散る白華、目覚める混沌
円華side
最上たちと合流する10分前。
飛行船から落ちた何かを追って海辺に向かっていた時のことだ。
俺はすぐに臨戦態勢に入れるように、既に右目に眼帯をしていた。
「ったく、こうな時に白華が手元に無いなんてな。最上に預けるんじゃなかった」
俺の荷物が白華だけだったから、リュックを背負っていた最上に預けたのが間違いだった。
というか、俺の考えが甘かった。
緋色の幻影が所有していた人工島を奪われたんだ、取り返そうとする可能性が高い。
常に警戒する必要があったんだ。
でも、今後悔をしても仕方がない。
頭をリセットし、これからのことを考える。
空の飛行船に動きはない。
地上に爆弾を落とすとか、毒ガスをまくような雰囲気はない。
ここから出される結論は、先程投下した何かに対して、この島の全てを破壊し尽くせると言う自信が敵にはあると言うこと。
そして、それが俺たちにとっては最悪の何かだと言うことだ。
海辺に向かいながら、未知の何かに対する警戒心を増幅させていると、急に言う発砲音が聞こえて目の前を
弾がとんできた方向を見てみると、そこには黒髪ロングヘアの女性が殺意を発して俺を睨みつけていた。
「君は誰だ?組織の手のものか」
鋭い視線を向けてくる女の人の方に、俺は両手を上げて体を向ける。
すると、その人は急に目を見開いてすぐに銃を下ろしてくれた。
「その目……そうか、君が……」
「……その反応からして、あなたも俺のことを知っているようですね」
「あ、ああ。急に銃を向けてすまなかった、椿円華くん」
女性は俺に頭を下げ、歩み寄ってくる。
「私は川崎陽菜乃。最上くんから、この罪島の状況管理を頼まれている」
川崎……?どこかで聞いたことがあるような。
「急ごう。ここで立ち止まっている時間はない。すぐにでも海辺に駆けつけないといけない」
「川崎さんも飛行船から落ちてきたものを見たんですね。わかってます、すぐに行きましょう。……嫌な予感がするんです」
俺と川崎さんは走ってすぐに海辺に着いたが、目の前の光景が信じられなかった。
敵は、漆黒の洋風な鎧をフルフェイスで身に付けている騎士であり、最上と東吾さんを追い詰めていた。
俺はそれを見て、左目に意識を集中した。
川崎さんがこちらに注意を引きつけるために、騎士に向かって発砲すれば、奴はこちらを見る。
ーーーーー
現在。
俺は氷刀の生成が完了し、
「1度しか言わない、最上から離れろ。おまえの相手は俺だ」
突っ立ったままの漆黒の騎士を観察する。
この真夏の暑さの中で、こいつは全身に鎧を
普通だったら、何らかの冷却機能が内部になければ、すぐにでも脱水症状で倒れてる。中身が人間ならの話だが。
それに、鎧の騎士を見れば、脳裏に復讐すべき相手の姿が浮かぶ。
「おまえは……姉さんの命を奪った、あの白い騎士を知っているのか!?」
漆黒の騎士は俺に大鎌の刃を向けてくる。
『Encounter UNKNOWN.目標、再度変更。早急に、排除します』
機械的な声が聞こえた。
中身は人間か、それとも機械か。
それによって戦い方が変わってくる。
しかし、俺が2択で悩んでいる間にすぐに距離を詰められてしまい、大鎌を振るってきたのを白華の刃で
氷刀の刃と大鎌の刃がぶつかった瞬間、こちらが押されたのを感じた。
「っ‼問答無用かよ!?」
力は俺よりも相手の方が強い。
しかし、騎士は少し後退り、俺の様子を見る。
何を考えているのかはわからないが、心なしか驚いているように思える。
動きが止まった。
少し余裕ができたか。
俺は東吾さんの元に行き、騎士に注意しつつ最上を見る。
「最上、東吾さんを連れて今のうちに少しでも遠くに離れろ。この騎士相手に守りながらの戦いは危険すぎる。死人は出したくない」
「円華だけだ戦う気?そいつは、いくら円華でも1人じゃ無理!!せめて、私も残ーー」
「られたら困るんだよ!!……お前が居ても足でまといだ。1人の方が戦いやすい。だから……頼む」
ただ一点、敵を見つめながら言えば、最上は無言で東吾さんの腕を肩に回し、俺と騎士から少しずつ離れて川崎さんの元に行ってくれた。
これで、アイスクイーンとして戦う準備ができた。
俺は一歩前に出て、漆黒の騎士と対面するように立ち、白華を構える。
「あんた……名前は?」
『……』
「俺は椿円華。戦士として、戦う前に名乗るのは礼儀だろ。あんたが人間なら、名乗ってもらえるか?」
自分のことを戦士なんて思ったことは1度も無ければ、名乗るのが礼儀なんて思ったこともない。
名乗る間に、普通は
しかし、俺の言葉に反応するかどうか、どう対応するのかを確かめたかったんだ。
それによって、俺がどれほど
騎士は見た目通りの礼儀を重んじるタイプのようで、俺に名乗ってきた。
『我が名はリンカー。漆黒のリンカー。』
「リンカー……か。あんたは何のために戦う?」
『我が主のため。それ以上でも、それ以下でもない。私の存在理由だ』
「その主がこの島の人を殺せとでも言ったのか?……なら、俺はあんたを倒す」
殺気を放てば、リンカーは大鎌を下の方で構え、振り上げる体制をとる。
そして、俺は白華を振り下ろし、リンカーは大鎌を振り上げ、再度2つの刃が衝突した。
ーーーーー
機械の力なのか、それとも鎧を装備している人間の実力なのかはわからないが、1つだけわかることがある。
刃を数度交えれば伝わってくる。
この漆黒の騎士リンカーは俺と同等……いや、俺以上に強い。
力やあらゆる素早さが人の範囲を越えている。
俺が今まで戦ってきた相手の中で、その強さはあの白騎士や師匠に近い。
リンカーが大鎌を振るう力に押され、白華の刃で防いだとしても
大鎌自体の重量に対してかかる遠心力により、さらに力が増しているように見える。
だけど、あの大鎌にかかる力をコントロールするにはそれと同等の腕による抑制力が必要になる。
平然と大鎌を自由に振り回している所から、リンカーにはその力があるのは
俺は白華を縦横無尽に、リンカーに斬り込もうとするが、その全てを大鎌で真っ向から、その場を動かずに防がれる。
こうなったら、こっちは重力を利用するしかない。
俺はリンカーの頭上まで
「椿流剣術、
遠心力と重力を乗せて放つこの技は、受けた相手にとてつもない
この白華じゃなければ、縦に真っ二つだ。
その脅威を察したのか、リンカーは流石に大きく後ろに移動し、俺は砂浜にそのまま落下する。
技の威力で砂煙が広範囲に起こる。
しかし、これは予想通りだ。
俺はその場に膝をついて留まり、砂浜に白華を刺して両手で柄を握ったまま目を閉じる。
こちらから攻めてもすべて防がれるのなら、相手から攻めてもらう。
身体中を凍らせ、周囲に意識を集中する。
砂の風が後ろから前に吹き、肌に触れた瞬間、俺は身体を半回転させて後ろを向くと同時に白華を振り上げる。
「燕返し!!」
技を繰り出した瞬間、ガキッと金属が
「……しくじったか……」
静かにそう呟いた俺の目の先には、氷の刃を左手で握り止めている漆黒の騎士が立っていた。
『この程度の
リンカーの左手に力が入る。
するとーー。
パリーンッ!!
氷の刃の中心が
そして、リンカーは右手に持った大鎌を横に振るい、俺の胴体を浅く斬る。
「……っ!!」
折れた白華を右手に持ちながら徐々に血が出てくる腹部を押さえて下がる。
痛覚が無いだけで斬られた感覚はあるんだ。
受けたらわかる。
リンカーの鎌の刃は、切れ味が鋭い。
痛みを感じていたら、俺はこの場に立っていられなくなっていただろう。
武器は折られ、すぐに傷口が
力の差を嫌と言うほど感じさせられる。
だけど、ここで引くわけにはいかない。
「こうなったら……捨て身でいくしかないか」
折れて刃が短くなっている白華を逆手に持ち、深呼吸をしてはリンカーに向かって突っ走る。
どれだけ傷つこうが構わない。
今、この場でこの騎士を止められるなら、倒せるならそれでいい。
俺の凍らせる力は、誰かを守るために傷つくことができるように授けられたものだと思うから。
リンカーはバカみたいに突っ走ってくる俺を見ると、一瞬で何体もの残像を作りながら背後に回り、俺の背中を斜めに切りつける。
反応が遅れ、白華のリーチが短いために氷刀を後ろに振るうも届かない。
そして、また胴体を切りつけられる。
痛みは無いが、大鎌の刃を受ける度に身体が思うように動かず、動きの先読みができても体が追いつかない。
その後も折れた白華で応戦するが、頬、右腕、足、背中を斬られ、至る所から出血して立っているのも辛くなる。
心なしか傷が塞がる速度も落ちているように思え、まだ斬られた所が完全には修復していない。
そして、『力』が切れかかっているのか痛覚も少しずつ戻ってきており、体の動きが余計に重くなる。
リンカーは攻撃の嵐を止め、仁王立ちになる。
『貴様のような者が現れるとはな。我が
「……はぁ、無意味?……無意味だってわかったら、抵抗することをやめれるのかよ」
やべぇ、柄にもなく感情的になりそうになってる。
「無駄だってわかったら、あきらめることができるってのかよ?」
左目から視える視界が、薄く紅に染まる。
「大切な誰かの命が
息を切らしながら、頬から流れる血を下で無意識に舐める。
すると、ドクンッ!っと内側から胸を打つような強い鼓動を感じた。
この感覚は……あの暁の夜の……!!
頭に激しい痛みが走り、両手で抱える。
「ぅうぁ……うぁあああ!!!」
声の記憶が、流れ込む。
『俺とおまえは、互いの存在を破壊しつくす運命なんだよ!!』『正しさなんて、求めてない。世界がそれを正しいと言うなら、俺はそれを否定する!!』『善だの悪だのバカらしい!!俺は俺のやりたいように壊す!!奪う!!ヤる!!それを邪魔するなら、全員殺すだけだぁあ!!』
リンカーは奇妙な反応を警戒し、3歩も下がっている。
俺は頭の激痛に耐え、意識を保ち続ける。
この現象が起きる時、何かを壊したいという衝動に襲われる。
そして、あの時の俺になるんだ。
気持ちが高ぶり、右目の眼帯を外す。
『ああぁ……最っ高の気分だぜぇ‼』
傷口から流れる血が氷り始め、紅の氷で塞がって漆黒に染まる。
そして、右腕の血を氷らせた延長で白華にも広がっていき、身体を紅の氷が侵食していき、顔が狼を模した仮面で覆われる。
右手と同化するように白い氷の刃は漆黒の氷によって再度生成される。
『力』が
右腕と同化した紅い氷の刃をリンカーに向ける。
『「さぁ……第2ラウンドだ。まだまだ楽しもうぜ?殺し合いをさぁあ!!」』
紅の瞳を輝かせ、俺は獲物に笑いかけた。
頭の中に、さっきから能力の使い方の情報が流れてくる。
今の俺なら、この氷の力を使いこなせる。
『力』が強くなってきているからか、今の感情が俺自身のものなのか、それとも力に飲み込まれたが故のものなのかもわからない。
今、2つの感情が反発しあっている。
敵と戦い恐怖させ、その上で
破壊願望と守護の思いが相反しているが、今はそれが心地よく感じる。
気持ちが高ぶり、戦いに意識が集中する。
リンカーは大鎌を片手持ちから両手で持ち、今の俺を警戒している。
さっきまでは異質で何を考えているのかがわからず、力で圧倒されてしまったが今は負ける気がしない。
考えるだけの時間は終わりだ。
圧倒的な力には、自身の『力』と頭を同時に使うんだ。
リンカーを横目で見ると、腕と同化した氷の刃を遠距離から振るう。
刃から紅い氷柱が数十本飛んでいきリンカーを襲う。
騎士は大鎌を前方で回転させて氷柱を弾いた。
俺はリンカーが大鎌の動きを止めた瞬間に、もう右横に立っていた。
紅の刃を横に振るうが、リンカーは分厚い鎧を装備している右腕で止められる。
力で押し通してその場から海の方に遠ざける。
防いだ右腕の刃が触れた部分は少し赤く氷っている。
追撃して氷の刃を振るえば大鎌で防がれるが、刃と鎌が接触する
リンカーは
『その異質な獣の姿……貴様は一体、何なのだ!?』
俺が何なのか?
そんなの、俺が一番聞きたいんだよ。
ギリギリのところで意識を保ちながら、戦いを続ける。
あの暁の夜に勝手に口にしていた言葉を思い出し、リンカーに向かって再度走り出す。
当然リンカーはまた高速で俺に迫り、背後を取る。
『「動きが単調なんだよ、おまえ‼」』
リンカーが首に向かって大鎌を振るおうとした瞬間、宙に跳んで一回転し、そのまま上段から振り下ろす。
重力を乗せた
接触した瞬間に急激に氷が鎌を侵食していき、そのまま粉々に砕け散った。
『ERROR‼ERROR‼想定外の事態発生。リンカーに回避行動を申請』
俺から1度距離を取ろうとするリンカー。
こちらは氷の刃の形状を変化させて関節のある氷の手にする。
『「逃がすかぁ‼もっと、俺を楽しませろぉ‼」』
手を伸ばせば、氷の手がリンカーに向かっていき、氷で長さを補いながら急激に伸びていく。
リンカーは急な変化に対応できず、回避行動を取る前に首を掴まれ、そのまま締められる。
『ぐっ!……ががっ……がっ!!』
首を締めて苦しがっているってことは、中身は人間ってことか。
苦しんでいるのは、手が触れている部分から氷が侵食しているからだろう。
リンカーを締め上げながら、伸びている右腕を鞭のように縦横無尽に振り回しては地面に何度も叩きつける。
『がっ‼ぐふっ‼ぎぁ‼あがっ‼ぐへぁ‼がぁらっ‼』
もっと苦しめたい、もっと痛めつけたい、もっと悲鳴を聞きたい……もっと、もっともっともっともっともっともっともっともっともっと!!
もっとーー。
『俺を……もっと狂わせてくれよぉお!!』
リンカーは大鎌を砂浜に落とし、必死に両手で氷の手の手首を掴んで離そうとしているがもう遅い。
両手も氷っていき、もう力も入らないはずだ。
『お……願い……だからっ……!!離し……て……!!』
離して?ありえないだろ。
ここで俺がこいつを助けたら、誰かが殺されるかもしれない。
なら、殺した方が良いに決まっている。
失いたくないなら、汚れる覚悟も必要なんだ。
例え、あの言葉通りになろうとも……。
俺は笑ったまま首を締める力を強める。
このまま窒息死するにせよ、氷付けになって凍死するにせよ、必ず
『「……さっきおまえ、俺が何かって聞いたよな。今の俺のように本能に身を任せていて、理性が効かない奴のことはこう呼ぶんだ……」』
一旦区切り、狂喜に染まった目で笑いながらこう言った。
『「怪物……だってさぁ‼」』
言い終わると同時に、首の骨をへし折ろうとしたとき。
身体がその行動を拒絶した。
それも、無意識に。
身体が固まり、他者を
そうだ……俺は……。
『殺すなよ、円華。オレの命令以外で』
殺せない。
姉さんの命令以外では。
涼華姉さんとの約束だから。
過去のことを思い出し、身体が硬直していた時。
別の黒い影が俺の背後から通り過ぎて1人の隻眼の男が出現し、氷の手を異様な雰囲気を放つ刀で斬り落とした。
リンカーの首から氷の手が離れ、砂の上に落ちる。腕から伸びていた赤い氷はパリンッと粉々に砕ける。
異様な刀を持って現れた男は、俺のことを目を細めて見つめてこう言ったんだ。
「……破壊衝動に飲まれるな。戻って来い、円華」
俺の前に現れたのは、ずっと真実を隠していた男だ。
今の俺には、その男のことがもう信じられない。
あぁ、どうして……どうして、あなたはこのタイミングで現れたんだ。
怪物は、目の前に居る男を睨み付ける。
『「どうして……どうして……。よくも、俺の前に現れることができたなぁ……。谷本健人ぉおお!!!」』
頭は冷静になろうとしているのに、その意思すらも本能に飲み込まれる。
誰でも良い……この怪物を、止めてくれ。
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