23話 魔術師と魔力溜まりの湖



「これは……」

「まさか、ですね……」



 お互い困ったような表情で顔を見合わせる。

 私たちが覗き込むようにして見ていたのは、アラームケロンで埋め尽くされていたという、あの湖。

 少しでもこの異常繁殖の手がかりがあれば、と思って来てみたわけだが。



「湖が――“魔力溜まり”になってるなんて……」



 ものの一瞬で、原因がわかってしまった。

 少しでも怪しいと思った自分の勘が怖い。



「元は普通の湖だったんですよね?」

「あぁ、そのはずだ」

「“神の三遣い”……出てきませんよね? 魔力溜まりができる場所にはいるって聞きますけど……」

「…………」

「え……?」



 無言はほぼ肯定ですよ!? と言いながらユリウスさんの体を揺さぶる。全然揺れないけど。



「俺もいないと言いたいが、神の三遣い以外が原因で魔力溜まりができることはあるのか?」

「…………」

「ないだろう?」

「うぐっ」



 返す言葉がない。

 今のところ、魔力溜まりができる原因とされているのは、神の三遣い――“精霊”“聖獣”“加護持ちドラゴン”がいる場所。棲家、もしくはある一定の期間その場に留まっていなければ、魔力溜まりはできない。



「……八両の森に三遣いがいるなんて話、聞いたことないですよ」

「俺もないな」

「何かの間違いでは?」

「目の前に魔力溜まりがあるのに?」

「むぐぅ」



 この森に、神の三遣いがいるなんて報告は確かにない。

 けれど、目の前の湖が豊富な魔力を含んでいるのは確か。



「…………調べますか?」

「そうだな」



 しかし、見た目は普通の湖だ。

 調べるならこの中に潜らないといけないわけだが……。


(いやいや。そんな勇気ないわ)


 無理無理、と首を横に振る。



「部下の人たち呼んでからの方がいいですね……」

「いや。確認するだけなら、俺だけで問題ない」

「は……えぇ? も、潜るんですか!? 一人で!?」

「あぁ」

「危ないですよっ!」

「だが、部下を呼んだところで潜るのは俺だぞ?」

「む、むぅ……」



 平然とした顔でそう言われたら、何も言えないじゃないか。

 ……いやしかし、湖の中に魔物がいないとも限らない。

 それこそ、アラームケロンがまた舞い戻っている可能性もある。

 やっぱり、一人で潜るのは危な――



「湖の中でも陸とそれほど変わらずに戦えるから問題ないぞ」

「…………」

「なぜ睨む?」

「心の中を勝手に読むから……」

「それだけ百面相していれば、読まなくてもわかる」

「ぐぬ……っ」



 皺でも寄っていたのか、眉間をつんつん突かれる。


(……楽しいのかな)


 ユリウスさんの口角が、若干上がっているような……。

 初期の私では気付けないだろうレベルの変化だ。

 試しにもっと眉間に皺を寄せてみたら、小さな笑い声と一緒に指の腹で撫でられた。

 ちょっと恥ずかしい……。



「あ……あのっ」

「ん?」

「せめてユリウスさんが潜ってる間、結界は張らせてください!」



 斜めがけにしていた魔法鞄マジックバッグ(内部拡張のみ付与)から魔道具を一つ取り出す。



「各所に設置してる結界魔道具の小型版なんですけど、この湖くらいなら囲えるので」



 結界魔道具を製作した際、素材が余ったので気まぐれで創った【劣化版・結界魔道具】。

 正規版に比べると、範囲も強度も持続性もすべてが劣っていて、売り物にはならない代物だ。だからこれは完全に私だけの物となっている。



「小型版もあったのか」

「一応。正規版に比べると性能面はかなり劣るんですけど」

「結界魔法は使わないのか?」

「…………」

「エルレイン?」

「いや、その、なんというか、そっちはですね……色々とこう、ものすっごい疲労感がありましてですね……」



 すすー、と視線をそらす。

 使えたら便利かも、なんて思って構築してみたはいいものの、実は結界魔法これ……かなり難まみれだったりする。



「魔法を発動する時、結界を張る範囲と強度を指定するんですけど……」

「あぁ」

「これが…………ものすーっごい、しんどいんです」

「しんどい?」

「はい。全神経と全集中力を注ぎ込むので。ついでに魔力もごっそり持っていかれます」



 どれくらいかって言われると、説明するのは難しい。

 人によって保有できる魔力量には差があるし。


 でも、ただ言えることは、結界魔法は単発型ではなく継続型だということ。

 結界を張り続けている間は、ひたすら魔力を取られる状態にある。さらに、結界の範囲と強度をコントロールし続けないといけないのでそこも辛い。



「自分で構築しといてアレですけど、結界魔法を魔法で使うのはやめた方がいいと思います。ぜひ、結界魔道具の方をオススメしたいです」

「かなり希少な素材を使っていると聞いたが……。売り物にできるのか? 主に金額的な意味で」

「…………」

「それとたぶん、国の許可も必要になると思うぞ。国外への流出は避けたいだろうから」

「……一応、結界魔法の術式を構築し直すこともできるんです。でも……」

「ん?」

「私はこう、のめり込むタイプなので…………一度手を付けると、たぶん……なかなか家に帰らないかもで……」

「あぁ……、なるほど」



 耳に届いたのは、予想よりもずっと落ち着いた声色。


(あ、あれ? もっと前のめりで否定されると思ったんだけど……)


 むしろ、“だろう”ではなく“絶対”くらいに変な自信があったのに。

 これだと私、思いっきり自意識過剰では?


(…………今すぐ土に還りたい……ッ)


 イィィヤァァァ、と心の中で叫びながら唇を引き結んで羞恥心に耐える。

 こんな変な自信を身に付けるとか、新婚マジックって怖い。



「エルレイン」

「ひゃいッ!」

「……それは俺が堪えられない」

「へ? …………ふぎゃっ!?」



 油断していたところに、まさかの熱い抱擁。

 ぎゅうっ、と抱き締められて身動きが取れない。

 けれど、ふわりと鼻をかすめた馴染みある柑橘系の香りに、なぜか心穏やかになる自分もいる。

 なんとも言い表せない矛盾だ。



「俺が言えた義理ではないとわかっている。それに、エルレインの邪魔をしたいわけでもない。だが……」

「だ、だだ、だがッ?」

「エルレインのいない家は……寂しい」



 耳元で聞こえた小さな囁き。

 いつもより覇気のない声色と、微かに力が込められた腕。


 私は――ぎゅっと、奥歯を噛みしめ。

 そして……。


(こんなの拒否れないよぉぉぉ!!)


 心の中で叫んで、体中に力を入れて悶えた。

 強い人が突然見せてくる弱気って、みぞおちにギュンギュンくる。こんなところでまさかの新発見。

 しかし、このままでは私自身が使い物にならなくなるのでなんとかしよう。



「だ、大丈夫ですっ、術式の再構築はやるつもりしてないので! と、とと、とりあえず、湖の調査をっ!」

「……そうだな」



 すっ、と離れていく体に小さく安堵する。

 けれどそこには、ほんの少しの名残惜しさもあって。


(うぅぅ、恐るべき新婚マジック……)


 恥ずかしさに歯を食いしばる。



「えっと、湖全体に結界を張るのでそこそこ安心して潜ってください」

「ありがとう。それでは……」

「え!? そのまま飛び込むんですか!?」



 服を着たまま飛び込もうとするユリウスさんに待ったをかける。



「服、重くなりますよね? 脱いだ方がいいんじゃ……」

「いや。たぶん、このままの方が安全だぞ。確かに脱いだ方が楽だが、この服は特殊な素材で出来ていて、ある程度の攻撃なら防げるほど頑丈なんだ」

「……へぇ」



 初耳情報。

 普通の服だと思っていた団服にそんな性能があったとは。


 興味津々でユリウスさんの服の裾をすりすりと触ってみるが、私が着ている服とそこまで差は感じない。

 ただ、なんとなく魔力の気配はあるので、魔獣の毛を織り込んでいるか、防御魔法の紋様を刺繍してあるのかもしれない。



「なるほどなるほど……」

「まぁ、脱いで欲しいと言うなら脱ぐが」

「ぬ…………えっ!?」

「脱ぐか?」



 こっちが混乱している隙に、襟の留め金を外そうとしているユリウスさん。

 なんとか我に返り、ユリウスさんの手を両手でガッチリと掴む。



「着たままの方が安全みたいなのでこのまま行ってくださいッ!!」

「いいのか?」

「いいんですッ!!」



 お願いだから脱がないで! という気持ちを込めて、ユリウスさんの手を襟から引き離す。



「顔赤いな」

「誰のせいですかッ!」

「はは、俺のせいか。……行ってくる」

「ぴぇッ」



 珍しく声を出して笑った後、ごく自然な流れでおでこにキス。

 油断していたせいで変な声が出た……。


 そしてユリウスさんは、湯気が出そうなほど真っ赤になった私を置いて。無駄のないとても綺麗なフォームで、湖に飛び込んでいった。




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