21話 魔術師、夫から学ぶ



「えっ! 私たちが来ること、知らされてなかったんですか?」

「……あぁ」



 バツが悪そうに頷くユリウスさんを見て、なるほどなぁと納得する。

 寝惚けていたとはいえ、私を見て「いい夢だな」というのは、ちょっとおかしいと思っていたのだ。来ることを知っていたのなら普通、「無事着いたんだな」とか「早かったな」とか、そんな言葉を口にするはずだから――



「知っていたら途中まで迎えに行ったんだが」



 ……なるほど。

 ユリウスさんに“待つ”という選択肢はなかったか。

 もしかしたら、黒牙の副団長はそれがわかっていたから、あえて伝えなかったのかもしれない。


(私を迎えに行くより、仮眠を取る方が絶対に大事だもんね)


 気持ちは嬉しかったけど、もっと自分を大切にしてほしいと思う今日この頃であった。





 ◇ ◇ ◇





 ユリウスさんを連れてリルと騎士君に合流後。

 当然、ユリウスさんは自分に報告がなかった理由を、騎士君に尋ねたのだが……。



「副団長から、『団長には決して伝えるな』と指示されていたもので……。奥様が来ると知ったら、絶対迎えに行きたがるだろうからと」

「…………」



 無表情のまま反論もせず黙るユリウスさんを前に、図星みたいですねと騎士君は苦笑い。

 どうやら、私の予想も間違ってはいなかったらしい。

 恥ずかしいような、嬉しいような、なんとも言えない気持ちだ。



「……行くなと言うなら大人しくしている。知っていれば、起きて出迎えることができただろ」

「『休憩時には仮眠を取らせろ』と、副団長から指示がありまして」

「またあいつか」



 黒牙の副団長は一体何者なんだろう?

 ユリウスさんのパーソナルトレーナーか何かか。



「立場は俺の方が上のはずなんだが」

「団長は物理攻撃の最強ですが、副団長は精神攻撃の最強です。そして自分はあまりメンタルが強い方ではなく……」



 何を思い出したのか。騎士君の顔色がだんだんと悪くなっていく。

 本当、黒牙の副団長って何者だ。



「……わかった。この件に関しては目をつぶる」

「すみませんでした……」

「まったく、あいつには厳重注意だな」

「ぜひ、お願いします。そりゃあもうガッツリと」

「あ、あぁ、わかった……」



 前のめりな騎士君に、ユリウスさんが若干引いている。

 部下からこんな風に言われるなんて、黒牙の副団長は意外と問題児なのだろうか。



「どこにでも問題児っているんですね〜」

「……なんで私のことガン見してるのかな」

「あれれっ。失礼しました」



 てへっ、と可愛く笑えば誤魔化せると思っているのか、この後輩は。悪気のない素直さもここまでくると――



「……あの。なんでユリウスさんたちも私を見るんですか」



 なんか視線を感じるなと思ったら、なぜか二人までこちらを見ていて。さらに、なんとなく感じるその雰囲気は……。



「私のこと、自分たちの副団長と同類だなぁとか思ってます?」

「「 ………… 」」



 サッ、と視線をそらす二人。

 その反応はもう、『思ってます!』と全力で肯定しているようなもので……。

 とはいえ、問題児というだけで一括りにされてしまうのは…………なんか嫌だ。



「言っておきますけど。私はちょっと好奇心旺盛なだけで、意図的にやっているわけじゃありませんからっ!」



 声高々に堂々と。


 同じ問題児でも、そっちの問題児とは全然種類が違うのだと。

 そこだけはきちんとわかってほしいと。

 それに、私の場合は好奇心さえ抑えられれば、問題児を脱却することは可能なのだと。


 そんなことも、簡単に付け加えると……。


『そういう問題じゃない』


 とでも言いたげな顔で、三人から綺麗に首を横に振られた……。





 ◇ ◇ ◇





「管理棟の部屋って、だいたい四人部屋なんですね」



 ユリウスさんの指示のもと、管理棟内に魔道具ケロッとストッパーを設置するため一番手近な部屋を開けると、壁を頭にして左右二台ずつベッドが置かれていた。

 ついでに各ベッドの横には、一人用の机とイスまで完備。

 部屋びちびちにベッドを詰めたら合計で八台は入りそうなので、適度な距離感を保てるいい広さだ。



「ここを使う時はストレスの溜まる任務が多いからな。精神面を考えてこれ以上の人数は入れないことにしているんだ」

「なるほど。……でもそれなら、部屋を小さくして一人部屋にしてもよかったですね」

「あぁ、最初はそういう造りだったらしい」

「え?」

「あとからこういう形に直したんだ。いろいろと問題があって――」



 ユリウスさん曰く、出来た当初は全室一人部屋という贅沢な造りだったらしい。

 終始団体行動を余儀なくされる騎士たちにとって、ほんの数時間でも一人でいられる場所があるというのは願ったり叶ったり。狭いテントにぎちぎちの雑魚寝状態だった頃よりも、騎士たちの調子は目に見えて良かったという。


 しかし、一人部屋になったことで起こってしまった珍事があったそうで……。



「たった二週間の泊まりで、部屋を腐海にした者がいたらしい。他の部屋とはとても同じ造りの部屋には見えなかったそうだ」

「え? 腐海?」

「こっそり持参した食料と、森で採取した食べ物をずっと部屋に放置していたんだ。森で採取した食べ物の中には、少し特殊な物もあったらしく、持参した食料と悪い方向に反応したと言っていたか」

「え。怖……」



 想像しただけで気分が悪くなる。

 そんな部屋を、二週間で作り上げたという事実は確かに怖いけど……。

 腐海となったその部屋で、普通に寝ていたというその人の方が、私はもっと怖い。



「他には、暗殺未遂なんかもあったな」

「あ……暗殺……」



 というのも、遥か昔から対立関係にある家同士の息子たちが、別々の団に所属していたにも関わらず、合同任務により偶然一緒になってしまったことがあったらしい。

 その際、一日だけこの管理棟を使った夜のこと……。



「まったく同じ時間に二人して相手の部屋に忍び込んで、運良く未遂で終わったんだ」

「すごいタイミングですね」

「お互いに小さい頃から暗殺術を親から学んでいて、『人間が深い眠りに落ちている時間帯を狙え』と教えられていたようだ。そして偶然にも、その予測方法がまったく同じだったことでタイミングが合ってしまったと」「仲は悪いのに、馬は合いすぎですね……」

「そうだな」

「それにしても、なんでそんなことがあったってわかったんですか? 結局、何もできなかったんですよね?」

「二人の仲の悪さを知っていた団長たちが見張っていてな。相手の部屋から出てきたところを捕縛したらしい」

「筒抜け……」



 暗殺未遂って聞いた時はちょっと怖かったけど……。

 話を聞き終わった今は、そんなアホな人って本当にいるんだなぁとつい呆れた。しかも、仲は悪いのに馬は合うとか……結構、悲惨な気がする。

 きっとこの先、一生、暗殺は成功しないだろう。私にはわかる。



「あと一番多かったのは、男女関係のいろいろだな」

「たとえば?」

「……聞きたいのか?」

「聞きたいです!」



 きっとそれが一番面白いに違いない。


 実は――痴情のもつれの末、生み出されるその場限りの突発性魔法というものが、この世には存在する。

 それは、その時に埋め尽くしていた感情が具現化したものである可能性が高く。同じく浮気をされた人でも、その時の感情は人によって差があるからなのか。放たれる魔法に類似性はないのだ。


 ――子供の頃。

 一体どこで引っ掛けているのか。街へ買い物に行くたびに攻撃されていた、女たらしの我が師匠。

 その女性たちの、激しい感情が乗った叫びと共に繰り出された数々の突発性魔法は。決して私では創り上げることのできないその魔法は。

 怖い――と確かに思うのに、なぜか目を奪われるほどの強い何かがあった。実際、威力も半端じゃなかった。

 『一度として同じものはない』そんな魔法に、私が興味を持たないのは到底無理な話で――。



「どんなことがあったんですか?」



 と、突発性魔法について知らないだろうユリウスさんに、つい上機嫌に尋ねてしまっていた。



「…………」

「ユリウスさん?」



 静かに私を見つめるユリウスさんの目が、優しい笑みを浮かべるように細められる。

 思わず、ドキリッと胸が鳴る。



「そんなに聞きたいのか?」

「は、はい」

「本当に?」

「は、い……」



 ――怒っている……わけじゃない。

 だって顔は笑っているし、声も優しい。雰囲気だっていつもより穏やかなくらいで、怖さなんて一ミリも感じない。


(だけど……。それならなんで……)


 ――私は今、こんなにも逃げたいの?



「エルレイン」

「は、はいっ」

「おいで」

「へっ?」



 今だって、手を伸ばせば触れる距離にいるのに。もっと近くにおいでと、ユリウスさんは手招きをする。



「え、っと……」



 嫌なわけじゃない。

 これっぽっちも嫌だなんて思ってない。

 思ってないけど……でも……。



「あまり大きな声で話せる内容ではないんだ」



 と、困ったように。

 けれどなんとなく、追い打ちをかけるように。



「おいで」



 と、優しい声色でもう一度手招きをされてしまったら――。



「……は、ぃ…」



 それを私が無視できるはずもなく。

 すでに早打っている心臓を落ち着かせようと、深呼吸を一回。

 そして、あからさまにたどたどしい動きで、寄り添うくらいの距離まで近付いて。『これでいいですか?』と尋ねるように見上げれば、ユリウスさんは一度小さく笑ったあと、さらに顔を寄せてきて――



「かなり濃厚な内容だが……本当に聞くのか?」



 耳のすぐ傍で、吐息混じりの低い声。

 思わずビクッと肩が跳ねると、今度はそっと、ユリウスさんの指が唇に当てられて。



「ここもまだなのに、それ以上先の話なんて聞けるのか?」



 と、優しく囁かれたタイミングで……。


(もゔッ!! 無理ッ!!)


 カクーン、と腰が抜けた。

 ものすごく自然な抜け方だった。



「おっと。大丈夫か?」



 私が腰を抜かすと予想でもしていたのだろうか。膝が床に着く前に、抱きとめてくれたユリウスさん。


(なんか、からかわれたような気もするんだけど……。気のせい?)


 不審に思いながらも、体がずり落ちないようにユリウスさんの背中に手を回してしがみつく。



「それで?」

「え?」

「続きは聞くのか?」



 と、なぜか楽しげにそう尋ねてくるユリウスさんに、私は――



「やめますっ」



 と、きっぱり断るのだった。





 ――その後。

 思ったよりも魔道具の設置に時間がかかってしまい。暗くなってから戻るのは危ないということで、私たちも管理棟へ泊まることに。

 任務を一旦切り上げ、戻ってきた騎士たちからは、



「「「 ありがとうございます!! これでやっと眠れる……っ 」」」



 と、泣き喜びの言葉をもらい。

 そのお礼にと、大量の素材を貰い受けたのだった。



「あ! 欲しかったのがある!」



 と、一人はしゃぐ私の隣で。

 ユリウスさんがとても優しい顔で私を見つめていたことは、のちに、上機嫌なリルから聞かされるのであった。




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