第28話 実家のような安心感
「明理川茜熱愛発覚だって!」
「マジか! それは大スクープじゃねぇか!」
「デート中のところを、たまたま撮られたらしいよ」
「明理川茜とデートとか、羨ましいな……」
「マジでそれな」
学校に登校してから、茜の話しか聞こえてこなかった。
それほどに注目を集めているようで、改めて茜が大人気モデルであることがわかったのと同時に、バレたことで変な冷や汗が出ていた。
俺のクラスの教室に入ると、俺の席にはすでに二人の人影があった。
もちろんその人物は、
「おはよう、歩夢」
「おはよー」
「おはよ、正弘。あと氷見も」
「なんか私後付け感半端じゃないんですけどー」
「細けぇよ」
そんなツッコみをするくらいには、まだ正常だ。
当たり前のことだが、二人とも普通である。今はそんな当たり前が、当たり前ではないけど。
「お前、大丈夫か?」
突然、正弘がそんなことを言ってきた。
氷見は俺を心配そうに見つめている。
やはりあのニュースは二人も知っているようだ。
「あぁ、大丈夫だ」
「そっか。ならひとまず大丈夫だね」
「そうだな。それにまぁ、明理川茜の相手がお前だって、世間にバレてないようだしな」
そう言って正弘は周囲を見渡した。
みんな一様に明理川茜の話をしているが、その中で誰も俺のことなんて見ていない。
偶然にも撮られてしまった写真は茜の笑顔が映っているだけで、俺は背中しか映っていなかったのだ。
不幸中の幸いと言ってもいいだろう。
「ほんと、それだけはよかったよ」
「だな。まぁ一番お前が大丈夫なのか気にはなってたけど、ツッコみができる時点で大丈夫そうだな」
「ツッコみで俺の心模様を図らないでくれる? ってかそれで分かるのかよ。メンタリストかよお前ら」
「うん、やっぱり歩夢は普通だね!」
「だからツッコみで判断するなって」
またいつもの会話の流れになって、いつも以上にほっとする。
登校するまで地に足がついていなかったから。それほどに、あの報道は動揺した。
今度は氷見が、切り替えて心配そうな表情で俺のことを見てきた。
「……茜さんと連絡とった?」
「……取ってない。いや、取れなかった」
俺はあの報道を見た直後、すぐに茜に電話をかけた。
だがまだ起きていないのか、茜が電話に出ることはなかった。
正直俺よりも、あいつが……。
「そっか。じゃあしょうがないね」
「あぁ」
「……心配、だよね」
「……そうだな。でも、モデルって言っても恋愛禁止じゃないし、別にダメなことじゃ……」
ふと、正弘と氷見が温かい視線を送ってくれていることに気が付いた。
その温度差から、俺が一人だけ熱くなっていることが分かった。
「すまん……」
「ううん。気にしないで」
「気にすんな。お前の気持ちが分かるって言ったら嘘になるけど、俺たちも一応ついてるから」
「正弘は完全な蛇足だけどね」
「な、何をー⁈ 俺こそこのグループの主砲だろうが」
「こんな弱っちい主砲があるわけないでしょ? 正弘は足軽くらいがちょうどいいよ」
「すんげぇ罵倒だ。だけど、足軽を馬鹿にしちゃダメだぞ? 一時代を築いた英雄だ」
「身分のことだよ。正弘は一番の下っ端ってこと」
「こ、この野郎……」
「んふふ~」
いつも通りのギャグノリの二人に、また実家に帰ったような安心感を覚える。
ひとまず、俺ができることは茜のケアだ。
茜と連絡を取ることから始めよう。
俺は手の中にあるスマホをぎゅっと握って、茜からの着信が来るのを待った。
***
それはまだ歩夢が登校してくる前のこと――
「ひとまず、俺たちにできることをしていこう」
「そうだね。まぁ私たちにできることなんて、ほとんどないんだけどさ」
自嘲気味に氷見が笑う。
「そうだな。だけど、あいつたぶんテンパってると思うんだよ。こんなに報道されて、色んな人がこの話してるからさ」
「そうだね」
「だからさ、俺たちはいつも通りでいようぜ。周りがみんな変わっちまって、きっと歩夢はアウェー感を感じてるはずだ。だから俺たちが変わらずにいて、歩夢に安心感を与えてあげよう」
正弘が一気にそう言う。
ふと正弘が顔を上げた時、氷見は驚いたように口を開けて、正弘のことを見ていた。
そんな氷見の様子に、正弘は「ん?」と首を傾げる。
「いや、なんか……正弘だね」
「お前何言ってんだ?」
「んふふ、私もわかんない」
「ふっ、何言ってんだか」
そんなとき、歩夢が登校してきた。
氷見と正弘は顔を合わせて、頷き合う。
「おはよう、歩夢」
「おはよー」
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