第10話 狼の群れ。

加賀は金雀枝(えにしだ)の後に続き

駐車場から少し離れた一軒の建物の前まで来る…


そこにはそこがBARだという事を示す様な看板などは一切無く

言われなかったらそこがBRAだとは誰も気づく事は無いであろう

赤茶のレンガ造りのその建物には青々とした蔦(つた)が壁の至ところを覆い

ちょっと怪し気な雰囲気を醸(かも)し出している…


そんな建物に、金雀枝は迷う事無く

鉄製のちょっと怪し気な模様が刻まれた黒いドアを引いて中へと入り

加賀も若干気後れしながらも金雀枝の後に続いて中へ――


すると店内は全体的に暗く、紫色の照明で照らされており

ムーディーというよりかはもはや怪し気な雰囲気しか無く…

加賀そんな店内の雰囲気に微かに眉を顰(ひそ)める…


そんな店の奥の方から女性にしては野太く低く…

そして男性にしては高く妙に艶(つや)のある声が店内に響き――


「あらぁ~紫(ゆかり)ちゃん!いらっしゃあ~い!

 丁度今日来る頃だと思って――

 ッ!?」

「…久しぶり、マスター…、とりあえず“特注カクテル”を頼めるかな?

 あと後ろの彼にはジン・トニックでも――」

「ちょっとちょっと紫ちゃんっ!」

「?」


マスター?とおもしき少し化粧が濃いが綺麗な顔立ちの女性?が

やはり女性にしては肩幅の広いがっしりとした身体に

赤い艶(あで)やかなドレスを身に纏(まと)い

正面のカウンターからしきりに手を振り金雀枝を呼ぶ素振(そぶ)りを見せ

金雀枝が首を傾げ、怪訝(けげん)な顔をしながらマスターに近づくと


マスターとおもしき女性?が顔を赤らめ

ハイテンションで金雀枝の少し後ろで立っている加賀を見つめながら

近づいて来た金雀枝に顔を近づけ、ヒソヒソと声を顰(ひそ)めながら尋ねた


「ちょっと紫ちゃん!後ろのイケメン誰っ?!チョー好みなんですけどっ?!

 てか“人間”連れてくるなんて、駐車場で待たせてる運転手以外初めてじゃない?

 どーしちゃったの?何があったの??」


マスターとおもしき女性?は矢継ぎ早に小声で金雀枝に疑問を投げつけ

金雀枝がうんざりといった表情をしながらマスターに口を開く


「あー…その事についても後で説明するから…

 とりあえず先程の注文聞いてもらえる?…加賀君。」

「はい。」


自分の少し後ろで立って待機していた加賀の方を軽く振り返りながら

金雀枝がボックス席の方を指さす


「キミはそこのボックス席で座って居てもらえるかな?

 会社内でも言ったけど、マスターと話があるんで…」

「…分かりました。」


そう言うと加賀はカウンター席から少し離れたボックス席へと座り

金雀枝もカウンター席に腰を下ろす…

するとマスターが我慢しきれないといった感じに再び金雀枝に話しかけ


「ねぇ紫ちゃん彼――」

「…マスター…」

「ッ!」


金色に揺れる金雀枝の瞳がマスターを見つめる


「“特注カクテル”…早く…、喉…凄く乾いてるんだ…」


金雀枝のその瞳と言葉にマスターは無言で店の奥に姿を消すと

暫くしてグラスを二つ手に持って現れ


「…はい、特注カクテル。

 “今日採(と)れたて”のヤツを使ってるからとても新鮮よ。

 ちょっと待ってて、彼にジン・トニック届けてくるから…」


マスターは金雀枝に鮮(あざ)やかな紅(あか)で満たされたグラスを差し出すと

もう一つのグラスを持って加賀の元へと向かい

金雀枝はマスターが戻って来るのを待つ事無く

その紅で満たされグラスを一気に煽る…


「はっ…ぁ…」


紅を飲み干した金雀枝の口からは思わず甘い吐息が漏れ

その表情からは:恍惚(こうこつ)とした色が浮かぶ…


「やだ!もう飲んじゃったのっ?!」


カウンターに戻ってきたマスターが空になった金雀枝のグラスを見て

思わず声を上げる


「ん…もう一杯。」

「…ったく…紫ちゃん、家に“ご飯のパック”は――」

「…あるよ。」

「じゃあ何でそんな飢えてんのよ…」

「…最近…忙しくて…」

「…それだけじゃないでしょ?」

「…」


マスターは黙って俯いてしまった金雀枝の手からグラスを抜きとり

再び店の奥に行くと、その手に先程と同じ紅(あか)で満たされたグラスを持って現れ

金雀枝の前にそっと置く


「…兎に角“ご飯”はちゃんと摂(と)らないと…

 最近は“彼の眷属(けんぞく)”が増えてきてるっていうし…

 今日だって貴方…彼の眷属とやりあったんでしょ?」

「…流石…耳が早いね。」

「“魔女”ですから。」


マスターは得意げな笑みを浮かべながらクリームチーズに生ハムを巻いた

おつまみを金雀枝の前に置く


「…まさかコレも――“今日採れたての新鮮なヤツ”とか言わないよな?」

「まさか!採れたてなのは今日カクテルに使う分の“液体”のみよ。

 “身”は使ってないわ。」

「その身は――」

「ちゃんと“生きて家に帰した”から心配しないで!

 もう…私を何だと思って…」

「おっかない魔女。」

「…紫ちゃん…?」

「あはは…冗談だって。」

「…もう…」


マスターは呆れながらグラスを拭き始め

金雀枝は先ほどとは違い、紅で満たされたグラスをゆっくりと傾けながら

おつまみを一口つまむ


「ところで――」


グラスを拭いていたマスターが急にその手を止め

何時になく真剣な面持ちで金雀枝の方を見つめる


「コレは余りにもショッキングな内容で報道規制が布(し)かれちゃってて

 公(おおやけ)にはされていないのだけど――

 実は一昨日(いっさくじつ)の晩…

 一人の若い女性が複数の“獣”に食い荒らされ…

 バラバラに引き裂かれた状態で見つかったそうよ…」

「…ッ!?」


その言葉を聞き、カクテルを飲もうとしていた金雀枝の手が止まる


「…気をつけなさい“アラステア”…






 “狼の群れ”が遂に…日本に上陸したかもしれないわ…」

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