★ 夫の寝ている間に



 黒牙騎士団の団長室にて、ユリウスさんと会えた日から三日後。

 いつも通り定時で家に帰ると、寝室のベッドで死んだように眠るユリウスさんの姿があった。

 上着を床に落とし、シャツの首元のボタンを外し、倒れ込んだかのようにベッドにうつ伏せで。すすすーっと、顔が見える位置へ移動してみると――。



「クマがひどい」



 【八両の森】の管理棟で会った時よりもひどい。

 三日前に黒牙騎士団の団長室で別れた後から、ずっと書類仕事をしていたのだろうか――徹夜で。



「あの副団長さんなら、ありえる」



 あれはたぶん仕事の鬼だ。いや、絶対にそう。

 よかった、あの人が上司じゃなくて。



「……よく寝てる」



 そっと手を伸ばして、クマの部分を指で優しくなぞってみる。

 この前は手を近付けた瞬間に起きたけど、今日は起きる気配がない。そのまま静かな寝息をたてて眠っている。



「…………」



 特別何を思ったわけでもなく、それはただなんとなく。

 音を立てないようにそっとベッドの脇に座り、寝ているユリウスさんの顔を改めてまじまじ観察してみる。

 起きている時だと、不意打ちの微笑み攻撃があるのであまり見れないから……と、適当な理由をつけて。

 そして、瞬きも忘れるくらいジーッと見つめて数秒後。



「なるほど」



 ひとり静かに呟き――



「こういうのを『イケメン』って言うのか」



 と、深く納得した。



「なるほどなぁ」



 あれは確か……『離婚してやる!』と喚いていた頃だったか。

 副団長上司にこんなことを言われたのだ。


『お前の旦那、超モテるぞ』――と。


 あの時はそれどころじゃなかったから軽く流したけれど、今なら「でしょうね」とドヤ顔で肯定できる。



「ユリウスさんはかっこいい」



 そう呟いて何度も頷く。

 私はあまり人に興味がないから、好きな顔のタイプなんてなかったけど、ユリウスさんの顔は何時間でも飽きずに見ていられる気がする。

 こんなにまじまじと見たのは今日が初めてだけど。

 でも、飽きずに見ていられる――見ていたいと思うのはきっと、『顔がいい』からだ。つまり、『イケメン』もしくは『かっこいい』ってこと。



「私にもわかってしまった」



 今まで面食いな友人の言うことがイマイチ理解できなかったけど、もう大丈夫。これからはしっかり話についていける……はず。



「ふふふっ」



 笑いをこぼしながら、ユリウスさんの頬をすりすりと撫でる。

 とてもいい触り心地だ。


 コンコンッ――。


 扉を叩く控えめなノック音に、撫でていた手が自然と止まる。


(夕飯にはまだ早いよね?)


 なんだろうと不思議に思いながら、返事をしようとして――やめた。

 ここで声を出したら、ユリウスさんが起きてしまうかもしれない。

 だから返事はせずに、そっと扉を開けることにした。



「……執事長?」

「ご休憩中のところ、申し訳ございません」



 開けた先にいた執事長が申し訳なさそうに軽く頭を下げる。



「大丈夫大丈夫。私はユリウスさんの寝顔見てただけだから」

「左様でございましたか」

「……なんか嬉しそうだね?」

「はい。とても良いことがございました」



 そう言って執事長は笑みを深めるけれど、その理由はなぜか教えてくれなかった。

 ちなみに、執事長がここへ来たのは、夕飯まで少し時間があるためお茶でもどうかとのこと。なんでも新しいブレンドの茶葉が今日届いたばかりなのだとか。

 執事長の淹れてくれるお茶はとっても美味しいからぜひ飲みたい。



「談話室の方へご用意致しますので、そちらでお待ち下さい」



 寝ているユリウスさんを置いていくのは少し名残惜しかったけど……。


(一人の方がよく眠れるかな)


 そう思い直して、執事長に「よろしくね」と返してから談話室へと向かう。


(夜ご飯は久しぶりに一緒に食べれたらいいな)


 自然と浮かんだ笑みと共に、そんなことを思って――。









 だから、私は知らなかったのだ。



「狸寝入りは些か悪趣味かと」

「……起きるタイミングを逃しただけだ」



 実はユリウスさんが起きていたという、驚愕な事実を……。




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