電気仕掛けの浪漫主義者達

鬼澤 ハルカ

第1話 記憶の断片

少年はいつも俯きながら引き戸を開けて教室に入る。しかし、それを気にするものはなく、目をくれる者すらいない。誰も彼もが好きなようにバカ騒ぎしながらホームルームまでの余暇を過ごしている。


「やべー、漢字ドリルも書き取りやってねー」

「昨日のクイズショッカー見た?」

「今日よっちゃんの家で遊べる?」

「お前いつになったらゲーム返すんだよー」



こんな中身の無い話ばっかり。まるで少年の事なんていない者扱いのようだ。

少年にはそれで十分だった。いまさら馴れ馴れしく「おはよう」とか「昨日あの番組見た?」とか言われても鬱陶しいだけだ。

少年は教室の一番後ろ、窓際の自分の席にランドセルを下ろすと、いつも通りに頬杖を突いて過ごすのだ。座るために椅子を引く。それによって脚が床と擦れて情けない悲鳴を上げる。その音がヤケに大きかったのか、クラスの連中は一瞬だけ静まり、こちらに視線を向ける。それは決して好意的なものではなく、侮蔑、嫌悪感、または憎悪etc…。

それからまた一瞬の後、彼らは何も見なかったかのように元の談笑に戻る。


この席は机の列からはみ出るような形で一つ余っている。クラスの人数は31人で2列5ブロック、そして少年の座る1席。

そこはいつも寒々しい空白と言う一種の圧力にさらされており、児童たちの間では「外れ席」として忌避されている。

席替えの度にそのハズレを引いてしまった者は同情と嘲笑の波に晒され、次の席替えまで雌伏の時を過ごされなばならなかった。

今、少年はその「忌み席」に座っている。この座席が嫌だなと思った事もここに当たって残念だと思った事もない。むしろ煩わしいクラスメイトの喧騒から少しでも遠ざかる事が出来てちょうどいいくらいだった。

そんな少年の満足をクラスメイト達は訝しみ、不気味にすら思い、様々な事を言う。

「あそこがいいとか変な奴」

「あたまおかしいんじゃねえの?」

その程度の揶揄ならまだいい方で、酷い時にはもっと不審の眼差し、異分子を排したがる集団特有の生理的嫌悪感を露骨に向けてくるのだ。

「キモい」、「変な奴」、「怖い」

二言目にはだいたいこの手の単語が入る。

少年はいつも、そんな悪意の雨を窓の外の景色に向かって受け流していた。


自分がいつもどんな目で見られているかは知っているし、クラスメイト達が陰でどんな事を言っているかは8割方承知している。

何人かの教師(それもいかにも前時代的で頭の固いオヤジか、またはヒステリースレスレの頭がお花畑なババア)にも「もっと周りと打ち解ける努力をしなさい」とか「どうして周りに合わせられないの」小言をよく言われた。

かと言ってそれが少年自身の人格改善のモチベーションを上げることは決してない。

別に学校の風紀を乱したり学校生活に悪影響を及ぼすような行為をしている訳でもないのに、理不尽な圧力に屈して周りの単細胞どもに迎合するなど、彼の幼稚とも取れる自尊心が許さなかった。


クラスメイト達も恐らく、少年から発せられる無言の排他のオーラを本能的に感じ取っているのだろう。そうなればこの教室の構図も自ずと定まってくる。


少年1:その他大勢30。

弱いものの群れと、さらに弱いものの個人。

よく出来た仕組みだ。頭の弱い子供の群れにでも、簡単に作り出せてしまう程によく出来た、残酷で醜い構図。


ここに自由はない。

ここに自分の居場所はない。


少年は、檻の中の囚人が窒息しそうな空気から逃れるかのように窓の外をいつまでも見続けていた。





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