―28― バブロ
……帰りたい。
ふと、そんなことを思っていた。
俺はさっきから一人でお昼を食べていた。
こう大勢がいる場はなにをすればいいのかわからない。
誰かに話しかければ、この居心地の悪さも解消されるのかもしれないが、そもそも知らない人に話しかけるってどうすればいいんだ?
見当もつかない。
長年引きこもりをやっていた弊害がこんな形で表れるとは……。
そういえば、この場にプロセルがいないな。
生徒会長はプロセルも呼んでいるといっていたはずだ。
妹がいれば、話し相手になったのに。
唯一の知り合いである生徒会長はさっきから他の一年生たちに囲まれていて忙しそうだった。
あれでは俺が話しかけるわけにもいかない。
帰るか……。
どうせ俺一人がこの場からいなくなっても誰も気がつかないだろうし。
「ねぇ、君、一年生だよね」
振り返ると爽やかそうな雰囲気を持つ金髪の男が目の前にいた。
「えっと、一年ですけど」
「ああ、やっぱり。俺も一年生でさ、話し相手がいないから困っていたんだよね。隣いいかい?」
帰ろうと思ったら話しかけられた。
まぁ、少しぐらい会話につきあってもいいか。
「それでえっと、名前は……」
「アベル・ギルバートだ」
「ああ、アベルくんか。すまないね、さっき自己紹介は聞いていたんだけど流石に全員の名前は覚えられなくて」
「俺もお前の名前を覚えてないし、そんなもんだろう」
「ああ、そっかそうだよね。俺はバブロ・スアレス。改めてよろしく」
「ああ、よろしく」
そういってバブロは手を差し伸ばす。
握手のつもりだろう。
俺もバブロの手をとりお互い握手を交わした。
「それでアベルくんは生徒会に入るつもりなのかい?」
「いや、そんなつもりはないが」
「じゃあ、なんでこの交流会に? この交流会は生徒会に入りたい一年生のために開かれてると聞いたんだけど」
は……?
ただの交流会で生徒会に入ってほしい思惑はないって会長が言っていたはずだが、それは嘘だったのか?
「えっと、生徒会長に強引に連れてこられたというか」
「ああ、そういえば君、生徒会長と一緒に入ってきたものね。もしかして会長とはお知り合いなのかい?」
「いや、そんなことはないけど」
会長とは今日、知りあったばかりだからな。
「そうなのかい」
と、バブロはなにか考える仕草をしながら頷いていた。
「そういえばアベルくんってクラスはどこなんだい?」
「Dだけど」
そう答えた瞬間。
バブロは「は?」としかめっ面をした。
なにか不快なことでもあったんかな? と疑問に思う。
けど、それを確かめる前に、
「アベルくん、楽しんでいますか~?」
ふと、近くに会長がいた。
「えぇ、まぁそこそこには……」
と、なんとも曖昧な返事をしてしまう。
実際のところは全く楽しくないが、正直に言うのも気が引けた。
「それはよかったです~」
と、会長は呑気に笑っていた。
「そういえば会長、プロセルが見当たりませんけど、呼ぶと言っていませんでした?」
「あー、どうやら逃げられたみたいですね」
逃げられたって、なんだそりゃ。
俺も逃げればよかったのかな。
「はじめまして会長、1年A組のバブロ・スアレスと申します」
と、俺の隣にいたバブロが挨拶をした。
どうやらバブロのクラスはA組のようだ。
「こちらこそよろしくおねがいしますね~」
笑顔を浮かべている会長とは対照的にバブロはなぜか険しい表情をしていた。
「会長、一つお聞きしたいのですが」
「はい、なんでしょう~」
「毎年生徒会には優秀な一年生が入ると聞いています。なぜDクラスの彼がこの場にいるんでしょう」
「それはわたくしが個人的に彼に興味があるからです」
「興味ですか……」
そう言ってバブロは俺のほうをチラリと見る。
「会長、本当にこの男を生徒会に入れる気ですか?」
ふと見ると、今度は副会長が近くに来ていた。
「わたくしとしてはアベルくんにぜひ入ってほしいと思っていますが、あとは彼次第ですかね」
は? 待て、俺は生徒会とかマジで興味ないんだが。
「なぁ、一つ聞かせてほしいんだが、お前の魔力がゼロって噂は本当なのか?」
副会長が俺の方を見て、そう訪ねてきた。
瞬間、場が静まる。
「え? 魔力ゼロ?」
誰かがそう口にする。
場にいる全員が俺に注目しているようだった。
「嘘ですよ。当日、体調不良でうまく計測できなかったんです」
と、事前に考えておいた嘘をつく。
「いくら体調不良でもゼロとは表示されないと思うが」
痛いとこをツッコまれた。
どうしよ……。
「えっと、しかも計測する前に事情があって魔術を使いまくったんですよ。そしたら、魔力がなくなってしまって。おかげで魔力がゼロと表示されたんです」
「そんな事情があったのか……災難だったな」
どうやらうまく誤魔化せたようだ。
よし、今後はこの言い訳も使っていこう。
「それじゃ、実際のお前の魔力量はどんなもんなんだ?」
「20あるかないかです」
嘘をつくなら少ない数字を言ったほうが、なにかと辻褄があうだろうし、そういうことにしておく。
「20……。随分少ないな。それでよくこの学院に合格できたな」
20は魔術師としてもすごく少ない部類だ。
「会長、やはりこの男を入れるのは反対です」
「俺も納得できません。なぜ彼のような劣等生が生徒会に入れるのか」
と、副会長とバブロがそれぞれそう口にした。
だから俺は生徒会に入るつもりはないっての。
「ん~、困りましたね~」
そう言って生徒会長は困り顔をしていた。
「一つ提案をよろしいですか?」
と、バブロがそう言った。
「僕とアベルくんでこの場で戦うのはどうでしょう?」
「……は?」
この金髪、なにを言っているんだ?
「俺はA組の中でも傑出した実力があると自負しております。ですので、ぜひ彼と戦って自分の実力をアピールさせてください」
「アベルの実力も知れるし、悪くないな」
「そうですね~、わたくしもぜひアベルくんの戦いぶりを見てみたいです」
副会長と会長もなんか乗り気だし。
なんで理由もないのに戦わなわきゃいけないんだよ。
「あの」
俺は手をあげて主張する。
「俺に戦うメリットないですよね」
「確かにそうだね」
バブロは頷く。
納得してもらえたようだ。これで戦わずに済みそうだ。
「なら、僕は君に決闘を申し込もう」
「だから俺は戦わないと――」
「承認します――!」
パンッ、と会長が手を叩いた。
「1年A組バブロ・スアレス氏と1年D組アベル・ギルバート氏による決闘をわたくし3年A組ユーディット・バルツァーが証人として立ち会います。両者、よろしいでしょうか?」
「ええ、会長に見ていただけるなんて光栄です」
「待て、俺は戦うつもりはないんだが?」
「アベルくんダメですよ。決闘を申し込まれたら受けるのがこの学院のルールです」
「いや、そんなの初めて知ったんだが」
「えっと授業の最初に必ず先生から説明を受けると思いますが、聞いていなかったんですか?」
……そういえば先生の話全部聞いてないや。
「そういえば、そんなこと言ってたな、うん……」
ひとまず思い出したフリをしておいた。
「それでは、決闘を申し込んだほうはなにかしらの対価を払わなきゃいけません。なににしますか?」
会長はバブロの方を見てそう言う。
「A組の在席権利を」
「わかりました。では、アベルくんが勝ったらアベルくんがA組にバブロくんはD組になります」
「はぁ」
なんか話が勝手に進んでいくんだが、別にA組になりたいとかそんな野心ないんだけどな。
「その代わり、俺が勝ったら生徒会に入れてください」
「わかりました、認めます」
会長は俺のほうを見て、
「アベルくんはなにか希望がありますか?」
「俺が勝ったらA組になれるだけなんですか?」
もっと他にメリットがあってもいい気がするんだが。
「君はA組の価値を知らないのかい」
なんかバブロが呆れた目でこっちを見てきた。
「アベルくん、この学院はAクラスで卒業できるかどうかで評価が天と地ほど変わります」
そういえば、誰かも同じこと言っていたな。
「この学院の生徒全員がA組で卒業できることを目指して、日々奮闘しています。そのA組になれる権利を初日に手に入れるなんてアベルくんは相当運がいいんですよ」
そう説明されてもピンとこない。
まぁ、そういうものなんだろう、と納得するしかないか。
「それでは、決闘をするために場所を移動しましょうか」
どうやら俺は決闘をするしかないようだ。
まぁ、テキトーにこなせばいいか。
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