気づく心

 辺り一面が氷の世界。


 これが、円華の精神世界。


 大きくて鋭い青い氷柱が至る所から出ていて、誰かが入ってくるのをこばんでいる。


 そして、凄く寒い。これは、私が裸だからと言うだけではないと思う。


 氷柱と寒さで、自分の世界を孤独にしている。


 孤独であろうとして、心を閉ざしてる。


 氷柱と氷柱の空いている隙間は、何とか私が通り抜けることができるほどの広さだった。


 この世界のどこかに円華が居る。


 円華に会えば、助けることができるかもしれない。


 その先も私が通り抜けられる程の隙間を通って行けば、広い空間に出る。


 その中央には、腰まで長い茶髪をした幼女が立っていた。


 ううん、違う。


 あれは、過去の円華だ。


 瞳に生気はなく、ただ虚ろな目で私を見ている。


『どうして、おまえがここに居るんだ?ここは、俺だけのための空間なのに。よりによって、どうしておまえが……』


「どうしてなんて言わないでよ。円華を助けるために決まってるじゃん!」


『助ける?俺を?信じられるものか。俺は助けなんて求めてない。おまえは足手まといなんだよ。おまえも学園の奴らも、俺にとっては重りでしかない。要らないんだ、仲間も、家族も……あらゆる繋がりが、俺にとっては……無価値でしかない』


 淡々と、何も感情がないように言う円華の目を見ながら、私は一歩ずつ前に出る。


 今の言葉が、円華の本心だとは思えない。


 だって、円華の行動はいつも誰かを思ってのことだった。


 復讐が目的だと思っていながら、その先には誰かを助けようとしている。


 涼華さんを失っても、あの人からの最後の言葉が今の円華を維持しているはずだから。


 目の前に居る子供は、円華とは真逆のことを言っている。


「あんたは私の会いたい円華じゃない。私は知っている、感じてる。椿円華は、繋がりを大切にする人。そして、それを守るために戦うことができる人。そして、そのために何でも1人で抱え込んじゃうバカな人。だから、あんたの言ってることは、今の円華とは真逆なんだよ!」


 目の前に居る昔の円華の姿をした何かは、無表情から目を細めて怒りを感じているような表情をする。


『何だ、女ぁ……おまえ、あいつと似ているなぁ。気持ち悪いったらねぇ。……あぁ、壊したい、奴と関わるものを全てぇええ!!』


 声が途中から、幼い子供から低い男の声に変わる。


 黒い強風が吹き、それが子供の周りに集まり、長い茶髪が風で上に向かって逆立つ。


所詮しょせん、この世は弱肉強食だぁ。群れるのはそいつらが雑魚だからだ。俺たちは違う。こいつは、1度は俺の心理にたどり着いた。だのに……くだらないものに浸り、弱者に成り下がろうとしている‼』


 黒い暴風の色が濃くなり、その子供の姿が見えなくなる。


 そして暴風が静かに薄く消えていくと、その姿が子供から大人の男に変わる。


 整っていないボサボサの黒髪で、上半身が裸で下半身は緑の短パンを掃いている傷だらけの男。


 その男のことは、お父さんや東吾おじさん、健人さんから聞かされていた。


 だけど、もうこの世には居ないと聞かされていた。


 実際にの当たりにすると、その狂気と恐ろしさがひしひしと伝わってくる。


「あんたは……もしかして……!!」


 そんなことってあるの?円華の精神世界の中に、別人の人格がある。


 それも、最低最悪な死神だなんて……。


 男は上半身をらせ、『ぐるぅうああ!!』っと雄叫おたけびをあげる。


 そして、虚ろな赤い目を私に向けて唇を舌で舐め、ニヒッと笑う。


『そう……俺が、狩原浩紀かりはら ひろきだぁ!!』


 どうして、この人がここに……。


 ううん、違う。


 この人がここに居ることで、今、私はあの時のことが納得できたような気がした。


 理屈がどうなっているのかは全くわからない。


 だけどこれが現実なのだとしたら、ジャックとの戦いの時、円華が眼帯を外した瞬間に出てきたあの人格と、さっきの騎士との戦いで狂戦士きょうせんしのように戦っていたあの円華は近いものなんだ。


「あの時の円華は……あんただった。あれは、円華じゃなかった…‼」


『あぁ?あの時って言われても心当たりがねぇなぁ。俺はずっと、この世界に居るだけで外には出てねぇぜ?ただ、あいつの中の闇に背中を押しただけだ』


「……それって、どういう意味?」


 言葉を交わすつもりはなかったけど、闇と言う言葉が引っかかった。


 狩原は問われると、ニヤッと目を見開いて笑む。


『ここはあのガキの世界。ここに居ると、いろんなものが見えてくるわけだ。喜怒哀楽きどあいらくの感情。中でも時々に感じる負の感情は、ガキの中で閉じ込めている闇に蓄積ちくせきされる』


 氷柱に手を置き、ペチペチと叩く。


『闇の正体は冷酷、無慈悲、卑劣ひれつ、全てを壊したいという衝動!!あいつは十二分に俺のような強者になる素養そようを備えながら、それを封じ込めようとしている。もったいねぇと思わねぇか‼誰よりも強くなる素質を持ちながら、あいつはそれを否定しようとしてるんだぜ!?』


 狩原浩樹、こんな異常者の意志を、円華が精神に潜ませていたなんて。


 このことを踏まえるとあることに気づき、近くにあった大きな氷柱に触れる。


 この氷柱の意味が、孤独になろうとしていた理由がわかった。


「残念だけど、円華はあんたの思い通りにはならないよ。それは、この氷柱が証明している」


『……何ぃ?』


 狩原は目を細めて私を睨む。


 円華はずっと、助けを求めていたんだ。


 ずっと、私は勘違いをしていた。


 円華は優しい人になろうとしているんだと、私は彼の過去を見て思っていた。


 でも、それは違う。


 私の知る円華は……私の好きな円華は、最初から優しすぎる人だったんだ。


「円華は、あんたの望む強者にはならないよ。だって、あんたを受け入れるなら、こんなにあんたを拒絶するような氷柱が出ているはずがない。あんたはこの精神世界でこの空間でしか行動できない。じゃないと、この世界にとっての部外者である私を、こんな奥にまで入れるはずがないから。違う?」


『……』


 目から発せられる殺気が濃くなる。どうやら、咄嗟とっさの考えは当たっていたらしい。


「そして、円華がいつも1人で戦おうとしていた理由もわかった。円華自身、自分が無意識に大切な人も傷つけるかもしれない恐怖があったから。円華は繋がりを守ろうとしている。繋がりを無価値だと言ったあんたとは違ーー」


『だぁまぁれぇええ!!』


 狩原は怒鳴りながら一瞬目の前から消えて私に迫り、右手にで首を締め上げ、そのまま氷柱に押し付けてくれば、私の体が中にめり込まれていく。首から手を離されたけど、腕も足も動かない。


 氷柱に強力な引力がいきなり出てきたようだ。


『俺は俺のしたいようにやる。俺のやりたいように壊し、俺のやりたいように奪い、俺のやりたいようにヤる!!その邪魔は誰にもさせねぇ…!!』


 狩原は私の身体を上から下まで見れば、狂った笑みをし、私の左胸を鷲掴みにし、強く揉んでくる。


「うっ!……ぁ……ぁあっ!……や、やめっ……!!」


『へぇ……ふっくらと柔らかく、弾力があって、大きさも上々だなぁ。男を経験したことはあるのかぁ、えぇ?』


 私は何も答えずに顔をそむけて目を伏せる。


 抵抗できない中で、自分の身体が弄ばれているのが悔しい。


『どうしたんだよぉ。あのガキを助けに来たんじゃなかったのかぁ?今のおまえに、あのガキを救うことなんてできるわけがねぇだろぉが‼』


 狩原は目を合わせ、狂気で私を凍てつかせようとする。


『それになぁ、ガキは1人であることを望んでいる。おまえの助けなんて要らねぇ。何度も言われてるだろぉ?足手まといだって』


 私の精神を追い詰めようとしている狩原の言葉を聞き、私はさっき気づいたことを思いだしてフッと笑って狩原の目を見る。


「……この世界に長く居るみたいだけど、本当に円華のことを何もわかってないんだね。私がここに来たのは間違いじゃなかった。やっと、円華の心がわかった」


『何のことだかさっぱりだな。気持ちわりぃ』


 狩原の言葉は無視して深呼吸をすれば、恐怖を乗りこえて大声を出した。


「椿……円華ぁああ!!!」


 いきなり私が大声で名前を呼んだからか、狩原は私から離れて警戒するように様子を見る。


 好都合。これで、円華への語りに集中できる。


 円華は目には見えないけど、この世界のどこかに居る。


 その前提が間違いだった。この精神世界は円華の心自体なんだ。


 この世界が、円華の本当の心なんだ。


 なら、この世界に向かって話せば良い。


「円華!!私、わかった!!傷つけたくないとか、人を遠ざけて1人で戦おうとしていたのは、円華からのSOSだったんだよね‼誰かに助けてほしかった‼だから、私をここまで通してくれたんでしょ!?」


 返事はこない。だけど、私は続ける。


「今は自分のために、私のことを受け入れて‼信じて‼」


 最後にお腹に力を入れ、世界に響くように叫んだ。


「私は、本当の意味で円華の力になりたい‼」


 今の私にできるのは、自分の気持ちを訴えることだけ。


 この声が、届いていると信じて。


 狩原は私の円華に対する訴えを聞くと、首と顔を爪を立ててかき、憎悪を向けてくる。


『黙れ……黙れ黙れ黙れぇええ!!このガキは俺の玩具おもちゃなんだよぉ!!……おまえは邪魔だ!!消えろぉおお!!』


 狩原の手に、精神世界だから成り立つのか、何もないところから突然出てきた大剣が握られる。


 そして、動けない私に迫ってくる。


 恐怖はなかった。


 何故なら、氷柱越しに伝わってきたから。


 ヘッドフォンはないけどわかる。


 だって、こう言う声が聞こえてきたから。


 『今、助ける』って。


 狩原の大剣が私に振るわれようとした瞬間。


 横から氷で形成された手が飛んできて、大剣の刃を弾いた。


 氷の手は私を引っ張り出し、この世界の主の下に導いてくれた。


「ったく、るっせぇな。そんなに大声出さなくても聞こえてんだよ」


 耳元で言われる言葉が心地よくて、私は無意識に両目から涙が流れた。


 愛しい人の顔を見て、離れないようにギュッと抱きしめる。


「円華……円華ぁ!!」


「ありがとな、恵美。また、おまえに助けられたみたいだ」」


 白いパーカーに青のジーンズ姿で、右手が少し大きい紅の氷の手であること以外は、現実世界の円華と変わらなかった。


 私は円華のことを抱きしめながら言葉を続ける。


「本当に……あんなの、私の他に誰が気づくって言うのぉ。私のことを足手まといって言ったくせに、助けられて……カッコ悪いよ、バカァ!!」


「誰がバカだ、誰が。まぁ、言われてもしょうがないよな。本当に自分でも情けなくて、カッコ悪いと思うさ。だから……」


 私を抱きしめながら、円華は憎悪と殺意を向けてくる狩原を見据える。


 そして、右手にいつの間にか白華を握っていて、その刃を敵に向けた。


「あいつを倒して、名誉挽回する」

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