認知症高齢者スタッフの恋の行方

遠藤良二

第一章 スタッフの現実と利用者の現実

第1話 認知症老人のグループホームのスタッフと利用者の現実

 僕は、認知症老人が住む老人ホームでヘルパーとして働いている。専門学校にも通って、介護福祉士の資格は持っている。勤続年数は約三年。


 大変なのは、帰りたいと帰宅願望の強い老人をなだめたり、入浴介助も濡れるのが嫌で叫んだり暴れたりすること。


 家に送って欲しいと言ってくる老人に限って、帰る家がなかったりするから切ない。でも、その老人には娘さんがいて、もう少ししたら娘さん来るよ、と言うとにっこりとして穏やかになる。でも、なかなか来ないと不穏な気持ちになるのか再び近づいてきて、「娘いつになったらくるんだ! おにいちゃん、嘘つくな!」と、怒られる場合もある。挙句の果てには、娘がいつ来るのか電話してくれ、と言う有様。でも、そこはスタッフも機転を利かせてスタッフルームにある電話のところに行き、電話をした振りをしてその老人に伝える。もう少しだって、と。でも、娘さんが来ない時ははっきりと嘘をつかず、「今日は用事があって来れないって言ってたよ」と伝える。すると、「そうなのか」と素直に納得する。これは、帰宅願望がある時の対処法。


 でも、入浴介助の場合は違う。濡れるのが嫌な老人、逆にお風呂が好きな老人もいる。でも、そういう人に限って心臓が悪くて長湯できないという悲しい現実がある。

   

                 *


 老人ホームにも若いスタッフがいる。男性も女性も。そこで知り合って交際、又は結婚したスタッフもいる。僕は今、二十三歳だから三十歳くらいまでには彼女を作って結婚したいと思っている。それがここの施設のスタッフなのか、全く別なところで出逢う人なのかはわからないけれど。


 僕は今まで四人の女性と交際してきた。一人目は中学二年生の時。相手の子は同級生で、普段から接していた。ある時、放課後に二人で喋っていてふと、会話が途切れた。その時、話したいことがあるの、と言われ告白され付き合って欲しいと言われた。僕も嫌いではないし、むしろ好きな方だったから即 OK した。僕らは別々の高校に進学することになっていた。別れたくはなかったけど未成年だという理由で別れた。地域の違う学校だし。今でも写真は取ってある。大好きな彼女だったから。


 二人目は、高校一年生の頃。バスで通学している内に顔見知りになり、話すようになった。最初に話し掛けたのは僕からで、お互い読書が好きでそこで意気投合したのがきっかけ。そこから自分達の長所や好きなところを言い合って笑っていた。とても楽しいひと時だと思い、僕の方から告白した。交際も含めて。すると、嬉しいことに「いいよ、よろしくね!」と言ってくれた。この時にファーストキスをした。柔らかい唇だなぁ、と思った。これも、高校を卒業したら別々の進路に進むので別れた。別れたくはなかったが、連絡先だけは交換し、別れた。この子とは今でも連絡は取り合ってある。


 三人目は専門学校時代に付き合った。この子は浮気されたのでこっちから振った。

 中学生の頃から交際する女子の外見には一貫してとらわれなかった。性格を重視していた。


                 *


 ここのグループホームは、入社してから資格を取ってもいいシステムだ。例えば、初任者研修など。昔でいうヘルパー二級だ。五年の実務経験があればケアマネージャーの受験資格が与えられる。


 今日も仕事で朝の申し送りをしている。日勤のスタッフ三名と夜勤のスタッフで。出勤時間は九時からで、来たらすぐに申し送りをする。やってる最中、笑顔で利用者のおばあちゃんがゆっくりと歩いてやってきた。

「こんばんは」

 そう挨拶されて僕ら四人は顔を見合わせ、クスクス笑った。そして、スタッフの相田友香あいだゆうかが城田さんというおばあちゃんに話しかけた。

「城田さん今は朝だから、おはようございます、だよ」

 と、優しく言った。

「あ、そうかい。今、朝かい。ホントだ朝だ。外が明るい」

 言いながら皆で笑っている。

 

 相田友香さんは、勤続一年目の新米スタッフだ。今は毎週日曜日に介護の勉強をしに行っている。外見は黒髪でポニーテールにしていることが多い。細身で赤いフレームの眼鏡をしている。


 僕がこの一年彼女と接してきて思ったことは、相田さんは優しく、真面目で嘘は嫌いだと感じている。


 たまに、スタッフ間でカラオケに行くが、相田さん本人が言うだけあって歌は上手い。90点台を次から次へと出してくる。お酒もなかなかいける口のようで、ビールジョッキを三杯くらい飲んでいた。でも、煙草は吸わなかった。


 聞いた話しによると、未婚で子どももいないらしい。でも、彼氏はいるようだ。彼女は確か二十五歳で年下の彼氏だと言っていた。


 たまにスタッフルームにも虫が出る。その時、相田さんは絶叫した。何だ!と言うと、ワラジムシが二匹歩いていた。すると、主任の柴田雅士しばたまさしさんが、

「それくらいで大きな声上げるなよ、びっくりするじゃないか!」

 と、彼女を叱りつけたことがある。


 それと以前、車の免許を持っていない相田さんに、雨が酷いので送ってあげようか? と、言ったら「いいですか? 彼氏も仕事中で帰りどうしようか困っていたんです」と、言うのでてっきり親と同居してるのかと思いきや一人暮らしをしていた。ちなみに、実家は本州に住んでいるというので驚いた。「本州にもデイケアあるしょ? どうして、わざわざ北海道に来て働こうと思ったの?」と訊くと、馬が好きなんです、と答えた。なるほど! と思った。


 


 柴田主任は三十九歳で既婚者だ。中肉中背で顔に吹き出ものがたくさんある。若い割には白髪混じりの短髪だ。短気だが、情熱的で優しい。仕事が終わりスタッフルームで心理学の話しをされる時がある。きっと、そういった分野の読書を家でしているのだろう。


 グループホームの中で利用者同士のいざこざを見付けたら即座に注意する。きっと、いざこざが嫌いなのかもしれない。


 たまに、電話が柴田主任のスマホにかかってくる。一体誰からだろう? 思い訊いてみると奥さんかららしい。小学生の娘さんや息子さんが熱を出したという話しのようだ。


 毎月一回は休みを取って通院しているという。どこか悪いのかな? と心配になったので訊いてみると、何と糖尿病だという。驚きだ。その若さで。


 以前、スタッフ同士で飲みに行った時、チューハイは毎晩飲んでいると言っていた。でも、煙草は数年前に止めたようだ。


 ここのグループホームにはスタッフが全員で十五人いる。利用者は一ユニット、九人いて、二ユニットあるので全員で十八人いる。どうやら入居を待っている老人達は多数いるらしい。


 


 


 

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