにしてあげることができない。だから行動で。とにかく行動全てをもって先輩に愛を伝えたい。

 変えられて良かったって、思ってもらえるように。

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