25話 魔術師のお出迎え



「本当にここにいていいのかなぁ」



 私は今、黒牙騎士団団長室にて、心許なげに部屋の中を行ったり来たりしている。

 決して、仕事をサボっているとかそういうことではない。まったくもって違いますとも。

 ではなぜ、こんなところに一人でいるのか。

 それを知るには、ほんの少し時間を遡ってみよう――。





「ユリウスさん、まだ戻ってないんですか……」



 実は今日、アラームケロンの討伐任務を完遂したユリウスさんが帰ってくる日。

 仕事が一段落した私は、ユリウスさんを訪ねて黒牙騎士団にやって来たのだけど、まだ少し早かったらしい。残念。



「せっかく来て頂いたのにすみません」



 申し訳なさそうな笑みを浮かべ対応してくれたのは、黒牙騎士団の副団長さん。私が一方的になんとなく苦手としている、あの副団長さんである。

 別に話したくないというわけではないけど、ユリウスさんがいないのなら長居は無用だ。



「いえ。私もいきなり来てすみませんでした。それでは――」

「エルレイン様」

「な、なんですか?」

「よかったら団長室でお待ちになりませんか? そろそろ戻ってくると思うので」

「…………」



 爽やかすぎる笑顔がなんとも胡散臭い。

 いくらアラームケロンの討伐任務が終わったとはいえ、仕事は山積みのはずだ。

 そしてきっと彼は仕事人間というやつ。ユリウスさんがよく「鬼だ、あいつは……」と疲れたように呟いているので間違いない。

 私がここに留まると、きっと仕事の邪魔になる。

 それなのに、わざわざ引き止めるのはなぜか?


(なんか……裏がありそうで怖いな……)


 ここは素直に帰ろう、そうしよう。



「別に裏なんてありませんよ?」

「えっ!?」



 大丈夫です、と断ろうとした瞬間にまさかの心読み。しかも淀みない綺麗な笑顔で言ってくるから更に怖い。

 怒っているのだろうか……? 怒っていないと思いたい。



「大丈夫。怒ってませんよ」

「……心の中、読めるんです?」

「いいえ。エルレイン様が特別わかりやすいだけです」



 笑顔のままスパッと言われて、ポカンとする。



「自覚なしですか。先ほどからずっと百面相してましたよ」

「…………すみません……っ」



 そっと、両手で顔を覆う。

 恥ずかしい……。自覚がなかっただけにものすっごい恥ずかしい……。


(だから嘘ついてもすぐバレるのかっ)


 私の嘘下手は主に顔のせいだったことが発覚した瞬間であった。

 ポーカーフェイスって難しい……。


 ――そしてその後。

 羞恥心に悶えながら、副団長さんの勧めで団長室へ移動。

 赤くなっているだろう顔を両手で覆いながらソファーに座っていると、副団長さんはお茶とお菓子まで用意してくれて。さすがに対応が良すぎると訝しげば、「私なりの感謝の気持ちです」と爽やかな笑顔で返される。



「私、何かしましたっけ?」

「魔道具を提供して下さったでしょう? それに、貴重な結界魔道具まで貸して頂いて。おかげで本来ならもっと時間がかかったであろう任務が短くなって、皆、感謝していますよ」

「あ……」

「もちろん、私も感謝しています。ありがとうございました」

「い、イエ……」



 【ケロッとストッパー】に対するお礼だったのかと納得して、面と向かってお礼を言われるのはなんだか照れるなぁ、なんて思いながらお茶に口をつける。



「まぁ、本当はこの間の件について文句の一つでも言おうと思っていたんですけどね」

「ごふっ」



 変わらない笑みのまま言われた言葉に思わず咽せる。

 この間の件――それは、私が書き置きだけしてリーン村へ行ったせいで、ユリウスさんが仕事そっちのけで追いかけに来てしまったあの事件のことだろう。

 確かあの時、ユリウスさんは「副団長がストレスで凶暴化している」とかなんとか、ちらっと言っていたはずだ。原因をつくった私に、恨みがあってもおかしくはない。



「…………その節はご迷惑をおかけして、本当にすみませんでした……」

「いえいえ。それに関しては今回の件でチャラにしましょう。過保護すぎる団長にも問題はありましたしね」

「あはは――」

「次はありませんけど」

「…………」

「冗談ですよ」

「ハハ……」



 絶対嘘だっ!! という言葉はなんとか飲み込んだ。

 副団長さん、笑顔のままなのに威圧感がものすごい。顔だけで「わかってるよな?」って言ってるのが嫌でもわかる。

 さっきはこの間の件はチャラって言ったけど、絶対根に持ってる。私にはわかる、絶対根に持ってる。

 そっと視線をそらして、これ以上墓穴を掘らないよう大人しくお菓子を頬ばることにする。触らぬ神に祟りなし。



「では、そろそろ団長が戻ってくる時間なので、私はこれで失礼しますね」

「え?」

「エルレイン様はここで団長をお待ちください」

「え、あ、お茶とお菓子、ありがとうございましたっ」

「どういたしまして。……あ。きっと相当お疲れだと思うので、ご機嫌取りお願いしますね」

「へっ?」

「書類仕事、山積みですので。それでは失礼します」



 軽く頭を下げたあと、静かに部屋を出ていった副団長さん。

 一人団長室に残された私は、



「ご機嫌取りって……何?」



 お菓子片手に、呆然とするしかなかった――。





 そして、冒頭に戻る。



「屋主の留守中に呑気にお茶とお菓子食べてるって……どうなの?」



 副団長さんが用意してくれたとはいえ、冷静になればなるほど不安になってきた。

 ユリウスさんだから怒られることはないと思うけど…………いや、どうだろう。一応、仕事場だから判定は厳しくなるかもしれない。



「怒られないことを祈ろう……」



 最早、私にできることは何もなく。

 ガチャッ――と。



「あっ」



 まさに、『ナイスタイミング!』と言わんばかりに開く扉には、諦めしかなかった。

 お茶やお菓子を隠すヒマすらなかった。本当に運がない。

 どうしよう、と内心焦りながらも開いた扉を見つめていると、入ってきたのはもちろんユリウスさんで。声をかける前にバッチリ合った目と目。



「…………」

「あ、あの――」

「エルレインの幻覚が見えるなんて、相当疲れているな……」



 眉間を押さえながらそう呟くユリウスさん。

 まさか怒られるよりも先に幻と疑われるとは思わなんだ。



「今日は仕事もそこそこに早く帰ろうか……」

「あの、ユリウスさん。私、本物です」

「…………」

「本物、です」



 ユリウスさんを見つめながらそう言えば、驚いたように目を見開いたあと、一瞬で間を詰められる。そしてそのまま、無言でジーッと凝視されて。



「ゆ、ユリウスさ…………うぎゃあっ!?」

「はぁー」



 突然、ぎゅーっと抱き締められて、耳元で深い嘆息。



「あー、確かに本物のエルレインだ」



 なんだか嬉しそうな声色ですりすりと頬ずりされて、逃げる隙もないほどの抱擁。

 心臓はドッキンドッキンうるさいけど、馴染みある柑橘系の香りには不思議と気持ちが落ち着いて。



「えっと……お疲れ様、でしたっ」



 口からそんな言葉がこぼれたあとは、自然とユリウスさんの背中に手が伸びて――ぽんぽん、と優しく叩いてみる。



「エルレイン……!」

「うぐっ!」



 感極まったような声と共により一層きつく抱きしめられ、グッと息が詰まる。


(ゆ、ユリウスさんにしては珍しい反応……!)


 なんて思いながらも、あまりの苦しさに身の危険を感じ、「ぎ、ギブ!」と叫びながらユリウスさんの背中をバシバシ叩く。



「ん? あ、悪い……!」



 私が苦しんでいることに気付いてくれたようで、すぐに離してくれるユリウスさん。

 ふうー、と深呼吸をしてからその顔を覗き込めば、どことなく申し訳なさそう。


(ふむ。最近、ユリウスさんの表情の違いがわかるようになってきたぞ)


 ちょっと誇らしく思いながら、ふふっと小さな笑いがこぼれる。

 そういえば、ユリウスさんにまだ言っていない言葉があったな――。



「ユリウスさん」

「ん?」

「おかえなさい!」



 目一杯の笑顔でそう言えば、ユリウスさんは驚いたように目を見開いてフリーズ。どうしたんだろ? と首を傾げながら声をかけようとした瞬間、またもやぎゅーっと抱き締められて。口から奇声が飛び出るよりも先に――



「ただいま」



 耳元で吐息まじり、色気たっぷりの不意打ち。


(う……あああああぁぁぁ!!)


 奥歯をグッと噛み締めて、心の中で叫び散らす。顔は言わずもがな、真っ赤に茹で上がっていることだろう。

 だって、自分でもびっくりするくらい顔が熱いっ!



「ゆ、ユリウスさんっ、し、仕事は……!」

「んー」

「ユリウスさん、仕事……!」

「んー」

「ユリウスさん……!」

「んー」



 私の頭にグリグリと頬ずりをしながら、なんとも気のない返事。

 なんというか、仕事する気配がまるで感じられない。


(……副団長さんに怒られそうだなぁ)


 そうは思うものの、お疲れなユリウスさんを見たら急かすこともできず。

 その後、痺れを切らした副団長さんが「仕事してください」と、凄みのある笑顔で突撃してくるまで、抱き締められ続けたのだった。




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