―44― 魔力と魂

「き、貴様、正気、なのか……?」


 俺の答えを聞いた偽神はそう口にした。


「ふむ、俺自身は自分を正気だと思うが、自分っていう存在をあまり客観視したことがないからな。他人から見ると、俺は案外正気ではないのかもしれない」


 まぁ、自分が他人からどう思われるかなんて、どうでもいいんだけど。


「もう、よい」


 偽神は会話を切り上げるようにそう口にした。

 そして、瞬きをしたときには、元の世界に戻っていた。

 他のDクラスと戦っていた砦近くにだ。

 周囲を見ると、異界では体がバラバラに刻まれたクラスメイトたちが五体満足の状態で倒れている。

 その中にはビクトルの姿もあった。

 見た限り、全員生きてはいるようだ。

 偽神の展開した〈混沌の境域カオス・アーレア〉内において、肉体に干渉できないという事実が改めて立証された。


「こっちの世界で貴様を殺すことにする」

「それは困るな」


 この現実世界で殺されたら、本当に死んでしまうからな。

 それは避けるべき事案だ。


「〈召喚エヴォケーション――フルフル〉!」


 偽神が俺に猛威を振るおうとしていた。

 だが、さしたる問題はないのだろう。

 なぜなら、今この瞬間まで、全てが俺の計画通りに事が進んでいるのだから。


「〈召喚エヴォケーション――フルフル〉!」


 偽神が球体の悪魔、フルフルを召喚する。


「〈気流操作プレイション・エア〉」


 攻撃される前に、倒してしまえばいい。

 そう思った俺は、得意の窒素の操作による窒息を狙う。


「あ、が……ッ」


 息ができなくなった偽神は一瞬、よろける。

 だが、それも束の間、偽神はニヤリと笑ったかとの思うと、俺の方へと一瞬で飛び込んできた。


「くはっ、なるほど酸素の概念を理解しておるのかっ!」


 どうやら偽神も俺の魔術を理解しているようだ。

 そして、俺の〈気流操作プレイション・エア〉の攻略法として最も有効なのが、俺に近づくというものだ。

 俺の周囲まで窒素で充満させてしまうと、俺自身が息をできなくなってしまう。ならばこそ、俺の周囲は酸素で溢れているわけで、俺の近くが最も安全な場所となる。


「フルフル、増殖しろッ!」


 と、偽神がフルフルに指示を出す。

 途端、一体だけだったフルフルは何百と数を増やしていく。

 このままだとマズい。

 とっさに〈氷の壁フィエロ・ムロ〉を繰り出そうとして、考え直す。

 フルフルの能力は雷撃。

 一度、ミレイアの部屋に招待されたときに見せてもらった。

 そして、これだけの数のフルフルが雷撃を放ったとしたら、〈氷の壁フィエロ・ムロ〉では恐らく防げない。

 ならば、最も確実な手段をとろう。


「〈爆発しろ《エクスプロシオン》〉」


 自分も巻き込まれるが、それは仕方がない。

 大量のフルフル、偽神、そして俺が爆発に巻き込まれる。

 体が後方に吹き飛ばされるが、一応意識は保つことができている。概念の世界イデアであれだけ殺された後だからな。この程度の痛み、なんてこともない。


「まさか自爆覚悟の攻撃をするとはな。貴様を相手するのは骨が折れる」

「えっと、褒められてるんか、俺は?」

「そんなわけがあるか」


 俺とは反対側に吹き飛ばされた偽神がそこにはいた。

 ボロボロではあるが、まだ無事なようだ。しかし、あれだけいたフルフルは一体も見当たらなかった。もしかしたらフルフルを盾にすることで、直撃を免れたのかもしれない。


「とはいえ、吹き飛ばされた先に人間がいるのは僥倖だな」


 ふと、偽神の足元に気絶しているビクトルがいることに気がつく。


「まずは一体、魂を喰らおうか。貴様を殺すのは、それからでいい」


 そう偽神が宣言すると同時。

 2つの魔法陣を展開した。


「〈魂を魔力に変換コンヴァシオン〉、そして〈受肉化カーネ〉」


 これはまずいかもな。


「〈氷の槍フィエロ・ランザ〉」


 と、俺は氷の槍を展開し、阻害しようとするが、偽神との距離が意外と離れている。

 これは間に合わないな。


「貴様ッ、この期に及んで邪魔をする気かッ!?」


 様子がおかしい。

 生贄の対象になったビクトルに変化はない。

 偽神は誰かに怒鳴っているが、その誰かがわからない。


「アベルさんッ! 私が今、動きを止めていますから――ッ」


 それは偽神と同じ口から発せられた声、そうミレイアが発した声だった。


「だから、今のうちに私を殺してくださいッ!」

「よくやった、ミレイア」


 もし、偽神がビクトルの魂から得られた魔力を元に受肉したら、俺では手を付けられない存在になっていたかもしれない。

 だから、ミレイアが偽神の動きを止めてくれて助かった。


「やめろッ! やめるんだッ! ミレイア!」


 偽神アントローポスが叫ぶ。


「いえ、やめませんっ、早く私を殺してくださいっ!」


 同じ人物から正反対の言葉が飛び交う。

 そんなミレイアに俺はゆっくりと近づいた。


「悪いな、ミレイア」

「いえ、構いません。私が死んで偽神も死ぬなら本望ですから」


 ミレイアが俺のほうを決意の眼差しで見る。

 その姿を見て、俺はすごいな、と感心した。

 俺なら自分が死ぬとわかった瞬間に、こんなふうに堂々とした立ち振舞はできないだろう。


「殺すなっ、殺すのをやめろッ!」


 と、慌てふためく偽神のように俺も死ぬ瞬間はこんな風にパニックになるに違いないな。

 勇敢なミレイアの姿に俺は心の中で敬意を示しながら、手をまっすぐ伸ばす。

 そして――


「〈魂を魔力に変換コンヴァシオン〉」


 俺には魔力が足りないからな。だからこそ、偽神、お前の魂を魔力に変換させてもらうぞ。


魂を魔力に変換コンヴァシオン〉。

 会長の研究資料を見て、覚えた魔術の一つ。会長が専門に研究しているだけあって、膨大なデーターがそこには記載されていた。

 おかげで、変換効率が非常に高くなった。

 それでも、会長の〈魂を魔力に変換コンヴァシオン〉は完成していなかった。

 会長の〈魂を魔力に変換コンヴァシオン〉では、計算上得られるはずの魔力量に比べてほんの僅かでしかなかったのだ。

 つまり会長の〈魂を魔力に変換コンヴァシオン〉には穴があるわけだが、その穴を埋める存在こそ、目の前にいる偽神アントローポス。

 偽神アントローポスは人の魂を喰らって力を得ようとしていた。

 そして、現に俺の目の前で完璧な〈魂を魔力に変換コンヴァシオン〉を使おうとしていた。

 ミレイアが渡した魔術資料にも書かれていたが、まさかこんな事実があったとは驚きだよ。


 ――魂はお前ら偽神が創ったものなんだな。


 原初シリーズでは、神が魂を創り、その後に肉体を創ったと書かれているが、どうやらそれは間違いだったらしい。

 実際には、魂は偽神が創り、その器となる肉体のみを神が創ったというのが正しい歴史らしい。

 そのことへの理解が会長には足りなかった。だから、会長の魔術は未完成のままだったわけだ。

 十分、魔力が溜まったな。


 なら、もう一つ大規模な魔術を発動させよう。

 そうして、俺は呪文を口にした。


「〈隷属化エスクレイボ〉」


 これも会長に教えてもらった魔術の一つだ。

 会長は〈隷属化エスクレイボ〉によって蛾を使役させていた。

 今回、俺が〈隷属化エスクレイボ〉を使った対象は、そう目の前にいる――


「アベルくん、これはどういうことですか?」

「あー、さっきも悪いな、とは言ったが、それはお前の願望通り殺さなくて悪いなって意味だからな」

「おい、貴様ッ! これは、なんの真似だ」

「〈隷属化エスクレイボ〉を成功させるために、偽神の魂を魔力に変換させてもらった。俺の魔力はゼロだからな。どうしても偽神の魔力を使う必要があったんだよ」

「ふ、ふざけるなッッ!」


 偽神の叫び声が聞こえたと同時、ミレイアの体に変化が訪れる。


「え?」


 と、ミレイアが疑問を口にする。

 そこには一人の少女がいた。

 地面につくぐらい伸び切った艶のある金髪にツリ目がちの両目。それに全体的に幼い体躯。

 あぁ、よく見るとこいつ裸だ。


「お前、偽神アントローポスか?」


 一応、確認してみる。


「な、なんだ、これは!? な、なぜ我がこんな幼子の姿に!?」


 口調から察するに偽神に間違いないようだ。

 ミレイアの体内にいた頃は、低い男の声質だったのが、今や甲高い少女の声質になっている。

 まさか、こんな姿で顕現するとはな。

 そういえば偽神は〈受肉化カーネ〉の魔術を発動させようとしていた。この姿は中途半端な形で〈受肉化カーネ〉が成功してしまったせいなのかもしれない。


 ともかく――


「うおおおおおおおっ、やったぁああああ!!」

「おい、我を持ち上げるな。持ち上げて振り回すなッ!」


 うん、久しぶりに心が酔いしれる気分だ。

 欲しかったものが手に入ったんだ。

 はしゃぐのも仕方がない。


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