第21話 初デート


「お待たせ、歩夢~!」


「ちょ――」


「だいぶぅ~!」


 駅の方から走ってきた茜は、そのままの勢いで俺に飛び込んできた。

 茜の体重が軽いとはいえ、女子一人に突っ込まれるとさすがにくるものがあって……。


「うっ、重っ……」


「むぅ~女の子に重いとは何事だ~!」


「こ、これは重力がだな……」


「重力、つまりは私の重さじゃん。誤魔化しても無駄だよ?」


「う、うぅ……」


 茜は叱るように俺の頬を引っ張ってきた。

 だが茜がお姉さんというのは違和感しかなくて、思わず吹き出しそうになる。


 その様子にさらに腹を立てた茜は、今度は俺の足を踏んできた。


「いたっ」


「どう? 嬉しい?」


「そんな特殊性癖は持ってないぞ俺は」


「素直じゃないなぁ」


「バカ正直に言ったんだけどなぁ……」


 おかしそうに、かつ楽しそうに笑う茜を横目にため息をつく。

 

 日曜日の十二時前。

 人賑わう駅の時計台前にて。


 同じ家に住んでいるというのに「恋人は待ち合わせするものなの!」という茜お嬢様のわがま……意見のもと、わざわざこうして待ち合わせまでして。


「ほら、行くよ?」


 帽子に丸眼鏡の変装スタイルでご機嫌な大人気モデルに手を引かれ、目的地へと向かう。

 どうしてこうなったのか。それは数日前に遡る……。





「えっ? 映画の前売り券?」


 琴寄が帰宅するということで、玄関先まで見送りをしているとき突然渡された映画のチケット。

 これは確か……。


「そう。これ明日上映開始の、私が出る映画なんだけど、ぜひ二人に見に来て欲しいなって」


「そっか……明日なんだよね」


「うん、明日」


 じっと映画のチケットを見つめて、やがて大事そうに抱いた茜。

 同級生が主演の映画が明日公開とは……わかっていたことだけど、やはりどこか心の内にせまってくるものがあった。


 俺なんて今日初めて会ったのに、泣きそうである。


「わかった。歩夢と二人で見に行かせてもらうね」


「うん、そうして! デート楽しんできなよ」


「うん!」


 そういえば、俺たちはデートしたことなかったっけ。

 そりゃ茜は大人気モデルだしバレてしまうのは危険だから自然としてこなかったけど、したいという気持ちはあった。


 だけど一応、茜に小声で耳打ちする。


「大丈夫なのか?」


「ん? 何が?」


「バレたら、まずいんじゃないのか?」


「大丈夫大丈夫、間違いなくバレない変装があるから」


「それでも確証は――」


「以前実証済み!」


 ドヤ顔で俺にサムズアップしてくる茜。

 どんだけマジなんだよ……。


 どうやら俺が何を言っても、茜はデートする気らしい。

 実際俺もデートしてみたかったし、もちろんノリ気だけど。


「じゃあ大丈夫か」


「うむうむ!」


 二人で頷き合っていると、そんな姿をニヤニヤ顔で見ている琴寄の姿が目に入った。

 とんでもないデジャブ感を感じつつ、琴寄から視線を逸らす。


「……人前で色々と始めないでよ?」


「なっ……」


「えへへ~」


「だからその満更でもないみたいな顔やめろ」


 茜はこういうときに限って毎回照れて見せる。

 全く困ったものだ。だが、その満更でもない顔すらも最高に可愛いのだから、俺の幼馴染は最高にずるい。


「まっ、デート楽しんできてね! じゃあまた!」


「おう!」


「学校でね!」





 ……といったことがあって、今こうして町に出ているのだ。


「歩夢歩くの遅いぞ~」


「すまんすまん」


 小走りで茜の横に並んで、目的地に向かう。


 それにしても茜の変装とやらは、どうやら本当にバレていないようだ。

 丈の長いロングスカートに、ロングコート。髪型は珍しく三つ編みで、地味というよりは落ち着いた外見というべきだろう。


 そんな茜のイメチェンは、いつもの天真爛漫な茜とは違うものの、これはこれでいい。

 確かにこれで明理川茜だと分かりづらいが……美少女さは隠しきれていなかった。


「ふんふんふ~ん」


 ご機嫌な茜の足取りは軽く、弾んでいる。

 その姿を見ていたら俺まで気分が上がってきて、周りが気にならなくなってきた。


 もういっそのこと、思い存分楽しんでやろう。


 そう思いながら、俺たちは目的地の映画館へと向かった。


 

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