第8話 恋する気持ちに蓋をした。

気になる女性がいる。

前から気になってはいた。

とても綺麗な方だ。

その方は整形外科のリハビリルームで働いている。シフトで働いているから自分が金曜日の会社帰りの最終の時間帯に、その人が男性リハビリの当番に回ってこない限り会えない。

しかし、その人は金曜日の最終の時間帯によくいることを俺は知っている。だから、その時間に行く。まぁ、休日に入る前に背中を張りをとりたくて行くのだが。

そして、2022年1月、最終週の金曜日、彼女は居た。

彼女といっても、年は四十代前半か中盤かもしれない。俺と同い年とは思えないが女性の年齢はわからない。顔が小さく瞳がキラキラしていて、見て、「美人!」と思わず言ってしまうほどの人だ。若い頃はモテモテだったのは容易に想像が付く美人さんだ。その方がリハビリに来ていた常連さんと会話していた。年甲斐もなく思わず耳をダンボにして聞いた。いや、恋する心に年齢はない。でも、その会話で兄がいることが分かった。こんな美人な妹がいるのなら兄も相当イケメンだろう。まさに人生の王道を歩いているだろう。彼女の兄なら年齢は俺とさほど変わらないのでは。そう思ったとき、俺みたいに町工場で手取り二十万の男を相手にしてくれるだろうか?

と不安が過る。

「もっと端っこ歩きなさいよ!」と言われても致し方ない男、それが俺だ。

そんな俺が彼女に恋心を抱くのは恐れ多いのではないだろうか?

五十代にもなって手取り20万なんて、若ければ勢いもあるし、若さもあるし、前途洋々な未来もあるから、お金がなくとも恋は出来る。お金と恋は符合しない。しかし、五十代にもなるとそうはいかない。

前途はない。

シナリオライターの夢を抱き、三十五年間も挑んだが、夢の扉は開かずの扉で終わった。そして、今、小説に方向転換するも自分の語彙力のなさ、ディティールの粗さはよくわかる。弱点ばかりが見えてくる。

そう、二十歳のように恋心を抱くことは出来ても、二十歳のように行動することは出来ない。やはり五十代には五十代の金銭面というツラがある。

彼女とのひと時は、会社で辟易する老害を相手に劣化した心を癒してくれる。

仕事で疲れた背中を、張りだらけの背中を、医療用電磁波で直しに行ってるのに、彼女とほんと数分の会話で心もリハビリされる。心が彼女の癒しという施術を受ける。

ドラマを作り続けた人生だったが、ドラマは作るが、世の中には二つの扉がある。

開かずの扉と、明けることが出来る扉。

ドラマはまさに開かずの扉だった。挑んでも挑んでも跳ね返された。

しかし、今年は第二種電気工事士という資格を取ることにした。

なぜそれをとることにしたかというと、テレビ局の男性人気アナウンサーがテレビ局を退職して自分の進みたい道に進むというニュースが報道された。

テレビ局というメディアを目指す人なら誰でも入りたい、なれるものなら彼のようになりたい、そう思う人が多い中、その男性人気アナウンサーはテレビ局を退職する。新しいことへ挑むということは素晴らしい。一か所に留まるとは必ずしもすべてそう解釈されるわけではないが、停滞とはマンネリであり、それは一か所に留まるからそうなる。

彼の心中はわからぬが、私はそれを嫌って、新しい扉を開けに行ったと思った。

そう思うと、シナリオから小説にというただ媒体、表現手段を変えただけでは新しい扉を開きにいったことにはならない。

新しい扉を開くには、まず今いる会社も終わりにする。しかし、手に職もこれといった世渡りできる実務もない。そこで五十代でも食っていける資格を調べたら、第二種電気工事士が出た。資格の中では合格率が高い。その他にも宅建とかマンション管理とか出たが、まずは新しい扉を開くため、今の会社を終わらせ、転職するために第二種電気工事士の免許取得を今年、2022年挑もうと思う。

それを考えたら、新しい扉が次々と見えた。第二種をとって転職し実務経験を積んで第一種をとろう。そして、第一種をとったら、海外でも電気工事士の免許を目指そう。

私は常々、どこにいっても生きていける。そんな手に職を持っている人は凄いと思っていた。千円理髪店の理髪師もハサミさえあればどこでもできる。そのバイタリティと生きていけるという力強さに憧憬の想いを抱いてしまう。

電気工事士もこれからの時代、化石燃料ではなく電気の時代、いや、エジソンがフィラメントを作り電球を作って以来、電気の時代だが、今や車さえも家電製品になるかもしれない。ガソリンスタンドも石油ではなく電気になるやもしれん。

そう考えると新しい扉を開くと次から次へと新しい扉が見えた。それが妄想でも妄想が思いうか程、刺激を受けた。

そして、転職し手取り二十万から抜け出せたら、リハビリ助手の彼女を誘うことも出来るのではないか?

新しい扉を開くと全てが良い方向に循環していくように思えてならない。

ちなみに、見るからに美人の彼女は会話好きで俺も会話好きだけに会っていると勝手に思っている。

あっていないのは身なりと金銭面。

幸せとお金は必ずしも符合するとは思わないが、好きな人には苦労はかけたくない。

ただ毎日笑顔で暮せるなら、笑顔ある生活をしていてお金が最小限でいい、そんな風になればベスト。

しかし、それはあくまでも俺個人の考え、エゴである。

とにもかくにも、まずは第二種電気工事士の免許を取る。

全てはそこから。

それまでは、恋する気持ちに蓋をしよう。






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