3.似た者
屡鬼阿がシャワールームから出ると廊下の向こうから純鋭と釣り目の綺麗な顔立ちの男性が一緒に歩いてきた。
「よぅ。さっぱりして気持ち切り替わったか?」
純鋭は屡鬼阿の濡れた髪をワシャワシャと撫でた。
「すみませんね。死体の洗い場と隣接したシャワールームしかこの施設になくて。」
「え…死体洗い場と隣接?」
「えぇ、壁で区切られていますが、排水溝は繋がっているので多少臭いは漂ってきちゃいますかね…。あ、シャワールームの衛生面は万全ですから、臭い以外は問題ないところですよ。」
男性は弁解するように屡鬼阿の質問にこたえた。
確かに脱衣所を出てからは腐敗臭や血なまぐささというよりも薬品の臭いに切り替わっていた。
「それよりも、少し失礼。」
男性は一瞬おどけたような表情をし、そのまま頭部や顔を触って調べ始めた。
「おおよそ、身長162㎝体重は50㎏前後。黄色人種らしい骨格をしている割には所々白人種の特徴あり。…ヨーロッパの人種の特徴ですかね…かといって…ハーフにしては…!?おっと、面白い。犬歯が人より少し鋭い。よく舌が傷ついてませんね。瞳も髪も、見れば見るほど面白い。」
「なひこのひひょ。きもひわるひ。(なにこの人。気持ち悪い)」
屡鬼阿は男性に頬を引っ張られながら純鋭に訴えた。
「うん。俺もそれには同意する。…女の体を弄ってないで、そろそろ自己紹介したらどうだよ。この変態。」
純鋭は少しモヤモヤしながら男性に自己紹介を促した。
「そうですね。私は萩原清晴。改めまして、特安の裏人材として、検死とエンバミングを担当しています。もとは医者です。主には修復が難しい遺体の復元と、並では対応できない鑑識の仕事もときどきしてます。あ、ただし絵と彫刻は苦手なので、復顔法と似顔絵は専門外です。ぐちゃぐちゃな死体を持ってきたとしても、骨組みまではできても復顔はまた違う専門の方にお願いしますので時間かかります。ご承知おきを。」
萩原は純鋭の方を少し睨んだ。
「しょうがねーじゃんよ。俺がぐちゃぐちゃにして死体を持ってきているわけじゃなくて、犯人が残酷死体を増産してんだからよ。俺だって胸糞悪いぜ。」
純鋭はふてくされた表情で、自販機に硬貨を入れた。
「松平さんの修復は今取り掛かっている最中なので少しお待ちくださいね。」
萩原は、屡鬼阿に切なく笑いかけた。
「え…なんで…」
「ご学友と聞いておりまして…。ご遺族にも対面を急かされているんですけどね…復元も大変なんですが、いろいろ引っかかる点が多くて…。」
純鋭は2人に缶コーヒーを投げ渡すとベンチに座りため息をついた。
「何年も続く、この事件は必ず死体現場にDearっていう文字が書かれている。その現場によってはDearの後のあて名はころころと変わるがDearの部分を取って、皮肉を込めて、国は“親愛なる事件”と呼んでいる。目的が同じなのか、模倣犯がいるのかはわからない。グループ犯罪なのか、単純に個人の恨みなの、愉快犯なのかも謎。…お前、俺らのライブから帰ったとき、どういう移動手段で、何時に帰った?」
「あの日は、どっかのミュージシャンが私の学生手帳を持って行ったのが大体22:00。佳代の運転手がドームに迎えに来たのが大体30分後くらい。一緒に車に乗せてもらって、寺に就いたのが23:00なるかならないか。…だけど…。」
純鋭は缶コーヒーの注ぎ口から唇を離した。
「お前、変だと思わないか?お前を送ったその後、なんでそんな夜中にあの河原に車が向かったのか。そして、6月の日の出前のたった5時間余りで筋骨隆々の運転手と女子高生をあんな死体にできたのか。」
「あんな死体…って?」
自分が河川敷で脳裏に浮かんだ映像がフラッシュバックした。
「…そうだったな。まだ資料見せてなかったんだ…お前が冷静に見れる心積もりが出来た頃に、再検討しよう。昨日の現場で、まだ気が動転してんだろ?」
放心状態になった屡鬼阿を見かねて、純鋭はからの缶をゴミ箱に投げた。
「あぁそうだ。気晴らしに京都観光でも行ってきたらどうです?私の故郷なので二人にはじっくり、京都を満喫していただきたいので。あと、純鋭さん。里京さんから伝言を預かってきてまして、“調査のことを忘れるな”との仰せです。」
場の空気を換えるように清晴は二人に提案をした。
「げ、やべ。完全に忘れてた。京都観光がてら行ってくるか。屡鬼阿!行くぞ。」
純鋭は濡れた髪の毛のままの屡鬼阿を引っ張り、京の町に繰り出していった。
純鋭に奢ってもらった名物を頬張りながらも屡鬼阿は不機嫌だった。
「なに膨れてるんだよ。いろんなところ堪能したろ?この世界的ロックバンドの俺と行動できるなんて、もっと感謝した方がいいよ。お前。」
「…」
屡鬼阿は一度冷たい目で純鋭を見たあと、ため息をついてもう一度和菓子を口に含んだ。
「…JUNよりもREIの方が人気あるんだって。JUNは二番目なんだって。佳代が言ってた。」
「ハーン。あいつはだめだ。あいつは、女にうつつを抜かした、酒癖の悪い優男だよ。」
純鋭はその言葉を聞いて不快な気持ちを隠しつつもやせ我慢をした。
「ほめているのか貶しているのかわからないわ。」
「…どっちにしろ、あいつには別嬪な相手がいるから無理無理。佳代ちゃんもそんな男を好きになるとは。あいつは罪な男だな。さて、ここが今日の観光としては最後だ。ちゃんと参拝するんだぞ。」
「私、別に神も仏も信じてないんだけどな…。」
そう純鋭に促され、屡鬼阿は先を行く純鋭の後を追った。
すると、拝殿の方から参拝し終わった杖をついた品のある男性の老人が屡鬼阿の横を通り過ぎた…と思った間際に、杖で足を払うように屡鬼阿に振りかざしてきた。
屡鬼阿は咄嗟のことに驚きながらも杖をかわした反動で尻餅をついた。
その砂利の音に純鋭は振り返った。
地面に落ちている老人の杖と、尻餅をついた屡鬼阿が目に映る。
「おまっ…」
「おや。いかん、いかん。年を取ると手に力が入らなくての。すまんの、御嬢さん。怪我はないかい?」
老人は屡鬼阿の目の前に手を差し出してきた。
屡鬼阿もその差し出されたプルプルと震える掌を見て、先程の老人の攻撃は自分の錯覚かと思った。
「あ、えっと、大丈夫です。なんか疲れているみたいで…」
そういいながら老人の手を掴み、屡鬼阿は立ち上がった。
握ったその手は、先程のか弱そうな手とは裏腹にしっかりとした手だった。
「(足を踏み)…入れるではないぞ。」
「え?」
最初の言葉は聞き取れなかったが。老人から屡鬼阿にたびたび放たれる殺気をおびた目つきに屡鬼阿は戸惑いを隠せなかった。
「おー。大丈夫そうじゃの。申し訳なかったの。」
「すいません。大げさに転んだみたいで。ほら屡鬼阿。」
「あ、大丈夫…です。」
屡鬼阿は少し納得がいかないような表情で老人に会釈をした。
老人はニコニコとしながら、二人に背を向けて歩き出した。
「あのじじい、私の足めがけて杖を振りかざしてきた。私に殺意満々だった。」
「は?そんなわけないだろ?杖を握り損ねてだって。あんなプルプルと震えてたじいさんだぞ?風吹いたらころびそうだったじゃねーか。最近いろいろあったのはわかるが、疑心暗鬼になりすぎだって。」
「ほら、この少しの間にいなくなった。」
屡鬼阿は納得いかない顔で老人が去った後を指差した。
指をさしたところには確かに誰もいなかった。
「曲がったんじゃね?あとはトイレとか。まぁ、赤の他人にそこまでカッカするなよ。」
純鋭は再び先に、歩き出した。
最後に老人が言った言葉を純鋭に言えずに屡鬼阿は、純鋭の後ろをついていった。
曲がり角なんて言う曲がり角は、一瞬で曲がれる距離にないことも、トイレのような建物もそこにはなかったため、屡鬼阿は違和感を覚えた。
拝殿に手をあわせ、元来た道を振り向くと純鋭は真顔であたりを見渡して歩いた。
「何か、気になる?」
「あー。まぁな。ここからは仕事。観光がてらにここに来たのは、里京さんから言われた、ホームレスの殺害について。これもまた変なんだよ。謎な点はいくつもある。…。ここがホームレスが死んでいた現場。ここは屈指の観光地。四方八方に観光客もいれば、甘味処もあるから人通りも多く見られる。目の前の河川敷は佳代ちゃんの時とは違って、とても見通しがいいし、おまけに数百mのところには駅もある。こんなところでホームレスが死んでいた。レシートを握りしめて。」
純鋭は里京から渡された写真を見た。
「血液が見当たらないってことは外傷はないってことか?」
「この人の死因は?資料ってさっきの支部から預かってない?」
純鋭は屡鬼阿の顔を見つめた。
「…忘れてきちゃったてへぺろ☆」
「まじか…」
「失敗だってするんだよなぁ。だって人間だもの。…戻るぞ。」
純鋭は屡鬼阿の冷たい視線に耐えかねて車に乗り込んだ。
「この事件はいつから続いているの?」
「資料が残っているのは15年前。とある保育園での爆破事件が一番古いと思われる。里京さんは15年前の保育園爆破の後からこの組織の最高指揮官となっている。特安自体はそれより数年ほど前に設立した。と資料では読んだな。」
「それなのに掴んだ情報は屡鬼阿という人物をしらみつぶしに探すことだけ。15年かけてこれだけ?」
「…里京さんは他にも何か掴んでいるような感じはするんだがな。いかんせん、あまり俺らには教えてくれない。組織といっても基本的に処理班含め真相を知ってしまうと巻き込まれる可能性があるため事件の詳細内容を知っていいのは俺と、清晴とお前だけなんだ。あとは、許可された人物が今後増えないことを願うだけだな。」
「そんなに危険な事件を取り扱うのに、なんであなたは、こんな世界に飛び込んだの?大学出たばかりなのに…?」
「……まぁ話せば長くなる話さ。さて、ホームレスの事件について資料を確認しようか。」
純鋭と屡鬼阿は特安関西支部に戻り、再度清晴を訪ねた。
清晴は先のバラバラになった一人分の遺体を紡ぎ終わったばかりで、少し疲れていた。
「あれ?もう帰ってきたんです?こっちはまだあと4体も紡がないといけないんですが…。そうだ!ちょっと手伝ってもらえます?」
清晴は作業中の手袋を一度捨てて、額の汗をぬぐった。
「いや、違うんだ。手伝うんじゃなくて、ホームレスの遺体のことを聞きたいんだ。」
「ホームレス?あぁこの前の。なら、これ、手伝ってくれるなら話しましょう。」
清晴はそういうと4体の遺体を指をさして純鋭に笑顔を向けた。
「俺だけじゃなくて、屡鬼阿にも手伝うように言えよ。」
「今日初対面の女性にこの仕事をお願いできるほど私は鬼畜ではありませんよ。彼女はそこに椅子があるので遠目から見学してもらいましょう。さぁ早くこのガウンを着てください。」
清晴はそういうと純鋭にガウンとキャップ、マスク、ゴム手袋を渡した。
「全国のカニバリズムのファンには絶対見せたらいけない姿だな。」
純鋭は納得いかない表情でしぶしぶガウンの袖を通した。
「屡鬼阿さんはこれに目を通してください。さ、始めますよ。純鋭、足から縫っていきますからね。そっちの肉とそのかけらを支えてください。」
「まじかー。数時間前もこれ俺やった気がするわ。」
自分がここで初めて目が覚めた時と同じ光景を再び屡鬼阿は感じた。
(あぁ…こんな人の死体を組み立てるところで横になってたから、あんな変な夢を見たのんだ。)
屡鬼阿は少しあの夢の鮮明さを思いだし、居心地が悪くなった。
「この前のホームレスの検死はもう済んでいるのか?」
純鋭は清晴に向かって話した。
「あぁそれなら私じゃなくて表がやりましたよ。」
「表?」
純鋭は顔をしかめた。
「今、屡鬼阿さんに渡したファイルに詳細が乗っています。こちらで押収したのはレシートのみ。それもファイルに入っていますよ。」
清晴は作業している手元から視線を離さず答えた。
「被害者:石井弘、68歳。妻と、一人娘がいたが、数年前にアルコールとギャンブルによる妻へのDVがみられ離婚。その後、住所不特定無職となった。地域のホームレス支援団体とはかかわりがあったが、支援者が生活保護の申請を本人に何度か勧めていたが、『家族に浮浪者になっていることを知られたくない』と申請を拒否し続けていた。石井が死亡する数時間前にも支援団体が接触し、本人から発熱を確認したため、団体のメンバーである医師が石井に風邪薬を処方している。死亡推定時刻はその数時間後…発見者はジョギングをしていた通行人。死因はオーバードーズによる急性肝障害。石井の握っていたレシートからは―Dear Rukia―と赤の油性ペンで殴り書きにされており、筆跡に関しては石井のものとも、支援団体のものとも異なっていた。またレシートに残っていた指紋に関してはコンビニの店員の指紋と本人のものしか残っていなかった。」
「あー、表の仕事だな。」
「ですよね。」
純鋭と清晴は呆れながら呟いた。
「表の仕事?」
「どうせ薬飲む前後に大量に酒飲んだんだろ?酒におぼれたやつはなかなか這い上がれねぇからな。頑張って依存症から這い上がろうとするやつは極稀にいるが、クズは本当にクズなんだよ。しかも酒で墜ちるところまで墜ちてプライドだけは無駄に残っていたってことだな。こういう社会的弱者と言われる人に対して制度があるのに」
「こんな人ばかりじゃないと言いたいですが、この人の行いは庇い切れませんからね。…解熱剤にも使われるアセトアミノフェンは小児や高齢者、場合によっては妊婦など、あまり胃に負担をかけず、ある一定の条件を厳守すれば副作用も特にない、幅広く医師が一般的に処方する解熱鎮静剤です。資料の通り発熱していたというならば、支援団体の医師のこのような処方は何らおかしくないでしょうね。」
純鋭は再度大きなため息をついた。
「要するに、自己管理が出来なかったクズ野郎の悪因悪果ってことだろ?」
その言葉とともに縫い合わせていた糸を清晴が切ると、純鋭は手袋を取って屡鬼阿の見ていたファイルを覗き込んだ。
「やっぱり、コンビニで酒を大量に買い込んでるじゃねぇか。」
「酒?」
「あぁお前未成年だから商品名みてもピンと来ないか。」
純鋭は新しい手袋を装着するともう一度、清晴が縫おうとする肉片を寄せた。
「そのレシートに書かれている7点の品のうち5点は酒。で、副作用が生じる条件がその大量のアルコールだよ。」
「その、アセトアミノフェンとアルコールの相性がとてもよくなかったということ?」
清晴はエンバミングしていた遺体の肝臓を掴みながら屡鬼阿へ説明し始めた。
「さっき副作用が少ないアセトアミノフェンといいましたけど、厳密には副作用がないわけではないんですよ。アセトアミノフェンの大半はグルクロン酸抱合という体から排出しやすい形に変えられて代謝されます。しかし一部はCYP2E1という酵素によってNAPQIという物質に変わり、それは肝臓には強い毒性もあるのです。ただ、通常は肝臓自体がその毒性を無毒化する働きがあるため、問題なく使用できます。しかしアルコール入っていると肝臓の働きを鈍らせ毒性は無毒化できない。それだけではなく、CYP2E1という酵素の働きを強くしてしまう。そのため中毒性がとても強くなってしまうのです。今回、司法解剖の結果、血中アルコールの濃度が高く、本来の服薬すべき薬の量の3倍を一気に服薬していた。支援団体曰く、この方は昼ぐらいから、いつもアルコールの臭いがしており、唯一臭いがしない午前8時ころに医師が往診したそうです。医師は何度も念を押して、薬を飲むときはアルコールを飲まないように忠告していたそうですが…胃の内容物もほとんどアルコール。薬を飲むその一瞬だけ水で飲んでいたとしても、体内の中にアルコールが残っていると中毒になる可能性は高いのです。支援団体は基本的に現金を渡してはいけない決まりになっていますが、誰かが特別に渡した…か、盗みを働いたか…臨時的に得た金銭でアルコールを大量に買っていました。決められた用法用量であれば、吐き気や呼吸苦の体調不良の症状は出ますが、まだ命までは落とさなかったでしょうね。」
清晴は、持っていた肝臓を遺体の中に押し詰めた。
「(本物の肝臓を見せながら説明するなんて…)つまり、肝臓の働けるキャパが限界に達していたのに毒ばかりが増えて処理しきれなくなって中毒死したってこと?」
「てこと。…だから事件じゃねーんだよ。酒を飲み合わせたらどうなるかなんて考えずに飲んだ、無知が招いた結果ってことだよ。薬の量が違うのも酩酊状態で服薬意識だけあって飲んだかどうかも判断できないくらいだったってことだろ。」
純鋭は冷たく屡鬼阿に言い放った。
「あまりにも、あっけないわね。」
「社会にはそんなやつが腐るほどいるよ。いや、もう清々しいほど性根が腐ってるな。」
『…』
作業室には何とも言えない変な空気が3人を沈黙にさせた。
無言で黙々と肉片から遺体に形を整えていく作業をしている二人を横目に、
屡鬼阿はもう一度ファイルをみた。
「…、じゃぁなんで事件じゃないなら―Dear Rukia―なんて書いたレシートなんて握っているの?」
『…』
「裏だな。」
「裏ですね。」
純鋭と清晴はお互いの顔を見合わせた。
最後の遺体を紡ぎ終わると、純鋭と清晴はガウンと手袋をはずして作業室のから出た別室で手を洗った。
「集中力はんぱねぇ。俺ぜっったい医者やエンバーマーにはならん!」
「ははは、ありがとうございました。思ったより早く終わったので、同じタイミングで本部にも戻れそうです。」
清晴はにこやかに純鋭に笑いかけた。
「里京さんへの報告…矛盾してしまうな。」
屡鬼阿はなぜかわからないが、レシートに変な違和感を持っていた。
「これ本当に本人のレシート?」
「ええ。警察の行った事情聴取では記載されている時間にしっかりと本人がコンビニに来店していることが店員や防犯カメラでも証言証拠が一致しています。買った内容も間違いないと報告書にはありますよ。」
屡鬼阿はなぜかわからないがモヤモヤした気持ちになった。
純鋭は屡鬼阿のその様子に少し気にかけた。
「腑に落ちないか?」
「死体も情報量が多いのに、真実にたどり着かないし近づけない。」
清晴は3人分のコーヒーをテーブルの上に置いた。
「このスッキリしない感覚が俺は4年、清晴は8年、里京さんは15年続いている。すっきりすることなんて本当に稀なんだ。」
『…』
3人の空間にコーヒーを啜る音だけが響く。
「残されるメッセージも何かあるんだろうな。JokerとRukiaと屡鬼阿が同一人物なのかどうか。これがわかるだけでもだいぶ違うんだけどなー。」
純鋭はお手上げ状態で、背伸びをした。
「すべてが私として考えた場合、想定されることってなに?」
「…その場合は何かの目的がお前自身にあって、同じ組織か、もしくは敵対する組織がお前を争奪しようとしている可能性が高い。ま、憶測だけどな。ただ確実に言えるのは、そのうちのjokerと呼んでくるやつはお前を既に見つけたと、昨日死んでた住職の頭でアピールしている。これは確実なんだろうな。」
「…」
「まぁ、これの対象がすべてお前と決まったわけじゃない。違うのなら無戸籍の“ルキア”と呼ばれている子とjokerが何を示しているかを、一から解いていかないといけないけどな。…あーーーー。今回来たけど、まーったく進展なしだな。むしろ考えることが増えたというか。」
うなだれる純鋭の携帯電話に、着信がなった。
東京
「もう。なんで待たされなきゃいけないの?この人本当にカツカツで時間使いすぎ。」
再び東京に戻ってきた屡鬼阿は純鋭の音楽の仕事につき合わされ、近くのカフェで待つこととなった。不平不満が屡鬼阿の中で渦巻く。
カウンターの隣に一人の女性が座った。
「え?」
「あ、ごめんなさい。隣誰かいたかしら?」
「いえ…」
帽子とサングラスをしていたが、佳代に雰囲気が似ている女性が座った。
いや、佳代にだけ似ているわけではない…。
何か懐かしい気持ちになった。
何度か横目で屡鬼阿は女性の様子を観察していた。
「どうかしたかしら?」
女性は笑顔で屡鬼阿に問いかけた。
「いいえ…何でもない…です。なんか、知り合いに似てて…。すいません。」
(この人、以前もどこかで見たことあった気が…)
「世の中には3人同じ顔の人がいるっていうものね。その知り合いって人にも会ってみたい気もするね。」
女性は再び優しく屡鬼阿に笑いかけ、持っていたタブレットで作業し始めた。
『…』
屡鬼阿はカウンターから眺める外の景色に空虚さを感じていた。
若者からサラリーマン、派手目な服装から地味な服、混沌としたような世界だが、平和が保たれている。
「これが表…」
「え?」
屡鬼阿が言った言葉に、今度は隣の女性が驚いた顔で屡鬼阿を見つめていた。
「あ、すいません。ひとり言です…。」
女性は少し困ったような笑顔で静かに頷いた。
「お待たせ。」
暫くすると隣の女性に男性が声をかけた。
(イケメン…)
「もういいの?」
「いいよ。じゅんちゃんはもう少しかかるけどねー。何食べる?」
そういいながら隣にいた女性は荷物をまとめ男性と一緒に店から出て行った。
(これが普通の暮らしよね…普通に恋して、普通にデートして、普通に暮らす。)
屡鬼阿は頬杖をつきながら、自分のこげ茶の髪の毛を見ながらため息をついた。
目線を先程女性がいたところに向けると足を組んだ純鋭が屡鬼阿を見ていた。
「お前、カフェで寝るなよ?」
「いつの間にそこにいたの?来たなら声かけてよ。」
屡鬼阿は冷ややかに純鋭を見てもう一度大きなため息をついた。
「人の顔見てため息なんて、失礼な奴だ。」
「さっきの人の方がイケメンだったなって。」
「なんだって?俺が自他ともに認めるイケメンなのを知らんな?って俺よりイケメンは2人しかいない。」
「…2人はいるんだね。」
屡鬼阿はもう一度ため息をついたとき、純鋭の携帯がなった。
「2台持ちかよ。」
「ぅるせーなぁ。仕事で使い分けてるんだよ。」
そういうと、純鋭は携帯を取ると険しい表情に変わった。
その表情を見て、屡鬼阿は自分のカフェで広げた資料や荷物をカバンにしまった。
「行くぞ。屡鬼阿。」
電話を切った純鋭はすぐに立ち上がり、自分の車へと向かった。
その二人の様子を白髪の青年が目で追っていた…
「…ビンゴだね♪」
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