第5話 何でもない、でも新しい朝

 幼い頃に結婚の約束を交わして、四年ぶりに会って。


 そしてまさかの同棲展開に突入した俺の青春ラブコメだったが、スキンシップ大臣の欲求はどうやら小指繋ぎで満たされたようで。


「(四年ぶりに帰ってきた茜は現在、かまってちゃんモードに突入している。もしかしたら今夜ひと騒動あるんじゃないか?)」


 という思春期男子のちょっとした期待も杞憂に終わり。

 

「おはよう歩夢。グッモーニンっ」


「……はょ……あゕ……」


 俺たちは同棲生活を始めて、初めての朝を迎えた。


 俺は変な期待のせいで全く眠れず、むしゃくしゃして勉強していたら朝を迎えていた。

 茜はどうやらぐっすりのようで……まぁ何よりだ。


「あれ? 歩夢あんまり眠れてない感じ?」


「逆になんでお前はそんなにぐっすりなんだよ」


「私仕事で遠くに行くことがあるから、それで慣れてるんだよね。寝る環境が変わっても、ばっちりよ」


 朝から太陽のように眩しいサムズアップを俺に向けてくる。

 それでも瞼は重かった。


「それに、歩夢の家でしょっちゅう寝てたしね」


「そんなこともあったな」


「朝起きたら同じ布団で……ってことも度々、ね?」


「……それは許せ。俺の寝相の悪さはもはや芸術と言っていいほどに悪いからな」


「寝言もひどかったけどね」


「えっそれは知らん。俺なんか言ってた?」


「秘密で~す」


 口の前でバツ印を作って、子供の用に笑う茜。

 どうやら俺は変なことを言ってしまったらしい。


「……ほんと、なんて言ったんだよ俺……」


 お願いだから黒歴史になるような言葉を言っていませんように、と心の中で祈りつつ、茜と一緒に食卓に向かった。





「今日の予定はどうすんの?」


「学校は週明けの月曜からだから、とりあえず今日は部屋にいようかな。撮影もないし」


「そうか」


 シラスを山盛りに盛った食パンにかじりつきながらそう答える。

 これは八朔家名物、シラス丼パン。名前に意味はない。適当につけた。


 シラスは頭をよくする面でも非常に効果的で、よくトマトと一緒に行間に食べている。

 正直食べ物にうまさを求めていない。


「今日も学校まで迎えに行ってあげようか?」


「ぶっ!」


 唐突にそんなことを言われたので、思わず吹き出してしまう。

 当の本人は何気ない顔でニュースを見ていて、ほんとに恐ろしい奴だなと思う。


「さすがにそれはまずいだろ? 万が一明理川茜だってバレたら大変なことに……」


「大丈夫大丈夫! 絶対バレないからさぁ~」


「バレるに決まってんだろ……」


 こいつは昨日の人だかりを見ていないのか?

 もっと多くの人に見られたら、サングラスをかけてても確実にバレるだろうし、そもそも顔がよく見えなくても美少女オーラが出ているのだから、注目を集めすぎる。


「それこそ、マネージャーさんとかに言われてないのか?」


「あぁー確かに、『えっ許嫁に会いに行く? 同棲⁈ ちょっと茜⁈ 世間にばれたら大変なのよ! わかってる⁈』って言われた」


「じゃあなおさらダメじゃねーか。大人しく家でお留守番しといてくれ」


「むう~」


 拗ねる茜だが、こればっかりは仕方がない。

 正直俺だって迎えに来てもらえるのなら迎えに来てもらいたい。


 だけど校門前となれば目立つし、話題になってしまうのでダメだ。


「まっ、今日は大人しく私と家で楽しみましょ? 歩夢の中学校時代の写真とか動画とか。諸々たっくさん見せてあげる♡」


「か、母さん⁈ それはさすがにや――」


「やった~! 楽しみにしときます!」


「ちょ……茜まで⁈」


 もう完全に手遅れのようだ。

 進み始めてしまったこの二人を、もう止めることはできない。


「はぁ……家に帰りたくねぇ」


 帰宅後ニマニマ顔の茜にからかわれることが、容易に想像できた。


「(ほんと、ネカフェにでも籠ろうかな……)」


 本気で思案する。

 

「まぁまぁ。温かい『おかえり』で迎えてあげるから、ね?」


「……ったくしょうがねーなぁ」


 そういう俺だが、内心ガッツポーズしてしまうほど嬉しかった。

 誠に遺憾ながら、思春期の衝動に抗うことはできないのだ。


「(早く帰ってこよう)」


 そう決意する俺だった。


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