第24話

 最後の対決は、こちらはミンク。では向こうは……。当たり前のようにアウレールが出てきた。


 そりゃそうか。ここまで出てきてなかったからな。




「さて、これでこの交流会も最後の対決です。お互い、全力で学んでくださいね」




 ダニエル先生がそう言って笑う。


 考えてみたら、対決みたいになっちゃったけど、“交流会”だったんだよな。これ。


 まぁでも普通にお互いの学校で何を学んでいるかを話し合うみたいなのよりも、こういう方がお互いのことをよく知ることができたと思うから、いいかな。




「ぼ、ぼくアウレール様と戦うの……?」




 前に出てきたアウレールを見て、いきなりミンクは弱気になっている。




「アウレールでいい。ここでは、お互い単なる学生同士だ。他のみんなと一緒だよ。君の全力を見せてほしい。僕も全力で……とはいってもやるのは僕たち自身ではないか」




 そういってミンクに笑顔を向ける。




「ミンク。大丈夫だよ。お前の実力は俺が一番わかってる。必ず、お前はやれる。お前の召喚術は強い。頑張ってこい」




 俺には励ましの言葉をかけるぐらいしかやることがない。これで、勝てたらミンクももう少し自信がつくと思うんだけどな……。




「う、うん。頑張るよ」




 そう言って、ミンクは召喚用の陣を書き始める。


 召喚術は魔法陣を書いて行うわけだけど、その魔法陣の書き方でも微妙に召喚される魔物の実力が違ってくるみたい。ミンクは、毎日少し変えながら召喚を試して、自分の能力にあった陣を既にある程度見つけていた。


 今回もいつも通り書けてるみたい。




 アウレールの方は……。ん?魔法陣を準備してないな。




「あぁ。そちらは召喚術か」




 そう言ってアウレールは指笛を吹く。その音を聞いて駆け寄ってくるのは、一頭の馬の魔獣だ。




「これは僕の従魔、ダークホースの黒雲だ。今日は彼に闘ってもらうからよろしく」




 アウレールは従魔術の使い手らしい。俺たちが驚いた顔をしているとキャロリーゼ先生が申し訳なさそうにアウレールに言う。




「教育が行き届いていなくて申し訳ありません。カレンベルク家は従魔術を主に扱っている家系であることは既に教えたつもりになっていました……」




「構いませんよキャロリーゼ先生。領主がどういった魔法を使っていたところで、領民には関係ないでしょうし」




 アウレールは笑ってくれてるけど、確かに失礼だったかもしれない。そういう貴族の状況も少しは頭に入れておかないとな……。今後、関わりが出てくる貴族がカレンベルクの人たちみたいに寛大だとは限らないし。




「そろそろ始めますよ?準備はよろしいですか?」




 ダニエル先生がミンクとアウレールにそう尋ねる。尋ねられた2人は力強くうなずいた。




 召喚術と従魔術の対戦は、直接対決だ。


 本人たちが闘うわけじゃなく、魔物同士の戦いとなることから、怪我をする心配もないため、こういった対戦形式になった。


 ただ、今回は、それぞれの魔術の特徴がはっきり分かれた対決になるかもしれない。


 召喚術は、使用者の魔力量がかなり重要だ。今回の対戦は3分と決められているから、その時間に合わせた強さの魔物をしっかり召喚しなくてはならない。


 その点、従魔術はそういった選択の必要はない。既に鍛え上げている従魔を使えばいいわけだ。ただ、従魔術は普段からの交流が大切。こちらが命じる動きをしっかりやってくれるかは、その場で操縦するのに使う魔力量と普段の世話が重要らしい。


 アウレールがしっかりと従魔の世話をしてきたか。普段から意思疎通が取れるようにしてきているかが勝負を分ける。




「さて、始め!」




 ダニエル先生の声とともに、お互いの魔物が飛び出した。




 ミンクが召喚しているのはいつものゴーレムだ。俺もよく見慣れている。


 さすがなのはその素早さ。俺のゴーレム相手だから素早く見えているのかと思ったけれど、全然違った。


 今回は馬が相手なのに、少しも引けを取っている様子が見えない。


 対する黒雲。こちらも馬の魔獣だけあって攻撃に速さはある。戦い方が気になっていたけど、体当たりだけじゃなくて脚をうまく使って攻撃を仕掛けている。


 だけど、素早さは完全に互角のように見える。お互いの攻撃はなかなか綺麗に当たらない。


 開始から数十秒が経ったけれど、完全に状況は膠着している。


 そんな中、先に仕掛けたのは黒雲の方だった。


 アウレールが指笛を短く吹くと、ゴーレムから少し距離をとる。ミンクのゴーレムは突然消えた標的に対して少し動きが止まる。


 そのまま、黒雲は一気に体を突っ込ませる。見事にゴーレムには黒雲の攻撃があたる。


 勢いもあったし、かなりダメージ食らったんじゃないかな……。




 しかし、そんなことはなかった。いや、むしろ逆なのかもしれない。


 攻撃が当たったゴーレムは体が少し砕けている。しかし、その体の状態で黒雲を抱え込んでいるのが分かる。


 黒雲がその抱え込みから逃げ出そうとするが、うまく動けないでいるように見える。




「くっ。どういうことだ?」




 アウレールのうめくような声が耳に届く。


 黒雲が動けないことが不思議みたいだ。


 ただ、よく観察してみるとその理由が分かった。ミンクのゴーレムの体が少し溶けて地面と一体化しているように見える。更に、その腕と体は黒雲に絡みつき離さないようになっている。


 ……こんな戦い方があったのか。




 ゴーレムは土でできた魔物だ。そこに、ミンクは自分で水魔法を少し使うことで泥に変えているんだろう。そうして泥状になったゴーレムが、自分の体を敵に絡ませることで、力がダイレクトに伝わるように変えているように見える。


 そこから、なんとゴーレムは黒雲の背中に乗った!ミンクのゴーレムは鎧や兜も身につけているため、まるで騎士のように見える。


 当然、それを振り落とそうと黒雲は暴れるが、それほど影響はなさそう。黒雲の足が、ゴーレムの泥状になった足と絡んでうまく動かせないようだ。




 その状態のまま、ゴーレムは思い切り黒雲の頭に攻撃を叩き込む。


 さすがに一度だけでは黒雲も倒れる様子を見せない。しかし、何度も何度もぶつけられる攻撃に屈するようにしばらくすると膝をついた。




「それまで!」




 ダニエル先生の声が響く。ちょうど時間切れだったらしい。




 その声と共にゴーレムの姿は完全に消滅する。残っているのは傷ついた黒雲だけ。




「黒雲!」


 アウレールが慌てるように自分の愛馬に駆け寄る。


 頭をなでながら、回復魔法を使える先生を呼んでいる。魔獣にも回復魔法って効くのかな?




 それにしても、あのミンクの戦い方はすごかったな。




「ミンク!よくやったな!」




「う、うん。ヴォルクス君。ありがとう」




 少し照れながらミンクはそう言う。




「今の戦い方初めて見たけど、すごかったな。まさか、ゴーレムの体が泥状になるなんて思ってもみなかったよ」




 俺は興奮気味にそう伝える。




「う、うん。だけど、今のができるようになったのはヴォルクス君のおかげだよ」




「俺のおかげ……?」




 そういうことだろうか。俺が何かアドバイスをしたことあったけな?




「うん。僕はいつも、あの複合魔法の練習をしているじゃない。僕自身はまだ全然使えないけどね、それで思ったんだ。元々、体が土魔法のような状態になってるゴーレムに僕が別の属性の魔法を使ったら、似たような状態が作れるんじゃないかって」




 そう言ってミンクは俺に微笑みかける。


 俺は自分一人でそういう魔法が使えるけれど、ミンクはうまくそれを召喚術とミックスさせたってことか。


 実際、召喚術を使いながら他の魔法を使うっていうことはそれほど難しくはない。


 俺だけじゃなくて、ミンクも今できていたし、ばあちゃんも普段普通にやってる。


 たぶん、魔法陣の力を借りて魔法を使っているのが召喚術だから、自分の力で魔法を使うよりも楽なんだと思う。


 それこそ、最初に実験したときに思った、魔法を使わされている感覚。これが重要なんだろう。




 ん?ってことは、もしかして……?俺は少しひらめいたことがあったけれど、その実験を今やるわけにはいかない。帰ったら確認だな……、そう思いながら、ミンクとの会話に戻る。




「なるほど!けど、その発想はなかったなぁ」




「ヴォルクス君は自分一人でできちゃうからね。ヴォルクス君ほどの実力がない僕みたいなのは、工夫してなんとか実現するしかないから、いろいろ考えるんだよ」




「いやいや。魔力量に物を言わせて何かをするより、自分の工夫でできるようにする発想力の方が重要だと俺は思うよ。ミンクは自分のやったことにもっと自信を持った方がいいって。なんて言ったって、領都の学院の生徒……しかも領主様の嫡子に勝ったんだから!」




 俺がそう言うと、今更ながら、その事実に気が付いたのか、ミンクが顔を青ざめさせる。




「あ……考えてみたら僕、アウレール様の従魔を傷つけてしまった……あ、あ、だ、大丈夫かな……。なにか犯罪とかじゃないよね……」




 さっきまでの様子が嘘みたいに震えあがっているミンク。その様子に気づいたのか、黒雲を先生に任せてアウレールが近づいてくる。




「今回のは僕も望んだ試合で起こった出来事だ。そんな、犯罪になんかなったりしないよ。というより、君みたいな優秀な召喚術師を捕らえたなんてことになったら、領の損失じゃないか」




 そう言ってアウレールは笑う。




「しかし、君のことは怒らないといけないな」




「え……?」




「僕のことはアウレールでいいと言っただろう?次にアウレール様と呼んだら、捕まえることになるかもしれないからそのつもりで」




「え……え?」




「君の実力は本当に素晴らしかった。今後もお互い、術の研究や訓練に励んでいこう」




 そう言ってアウレールは手を差し出す。ミンクはその手を嬉しそうに取って、笑顔になった。




「ありがとうございます。アウレールさ……アウレール君!」

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