第3話 初テイムの作戦会議2
「チェシーレ様、お久しぶりです」
「――ロイか」
ロイが声をかけると鏡の向こう側で応答する声がする。瑠璃色の髪がリズミカルに揺れる。馬に騎乗しているところだったようだ。
マリウス・チェシーレはアリスの2つ年上の幼馴染である。いつも微笑みを浮かべているが、その実悪戯好きであることをアリスは身をもって知っていた。何度落とし穴に落とされたことか。その度に父母や周りに訴え、荒れたが、彼の立ち回りがうまいせいで、いつも窘められるのは自分のほうだった。少し苦手だ。
ロイはマリウスにいじめられたことがないので、特に臆することなく「実はお願いがございまして」と言う。アリスは侍従の後ろに隠れながら、どんな返事が返ってくることかとハラハラしていた。
マリウスは手綱を引いて馬の脚を止めさせる。嘶きと共に背後を流れていた景色が動きを止め、彼が木々生い茂る場所にいることが分かる。人の良さそうな顔をしているが、縮こまっているアリスを見つけるとにっこりと含みのある笑顔を見せる。ああ、また何か良くないことを思いついたなと嫌な予感がした。
「ロイの頼みならば何でも聞こう。ただ、もし傲慢な主の頼みを代弁しているのであれば、直接言いに来いと言いたいな」
棘を含んだ言い方に、アリスは更にロイの影に隠れる。マリウスの言っていることは間違いではない。だからこそぐうの音も出せなかった。
ロイはそんな嫌味を知ってか知らずか、堂々とした佇まいで返答する。
「勿論わたくしからのお願いです。お嬢様の願いはわたくしの願いと同義ですから」
「ハハッ。おまえの献身っぷりを是非うちの配下にも見習ってもらいたいものだ」
「とんでもない。わたくしなぞ足元にも及びません」
「あっ、あの!」
何やら二人の間に火花のようなものが見え始めたので、アリスは勇気を振り絞って声を上げた。
「マリウス様がおっしゃることはごもっともです。最初から私がお話するべきでした。ご無礼をお許しください」
「おや、どうしたのかな。しばらく見ないうちに随分と殊勝になったものだね。もしかしてどこかの誰かがアリス嬢に化けていたりするのかな」
なかなか鋭いところを突く。これだから侮れない。
「いいえ、これまでがどうかしていたのです。淑女らしからぬ過去の言動の数々、お詫び申し上げます。これまでの自分と決別し、慎ましく、そして勤勉になると決めました。目標は高く、大和撫子ですわ」
「ヤマトナデシコ? 何ですか、それは」
あら、ジェネレーションギャップかしら。言葉に詰まっていると、ロイが「慎み深く、清楚な女性となるとお嬢様はおっしゃっているのですよ」とフォローを入れた。
「まあ、お嬢様はそのままで充分ヤマトナデシコですが」
ロイは私のことを買いかぶり過ぎよと照れくさい気持ちになる。
「それで、お願いとは何かな。俺にできることだったら何でもしよう」
「シエルシアンを使役テイムしたいのです。《東の森》は広いので、索敵である程度居場所をつかみたい。そのためには貴方の力が必要です」
「理由は? その手伝いをするのは構わないけど、訳が知りたいな。アリス嬢に魔獣は必要ないだろう? 貴女はいずれ家督を継ぐ身だ。自衛にしても何かある前にロイや召使たちが守るでしょうし、淑女に必要なのは作法や領の管理に関する勉強だろう」
「魔術を極めたいんです。成し遂げたいことがあります。そのためにはリュミエール学園へ入学しなければなりません」
「キャロル伯爵と夫人に相談はしたのか?」
「いいえ。だって反対されますもの」
「反対されるから相談しないなんて言い訳は子どもがするものだ」
「子どもよ。まだ8歳なんですから」
マリウスはやれやれと言いたげに肩を竦める。
「アリス嬢が強情っ張りなのは知っていたが、今回は単なるワガママってだけじゃないみたいだ。いいよ、協力する。ただ、約束してほしい。深追いはしないことと、日が落ちる前に帰ること。この二つだ」
「わかりました」
アリスはマリウスの言葉を噛み締めるように深く頷いた。
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