―58― 隷属

 アントローポスの霊域〈混沌の境域カオス・アーレア〉の特長は、精神に関与はできるが物質には関与できないというもの。

 だから、いくら肉体が破壊されようと精神さえ保っていられれば、いくらでも元の状態に戻ることができる。


「ゆるさない! ゆるさない! ゆるさない!」


 さっきからそう叫びなら、アスモダイは〈火の矢フエゴ・フレッチャ〉を俺へと噴射する。

 そして、俺はさっきから何度も体を貫かれていた。

 だが、この異界であれば、何度死のうが精神さえ保てれば、復活ができる。


「おい、アントローポス。なんとかならんのか?」


 さっきから、攻撃を受けるばかりで、こっちからはなにもできていない。このままでは、アスモダイに一方的にやられ続けるだけだ。


「だから、我に頼られても困るぞ!」

「やっぱ使いものにならんな、お前」

「なんで貴様にそんなことをいわれなれば、いかんのだ! この屈辱、いつか絶対に貴様に返してやる」

「あ」


 アントローポスが俺に対して、凄んでいる中、そう言葉を発したのにはわけがあった。

 無数に放たれている〈火の矢フエゴ・フレッチャ〉の1つがアントローポスの体を突き刺したのだ。


「ぐへっ!」


 と、うめき声をあげながら、アントローポスはその場に倒れる。それから、アントローポスは起き上がってこなかった。

 どうやら、精神を保つことできなかったらしい。

 ここはお前が作った霊域なのに、情けないやつだなぁ、とか思わないでもない。


 そして、アントローポスが気を失ったのを契機に、霊域が崩れ始める。

 アントローポスが気を失ったせいで、霊域の制御ができなくなったのが原因だろう。

 気がつくと、俺、アスモダイ、アントローポスの三人は外の世界へと放り出されていた。

 ちなみに、アントローポスは気を失ったままだ。

 やっぱり使えないな、こいつ。


「アベルくん!」


 心配した様子のミレイアが駆け寄ってこようとする。

 それを手で制止させ、近づかないよう指示をだす。


 仕方がない。

 あとは、俺一人でなんとかするか。


「ゆるさない!」


 今にも、アスモダイは無数の〈火の矢フエゴ・フレッチャ〉を展開し、放つ素振りをしている。

 これだけの数、対処できるか半々といったところだな。

 そう思った俺は魔石にある魔力を使って魔法陣を展開させる。


「〈重力操作グラビティ〉」


 原初シリーズによると、火は非常に軽い性質の物質だ。科学の視点でみれば、火が燃料がないのに存在することに疑問を持つべきなんだろうが。

 ともかく、アスモダイの放つ〈火の矢フエゴ・フレッチャ〉は原初シリーズをベースにした魔術には違いない。だから、軽い物質と考えて構わない。

 軽い物質に対して、重力を反転させることは非常に容易ではある。

 だが、今回は〈火の矢フエゴ・フレッチャ〉の数が多いことがネックだ。

 これら全ての重力を反転させるのは難しい。

 だから、俺に当たりそうな対象のみ、重力を反転させる。


「な――っ」


 驚愕した様子のアスモダイの表情が一瞬見える。

 まさか、自分の攻撃が返ってくるなんて思いもしなかったのだろう。


「驚いた。けど、私に火の攻撃は効かない」


火の矢フエゴ・フレッチャ〉の攻撃を受けたはずなのに、そこには無傷のアスモダイが立っていた。


「そのようだな」

「これで、私のことを認めてくれる気になった?」

「あぁ、お前は十分強いよ」

「じぁ、私を従属してくれる?」

「だから、それは無理だと言っているだろ」

「そう、なら、まだ戦いを続けるね」


 さて、なんとかして彼女を無力化する必要がある。

 だが、俺は自分の使える手をほとんど使い切った。

 1つ、例外を残して。


 俺の手元にはアウニャの書庫から拝借した『電気と磁気に関する論文』がある。

 魔導列車での移動中、俺はこれを読み進めていた。

 当然短時間しかなかったため、全てを読み終えたわけではないが、一部を読めただけでも俺にとって十分な成果を得られた。


「せめて実験相手になってもらうぞ」


 目の前のアスモダイに対し、そんなことを言う。新しい魔術を試す相手としては申し分ない。


「〈雷撃ライヨ〉」


 左手から雷撃がアスモダイへと放たれる。

 以前、使用したときは魔術構築が未熟だったため、大量の魔力を消費し、自身の肉体に欠損が生じてしまった。

 それは電気を最小の物質と仮定して、魔術理論を組んでいたせいだ。

 だが、電子という概念を本によって知ったため、今の俺なら、完全な魔術理論を元に〈雷撃ライヨ〉を放つことができる。


「〈爆発しろエクスプロシオン〉」


 アスモダイが爆発の衝撃をもって、〈雷撃ライヨ〉を相殺しようとする。

 まぁ、これは予想通りだ。

 さっきもミレイアの使い魔フルフルの雷撃を似たような方法で守っていたからな。

 だから、俺はこの攻撃で決めるつもりは毛頭ない。

 〈雷撃ライヨ〉の多重詠唱――。

 さぁ、これから放たれる無数の雷撃を全て防げるかな?


雷撃ライヨ〉は他のあらゆる魔術に比べて、魔力の燃費がいい。雷撃の正体が、電子と呼ばれる限りなく小さな物質だからだろう。

 だから、いくらでも無数に撃ち続けることができる。


「うぐぅー」


 気がつけば、〈雷撃ライヨ〉を防ぎきれず黒焦げになったアスモダイの姿がうめき声をあげていた。


「大丈夫か?」


 やりすぎたかな? と一応心配になったので、様子を伺いに行く。体の持ち主はアウニャのため、死なれると流石に困る。


「さすがアベル様……かっこいい」


 なぜか、恍惚の表情を浮かべてたアスモダイがそう口にすると同時に、ガクッと意識を失った。


「はっ……やっと体の主導権を取り戻せた……っ!」


 意識が落ちたと思ったら、今度は口を開いては口にした。

 どうやら、無事アウニャとして意識を覚醒することができたらしい。


「どうやら随分と迷惑をかけたみたいね」


 ボロボロになっている俺とミレイアを見て、アウニャが申し訳なさそうにそう口にする。


「まぁ、そういう取引だったしな」


 俺としては『電気と磁気に関する論文』という本を手に入れることができたので、十分満足している。


「それじゃあ、最後の仕上げをしないと」


 そう言って、アウニャは立ち上がろうとする。ただ、俺以上に体がボロボロなため、よろめいていた。


「大丈夫ですか?」

「ミレイア、ありがとう」


 ほっとけなかったミレイアがアウニャに肩を貸していた。

 そして、最後の仕上げアスモダイを使い魔にするための魔法陣を作り上げる。

 今の人格はアウニャではあるが、まだ体内にはアスモダイの霊体が残っている状態だ。

 その間に、隷属化させないと使い魔として力を借りることはできなくなる。


「〈隷属化エスクレイボ〉」


 そして、最後に呪文を唱え、無事アウニャはアスモダイを使役することに成功した。


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