画家とモデル
ゆう
画家とモデル
「タバコは外で吸えって言ったろ」
「外は寒いじゃないか」
「そう言ってこの前タバコの火で作品燃やして大騒動にしたのは誰」
「もう、わかった。わかったから」
さむいさむい。そう言いながら渋々と彼女はベランダへ出て行く。ベランダの窓を開けた時、寒々とした空気が彼女のスケッチブックをめくる。あれもこれも、作品には私しかいない。モデルとしてちゃんと描かれてるものもあれば、ぼんやりと何処かを見ているいつもの私が描かれているものもある。ここには色々な私がいる。
「本当よく私ばっかり描いていて飽きないね。他の人をモデルにして描こうとは思わないの?」
「全くだね」
「不思議な人だ」
「私はたった一人のモデルを、自分の思う最高の作品として残したいんだよ」
そんな私が、たった数枚の君で満足できると思うかい? こちらを向いて、そう言いながら笑う。
「無理だろうね。君はなんでも凝るタイプだから」
「でも君としても悪くはないだろう? こんなにも才能に溢れている私の作品になるのは」
「まぁね。光栄ではあるよ」
「ならいいじゃないか。どうして他人がモデルになることを考えることがあるんだい。そんな疑問が浮かんでくること自体が疑問だ」
「本当に私以外は眼中に無いんだね」
「? 当たり前だろう」
「そこまで買い被られるほどのものは無い気がするんだけど」
彼女はキョトンとして、そしてため息をついて私に背を向ける。
「出会って最初に言ったと思うんだが?」
「それ何年前の話なの。もう忘れてるよ」
「そうだった。君はそういう人間だった」
「これはこれはわるうござんしたね」
「まぁ、良いんだが……」
「で?」
「ん?」
「教えてはくれないの?」
「いや、その……」
「おや、恥ずかしがっておられるのですか? 天才画家さん」
「……きの、……似合うと、」
「ん?」
「出会った時の、何気ない横顔が、儚くて夜の海に似合うと思ったからだよ」
ベランダから見える海を見ながら、彼女は言う。海は月に照らされてとても綺麗に光っていた。
「いつもそんな詩的なこと言ってるのに、これを言うのは恥ずかしいんだ」
「……うるさいなぁ。もう」
「私には勿体ない評価だと思ったよ。でも嬉しいよ」
「私は私の感性を買っている。この評価が間違ってるわけないだろう」
恥ずかしいのか、それだけ言ってベランダの柵に手を置いて俯してしまった。そんな彼女が少しだけ可愛いと思ったが、口にすると3日ほど口を聞いてくれなさそうなのでやめた。
しょうがない、機嫌を直してもらおう。そう思いながらベランダへ向かう。
「ねぇ、それは美味しいものなの」
「大概の体に悪いものは美味しいんだよ」
「へー」
「一本どう?」
フゥー。煙をこちらに吐きながらタバコを渡す。
「目が染みるからやめてくれない」
「ふふ、今の行為には特別な意味があるのさ」
「どういう意味であれ人の目を攻撃するのは良くないと思うよ」
「いつかわかるよ」
「ふうん」
やっぱり君は不思議な人だ。
画家とモデル ゆう @kyuna1123
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