29話 魔術師は朝からゲッソリ



「なんか疲れてねぇか?」

「うぇぃ……」



 よほどゲッソリして見えたのか、グレンが私の顔を見るなりそう言う。隠しきれない“お疲れオーラ”が滲み出ていたようだ。

 ……まあ、実際、色々あったので「そんなことないよ」という言葉は間違っても出てこないけど。


(濃ゆい一晩だった……)


 この使い方が合っているかどうかは別として、たった一晩で本当に色々あった。


 言わずもがな、ユリウスさんには行動不能にされかけたし。

 きっと、執事長があのタイミングで入ってこなければ、私は確実に朝まで気絶していたと思う。執事長には感謝しかない。


 あと、マジックボックス開け地獄だ。これに関しては、魔道具の整理整頓をしていなかった私が100パーセント悪い。もう後悔しかない。

 けれど、これを機に魔道具の仕分けをしようにも、数があり過ぎてやる気が起きない。きっと一生このままだ。ごめんなさい。


 そしてあのあと、ようやく見つかった小型式転移魔道具【手紙通信機】は…………使い方がわからなかった。めっちゃくちゃ四苦八苦した。

 見た目はシンプルな長方形の箱型。ボタンひとつで送れるのかと思いきや、そんなものどこにもなく。手紙を魔道具の上に置いたり、下に置いたりしてみても、発動する気配はなし。

 うがああああ!! と頭を掻きむしりそうになっているところへ、ユリウスさんが「これはなんだろう?」と首を傾げ。よぼよぼとそこへ視線を向ければ、魔石が付いている面の上の方に細長い穴を発見。眠さが限界だった私は特に何も考えず、その穴に手紙を突っ込んだ。


 ピンポーン――。


 謎の音と共に魔石は一度ピカッと光り、手紙はその穴の中に吸い込まれて……。どうやら送れたらしかった。確認する方法がないので、なんとも言えないけど。


 そしてその後、私は記憶がないので、おそらく寝落ちたのだろう。

 手紙を送れた時点で、時刻は深夜三時を回っていたし。かろうじて目を開けているような状態だったのは確かだから。


(うん……でも……でもさ…っ)


 朝起きたら…………ユリウスさんに腕枕されてた私の気持ちが、わかるだろうか。


(ングフゥッ……お、思い出しただけで心臓が……)


 めちゃくちゃ暴れる。暴れ馬なんて目じゃないくらい四方に飛び跳ねる。


 きっと――。

 ユリウスさんは寝落ちた私を運んでくれただけなのだろう。それは本当に感謝している。

 けれど…………どうして腕枕なんだろうッ!?

 私のベッドにぶん投げてくれればそれでいいのにッ!!


(目が覚めたら、はだけたエロい胸元と綺麗な寝顔に視界を埋め尽くされて……もう…っ)


 発狂しなかった私を褒めてください。そこでグッと耐え忍んだ私をぜひ褒めて。


(……まぁ、そのあと軽く意識飛ばしたけど……)


 過ぎたる映像と我慢は良くなかった、ということだろう。

 なので、疲れの原因は、手紙を送るのに深夜までかかったということより、朝のソレが大半を占めている。八割はソレと言ってもいい……。





「あの人に連絡取れそうか?」

「一応、手紙は送ってみた。届いたかどうかは別として」

「そうか」

「あ、でも、届いたとしても返事をくれるかどうかは怪しいよ。面倒くさかったら普通に無視するからね、あの人」

「…………」

「魔道具の修理とか大っ嫌いだし。基本、やったらやりっぱなしの人だから」

「望み薄じゃねぇか……。はぁぁぁ、別の方法探すかぁ?」



 余裕がないのか、グレンが珍しく項垂れている。いつもは憎たらしい悪友のそんな姿を見ると、ほんの少しだけ同情心がチラつく。


(封印扉を造ったのが師匠じゃなければねぇ。ドンマイドンマイ)


 口に出したらデコピン攻撃がきそうなので、胸の内に留めておこう。


 師匠の、魔道具師としての腕は確かものだ。変なものばっかり造るけど、その造る速さと正確さは私の遥か上をいく。

 おそらく、今回のようなイレギュラーが起きなければ、一生ものの白光魔道具だっただろう。それにたぶん、自分の造った魔道具を壊されたのも初めてだったのでは……。



「あ、そうだ。肝心なこと聞き忘れてたけど、なんで封印扉壊れたの?」

「あ? 今さら聞くのかよ」

「今さらって……。私はそっちから言ってくると思って待ってたんだけど?」

「俺はお前が聞いてこねぇから言わなかっただけだが?」

「「 ………… 」」



 こういうのをコミュニケーション能力の欠如というのかもしれない。





「……それで、壊れた原因ってなんなの?」

「妹の裏拳」

「…………」



 聞き間違いだろうか。なんか……妹とか、裏拳とか、聞こえたような気がするんだけど。



「……なんで壊れたの?」

「あ? だから、妹の裏拳だって言ってんだろ。【呪具の保管庫】の近くを散歩してたら虫が飛んできて、手で振り払おうとしたら封印扉にぶつかっちまったんだと。本人もまさか一撃で破壊できるとは思わなかったみたいだけどな」



 ……聞き間違いじゃなかったのか。



「あんたの妹、やばいな……」

「否定はしねぇ。ただ、お前の旦那には負ける」

「……ソダネ」



 確かにユリウスさんなら、封印扉くらい簡単に壊せそうだ。ドラゴンを素手で殴る人だし。


(でも一応封印扉って、ドラゴンブレスも防げるくらい頑丈なんだけどね……)


 もともとちょっと壊れていたのかな、と現実逃避する。だって、華奢な令嬢の裏拳がドラゴンブレスより強いとか想像したくない。



「……妹、三人いたよね。壊したのどの子なの?」

「長女」

「一番上の子…………ん? どこ所属だっけ? 確か、次女ちゃんは治癒師団で、末っ子ちゃんはまだ学生――」

「引きこもり」



 と言った、グレンの顔がいつになく険しい。私がバカやらかした時よりもひどいかもしれない。



「仕事はしてねぇ。結婚もしてねぇ。そもそも婚約者がいねぇ。加えて、出不精で家の敷地外にすら出たがらねぇ。立派な引きこもりだ」

「へぇ……。引きこもり……」

「引きこもり」

「…………引きこもりの裏拳がドラゴンブレスを上回――」

「言うな。それ以上、何も言うな」

「……へい」



 どうやら、グレン本人もそれを認めたくないらしい。『言うな』という圧がすごい。


(長女ちゃん……。どんな子なんだろ?)


 すごく気になる。

 けれど、グレンの様子を見るに、あまり深堀りはしてほしくなさそうだ。それに、引きこもっているというのなら、理由があってのことだろう。興味本位でつつくべきではないか。


(それにしても、私の周りには物理的強者が多いなぁ)


 遠い目になりながら、そんなことを思う今日この頃。




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