第16話 不測の事態

「それじゃあ今日はこの辺で…

 いや~今日は色んなお話が聞けて楽しかったですよ、金雀枝(えにしだ)さん。」

「コチラこそ。広尾(ひろお)さんはホント

 話の幅が広くて、つい時間が経つの忘れちゃいますよ。また誘って下さい。」

「ええ!また今度是非!それじゃあ失礼いたします。」


焼き肉店の駐車場の前で

酒を飲んでいない飯島と加賀以外、ほどよく出来上がった男達3人が

これ以上ないほど上機嫌な様子で互いに手を振りながらその場で別れ

それぞれの車に戻って行こうとするが…


「!…オイ乾(いぬい)!お前どっち行く気だ!戻ってこい!」

「はぇ?あ…俺のしゃちょー…コッチだったわ…忘れてた…」


そんな中、完全に酔っ払ってて:千鳥足(ちどりあし)の乾だけは金雀枝達の方ではなく

何故か広尾の後に続いて広尾が呼んだタクシーに乗り込もうとしており

それに気がついた金雀枝が呆れながら乾に声をかける…


するとポォ~っとした乾が

普段なら絶対見せないようなフニャ~っとした照れ笑いを浮かべながらり返り

金雀枝達の方へと戻ろうとするが――


「あ…構いませんよ、金雀枝さん。

 乾さんはコチラの方で送り届けますんで…さ、乾さん隣りにどうぞ…」

「ぅえ…いいんでしゅかぁ~?広尾しゃちょ~…ならお言葉に甘えて…」


タクシーの後部座席に腰を下ろしかけていた広尾が

金雀枝達の方へと戻ろうとする乾の手をパシッと掴み、ソレを引きとめると

広尾が乾の手を掴んだまま席から立ち上り…


さりげなく乾の腰に手を回しながら

にこやかな笑みを浮かべた広尾が金雀枝達に向けてそう声をかけると

やはりポォ~っとしたままの乾を

広尾が優しく促すようにしてタクシーの後部座席に乗せていき

自分もその後に続いて後部座席に乗り込んでいく…


そんな二人の様子を見て、金雀枝は若干呆気に取られたが

特に断る理由も無く…


「あ…そうですか?ならソイツの事、頼みます。」

「任せて下さい。では…」


後部座席に乗り込んだ広尾が笑顔で金雀枝に向かってそう言うと

タクシーのドアは閉められ、窓越しに広尾が金雀枝達に向け軽く頭をさげると

広尾たちを乗せたタクシーは早々に駐車場を出て行く…


―――乾のヤツ…大分酔っ払ってたけど――大丈夫かな…


テールランプを輝かせながら駐車場を出て行くタクシーを見送りながら

金雀枝はふと、そんな事を思うが…


―――ま、ダイジョブじゃろ!広尾さんが一緒だし――

   きっと何とかしてくれるって!多分…きっと…めいびー…

   それより――


車のドアを開け、後部座席へと乗り込んだ金雀枝の表情に

スッと暗い影が射す…


―――“私の”問題をどうするか…だよなぁ~…


ハァ…っと金雀枝が大きな溜息を吐きだすと

それに合わせるかのように車は動きだし――

加賀の運転する車もその後に続いて駐車場を後にした…




※※※※※※※※




閑静な住宅街から少し離れた高台にある一軒の豪邸の玄関手前に

飯島の運転する車が静かに停まり、その後ろに加賀の運転する車も停まる…


そして金雀枝が車から降りる際、飯島に向けて声をかけ…


「今日もご苦労様。また明日も頼むよ。」

「はい…あ、今日は焼き肉ご馳走様でした社長。では失礼いたします。」

「ああ…気をつけてな。」

「はい。」


二人はそれだけ言葉を交わすと

飯島の運転する車は豪邸前のアプローチをゆっくりと徐行しながら

豪邸を後にするが――


「――で。なんでキミはまだ此処にいんの?」


金雀枝がジットリとした眼差しで、シレッと自分の隣に立つ加賀を見つめ――


「…貴方が家の中に入るのを確認するまでが俺の仕事なんで。」


―――そんな…『家に帰るまでが遠足です。』みたいな事を真顔で言うな。

   ちょっと笑っちゃうだろ…


そう内心加賀にツッコミを入れながら、金雀枝が玄関のドアの鍵を開けようと

指静脈認証タイプのシリンダーに金雀枝が親指を添え

カチッと鍵を開けた次の瞬間――


――グルルルル…


「ッ!金雀枝さんっ!」

「ッ!?」


――ガァッ!!!


金雀枝の隣に立っていた加賀が異変に気がつき…

金雀枝に向かって飛び掛かってきた“黒い何か”から

加賀が咄嗟に金雀枝を庇(かば)うようにして金雀枝の背後で腕を大きく広げ

身を挺(てい)して飛び掛かってきたその“黒い何か”から金雀枝を護(まも)る…


――ザシッ、


「――ッ…、大丈夫ですかっ?金雀枝さん…っ、」

「ッあ?ああ…大丈夫だ…」


加賀は飛び掛かってきた“黒い何か”から目を離す事無く

背後にいる金雀枝に無事かを尋ね


金雀枝も加賀の背後から自分に飛び掛かってきた“黒い何か”を視界に捕らえながら

小さく頷(うなず)く


「――しかし…、ッ、何だアレは――黒い…犬…?」


加賀が“黒い何か”を険しい表情で睨(にら)みつけながら呟(つぶや)く…


見ると人の腰当りまでありそうな黒い大きなその何かは

未だ低い:唸(うな)り声をあげ、紅く輝く瞳で金雀枝の事を見つめており――


―――ッ、違う…アレは――狼…っ!しかもあの紅い瞳は――


金雀枝が黒い狼を凝視する…

すると何処からともなく口笛のような…

恐らく人間の耳では判別できない程の高い微かな音が風に乗って金雀枝の耳に届き

それと同時に黒い狼は急に金雀枝達に向かって唸るのを止め

低く下げていた頭を上げながら耳を欹(そばだ)てる様にしてピンッと立てると

不意に金雀枝達からその身を翻(ひるがえ)し

豪邸を囲む2メートル以上ある鉄製の柵軽々と飛び越え

夜の闇の中へと消えていく…


「ッ、何なんだアイツは…、一体何処から、くッ、ぅ…」

「ッ!加賀君っ?!」


左の二の腕部分を押えながら突然ヨロめいた加賀に焦り

金雀枝が咄嗟にヨロけた加賀の身体を抱きとめ、支える…


すると加賀が押えている二の腕部分から血がジワリと滲(にじ)み出ており――


「――――ッ!?」


―――なんだ…ッ?この血の匂いは…っ、


今まで嗅いだ事の無い様な甘い血の香りが金雀枝の鼻腔(びこう)を擽(くすぐ)り…


金雀枝は咄嗟に加賀の身体を支えていないもう片方の手で口と鼻を塞ぐ


―――こんな強烈な血の香り…今まで嗅いだ事なんて…ッ、


加賀から漂う甘い血の香りに金雀枝の鼓動は激しく脈打ち、呼吸は乱れ…

金雀枝の思考は加賀から漂う甘い血の香りより掻き乱され、混濁(こんだく)していく…


そんな金雀枝の様子に、加賀が腕の痛みを堪(こら)えながら

心配そうに声をかける


「…ッ、金雀枝さん…大丈夫ですか…?」

「ッ!とっ…とりあえず急いで家の中へ…

 またさっきのヤツがキミの血の匂いに誘われて戻って来るかもしれないし

 それにまずはキミのその傷の手当をしないと…入りなさい。」


そういうと金雀枝は加賀を支えながら微かに震える手で玄関のドアを開け

加賀から漂う甘い血の香りに必死に抗(あらが)いながら

金雀枝は加賀を家の中へと招き入れた…

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