第37話 くっそうまい夜食

 夜十一時頃。

 夜型で主にこの時間から何かをやり始める俺は、気合を入れるために買っておいたエナジードリンクを冷蔵庫から取り出した。


 今日は勉強だけじゃない。

 他にもやりたいことがある。

 

「あれ? 歩夢はまだ寝ないの?」


 パジャマ姿で眠そうに目を擦る茜。

 茜は高校生にしてはよく寝る方で、この時間に大体寝ている。


「あぁ。これからが勝負なんでな」


「……そっか。勉強じゃなくて……小説も?」


「……あぁ。今日は、主に後者がメインだ」


「そっか……えへへ。やっぱり歩夢は頑張り屋さんだ」


「んなことはねーよ」


 本当にそんなことはない。

 元がよくない俺は、ただ努力するということしか選択肢がなかっただけに過ぎない。


「いやいや、審査員の私が満点をつけてます。だから、歩夢は頑張り屋さんだぁ」


「……そかそか。ありがとな。お前はもう寝ろよ?」


「うん! ふはぁ~」


 大きなあくびをしながらリビングから出ていこうとする茜。

 すると立ち止まって、何かを思い出したように振り向いた。


「私寝始めの時絶対起きないじゃん?」


「そうだな」


 それに何度苦労させられてきたことか。



「だから……夜中に私のこと襲っても、大丈夫だからね?」



 茜が平然とそんなことを言った。

 ことあるごとに、茜はそっち系の話ばかりするな……。


「それはしてくれって合図か?」


 ちょっとふざけてそんなことを言ってみる。


「……そうだよ?」


 頬を赤染めて、パジャマの裾をきゅっとつかみながらそう言った。

 その反応はずるい……。


「じゃあ、気が向いたらな」


「あぁ、それ絶対しないやつ!」


「ははっ」


「むぅ~乙女をもてあそんで~」


 そう悪態をつきながら、茜は部屋に戻っていった。

 それを確認して、俺も部屋に入る。


「さてと、やるか」


 俺は古びたパソコンを、噛みしめるように起動した。




   ***




「ふぅ……」


 気づけば十二時を回って、時計の針は一時を指していた。

 久しぶりに執筆をした、と言っても昔の自分が作ったアカウントや作品を見たり、今どんなものが流行っているのかという研究をしただけ。

 

 結局一文字も書けていないのだが、満足感はあった。

 最初は焦らなくてもいいのだ。


「ちょっと小腹空いたな」


 二時間集中して研究に取り組めば、さすがに腹が減る。

 この後勉強する予定もあるので、カップラーメンでも作ろうと一階に降りた。


「さすがに暗いな……」


 だが微かに月明かりが差し込んできて、何も見えないわけじゃない。

 慎重に足を踏み出しつつ、向かうはキッチン。


「ん、ん……」


 言葉にならない声が聞こえてくる。

 それはソファーの方から聞こえてきていて、よくよく見れば、そこに茜がいた。


「歩夢ぅ……」


 果たしてこれは寝言だろうか。

 いや、目は完全に閉じているので寝言だろう。

 それにしても、なんでここに……。


「えらいえらい……むにゃむにゃ」


 ソファーに横たわって寝言を言う茜。

 ふと、机の上に置かれた不格好なおにぎりが目に入った。


「……茜が、作ったのか?」


「むにゃむにゃ……」


 答えは返ってこない。

 だけど、幼馴染で彼氏の俺は当然、その答えを知っていて。


「ありがとな」


 いつだって茜は、頑張る人の味方で。

 そして、――



 俺の味方なのだ。



「ったく……風邪ひいたらどうすんだよ」


「歩夢ぅしゅきぃ……」


「っ……この野郎。ほんとに襲うぞコラ」


 実際、俺に襲う度胸なんてあるわけないんだけど。


 俺は起きそうにない茜を抱えて、二階に上がった。

 そしてベッドに入れ、ちゃんと布団に入れてやる。


「うぅ~あったかぁい……」


 ほんと寝言がひどい。

 起きてる時もそうだが、心の声が駄々洩れだ。


「まっ、そこが可愛いんだけどな」


 そんなことを呟いて、茜の頬を人差し指で押す。


「柔らかっ」


 やはり女子はどこを触っても柔らかいというのは、本当なのかもしれないな。

 そんなことを思って、俺はそれ以上のことはせずに茜の部屋を出た。


 そしてもう一度一階に戻って、おにぎりを持って上がる。


「よしっ。やるか」


 俺はおにぎりを食べながら、勉強を始めた。

 

 それにしてもこのおにぎり、ほんとに形が歪だ。



「だけど、くっそうまい」




 

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