自覚する気持ち

 俺、今、どんな気持ちなんだろう?


 怒りを覚えているのに、冷静。


 矛盾している感情。


 俺はずっと、矛盾だらけで生きてきた。


 大切な人を守りたいと思ったのに、その人は俺の手が届かない所で死んでしまった。


 守るために強くなると決めたのに、今は手に入れた力を復讐のために使っている。


 復讐のために生きると決めたのに、誰かを助けようとしている。


 もう大切なものなんて作らないと思っていたのに、俺の周りにはもう大切な繋がりが多くできてしまった。


 本当に、人生って思った通りには進まないな。


 今だって、みんなで一緒に祭りを楽しもうって思った時に、予想外のことが次から次へと起きる。


 まぁ、そんなことを気にしてもしょうがないんだけどな。


 だから、何が起きても臨機応変に、柔軟に事に当たることが大事なんだ。


 姉さんも、こう言ってたっけ。


『運命っていうのは、プラマイ0になるようにできてるらしい。今辛くても、思い通りにいかなくても、それは先の方への運命の貯金ちょきんだと思えば良い。だけど、その貯金は自分勝手に使うことはできない。スマホゲームのガチャを想像しろ。レアな奴が出れば良いなって想像してるだけじゃ意味ない。ちゃんと、自分でガチャを引くと言う行動をしなきゃ、レアな奴は一生出てこねぇんだ。行動するから、レアな奴は出てくる。要するに、先のことを恐れて何もしないよりは、先の最悪を想定してなお、行動できる奴に、運命は貯金した分、少しずつ働くんだよ』


 それっぽい言い方をしていたが、これも誰かの引用だろうことはすぐにわかった。


 でも、その運命の貯金って言葉で、心が楽になったのは確かだ。


 ……って、何で俺はこんなこと思い出してるんだろ。


 そうか、ある意味で最上恵美って女が俺の前に現れたことは、運命の貯金が働いた効果かもしれないって無意識に思ったからか。


 俺は3人の伸びてる男たちを柱に縛り付けて交番のお巡りさんに電話をし、廃工場の奥に進む。


 階段を上ったら、壁のすみでしゃがんでうずくまっている銀髪女子を見つけた。


 遠目でもわかる。


 あいつにしては、珍しく身体が震えている。


 こいつにも恐怖なんて感情はあったんだな。


「……最上?」


 話しかけてみると、最上はビクッと肩を震わせた。


 それだけだった。


 顔を上げて、無表情で『円華にしては遅かったね』と言ってくると思ったんだがな。


 片膝を床に付け、自身の両腕に顔を埋めている最上の前に座る。


 本当に、こいつって何考えているか、何を思ってるのかわからない。


「なぁ……大丈夫か?」


「……」


「どうして、何も言わねぇんだよ。つか、顔ぐらい見せてくれないか?本当に最上なのか、心配になってきてるんですけど」


 最上の腕を掴んで離そうとするが、力が入っていて無理だった。


 その細い腕が力を入れ過ぎたら折れてしまいそうで、強引にすることなんてできなかった。


 だから、最上の空いている手を握る。


 それに対しては、抵抗はされなかった。


 俺の冷たい手が最上の温かい手に触れると震えが止まり、ギュッと手をあっちから握ってきた。


「……ごめん……」


「はぁ?何で謝るんだよ」


「……とりあえず、謝らないと気持ちが落ちつかなかったから。それと……今から、円華の中の私のイメージ……崩すかもしれないから」


 光の反射か、最上の顔から光るしずくが落ちていくのが見える。


 最上が涙を流して泣いている。


 そんな光景、初めて見た。


 どうしてだろう。心が気持ち悪い。


「っ……私……円華が思うほど強くない……!!ずっと、強い人を演じていただけなの。円華の役に立ちたくて……でも、本当の私は凄く……弱い人間なんだよぉ」


「おいおい、いきなりどうした?そんなこと……」


 ない。なんて、無責任なことは言えない。


 やっと、最上のことが少しわかったような気がする。ずっと、最上恵美と言う人間がわからなかった理由が。


 ずっと、こいつは本当の自分に透明な仮面を着けて生きていたんだ。


 自分なりの強い自分を演じていたんだ。


 それが、俺が今まで見てきた最上。


 自分に自信が無くて、泣き虫。そして、そんな自分を嫌っている。


 今の最上が、本当の最上恵美なのだろう。


 本人の言った通り、イメージは崩れた。


 イメージが壊れる体験は初めてではないが、衝撃は少し大きかった。


 俺は今、最上に何をいうことができる?


 そんなことは考える前に口が動いた。


「おまえが強いか弱いかなんて、自分で決めることじゃねぇだろ。自分で自分の強弱を決めても意味なんてねぇよ」


「……でも……っ」


「でもも何もねぇ。俺は、おまえのことを強いとか弱いとかで見てない。……最上が必要だから、大切だと思ってるから、俺はここに来たんだからさ」


「慰めになってないし。やめてよ、みじめになるじゃん……」


 少し顔を上げて最上は言ってきた。


 目は涙で潤んでいて、頬が少し赤い。


 こいつ、泣いたら顔が赤くなるのか。


 俺は溜め息をつけば、頭の後ろをかいて面倒臭い銀髪女を見る。


 最上は俺と目を合わせようとせず、顔はそっぽを向いている。


 本当に、いつも以上に面倒。だけど、放っとけない。

 

 最上の頭の後ろに右手を回して俺の肩に埋め、もう片方の手で身体を引き寄せて抱き締める。


「俺の前でくらい、弱い部分を見せてもいいんだよ。つか、俺以外に見せんな。今のおまえを見れるのは、俺だけの特権にしろよ」


「……何、それ、バッカみたい。円華の……バァカ」


 そう言いながらも、最上は俺に体重を預けてくる。


 そして、俺の胸に右手を当ててくる。


「心臓の鼓動……速くなってる。ドキドキ…してる?」


「まぁ、それなりに。当たり前だろ、女子を抱き締めてるんだから」


 嘘だ。たぶん、最上だから胸の鼓動が速くなっているんだ。


 最上は面白がるようにフフっと笑えば、俺の顔を見上げてくる。


「そっか。……良かった、私は円華に女の子だって思われてたんだ」


「何だよ、それ。おまえは女だろぉが」


「そういう意味じゃない。……はぁ、もう良い。もう、落ち着いたから」


 そう言って離れれば、最上は立ち上がろうとしてふらつき、また俺にもたれかかる。


 顔がさっきより近くなって、最上の顔が更に赤くなった。


 俺の鼓動も、また速くなる。


「ご、ごめん……!!」


「あ、いや、別に……気にしてねぇから」


 妙に気まずい雰囲気になる。


 そして、それに流されるように、俺は恵美の横の壁に手を押し当てた。


「円……華……?ねぇ、どうしたの?何か……変だよ?」


 最上から視線を離さず、彼女も俺の目から視線をそらさない。


 こいつの青い目を見ていると、いろんな感情が吸い込まれそうになる。


 引き出したくない気持ちが、引き出される。


「変……か。そうかもな。おまえのことになると、いつも、頭の中が滅茶苦茶だ」


 頭の後ろをき、自然と溜め息と共に言葉を口にしていた。


「……おまえに会ってから、俺は変わってばかりだ。全部……おまえのおかげなんだよな」


「え?何?……どう言うこと?」


 俺は内側から涌き出てくる衝動にあらがえず、最上の熱くなっている両頬に手を添えると、彼女を自分から逃がしたくない、離したくないと言う一心で―――。


 最上を、抱きしめていた。


 その瞬間、色鮮やかな花火が背景として夜空に咲いた。


 最上は、ただされるがままで抵抗をしない。


 わかってる。最上はただ、俺のことを利用しているだけだって。


 わかってる。最上には、俺よりも大切に思っている人が居るってことは。


 わかってる。こんなことを言っても、最上を困らせるだけだってことも。


 それでも、抱き締めて、最上に……恵美にこう言わずにはいられなかった。


「俺の側に居てくれよ……恵美」


 花火の音が大きくて、その言葉が聞こえていたのかはわからない。


 しばらくすると、俺の背中に恵美の両腕が回された。


 今自分が恵美に対して抱いている感情が、姉さんに密かに抱いていた感情と同じなのか。


 この時はわからなかった。



 ーーーーー

 基樹side



 結局、円華と恵美ちゃんは戻ってこなかった。


 時間切れだ。


 夜空と左手にしている時計を交互に見る。


「あと、3……2……1」


 ピュ~~……バーンっ!!


 カウントダウンが0になると、黒くて暗かった夜空に火の花が大きな音と共に咲いた。


「やっぱり、花火っていつ見ても綺麗なものね」


「うわぁ、カラフル~」


「夏と言えば、花火だよなぁ」


 花火を見上げながら、居ない2人のことは心配だったけど、それよりも隣で花火を見て薄く笑みを浮かべている瑠璃ちゃんに目が釘付けになっていた。


 すると、彼女は俺の視線に気づいたのか半眼を向けてくる。


「何?花火、見なくていいの?」


「あ、いや……瑠璃ちゃんも久実ちゃんも、花火を楽しんでるけど、円華と恵美ちゃんのことは心配じゃないのかなぁ~って」


「心配なんてする必要あるかしら。円華くんのことだから、きっとあの子を見つけて一緒に見てるわよ」


「……それなら、それで良いんだけどさ」


 頭の後ろに両手を回しながら花火に視線を戻すと、自身の心に影が刺し、パーカーのフードを被って小さく息を吐く。


 これが世間的に綺麗なものだって言われてるものだということは理解できる。


 瑠璃ちゃんや久実ちゃんだけでなく、周りの人たちもその美しさに感動したり、喜んでるのもわかる。


 だけど、俺の心には何も響かないし、届かなかった。


くさっている俺には、綺麗なものは眩しすぎるってことだよな」


「……え?何か言ったかしら?」


「別になーんも!ちょっと、飲み物買ってくるわ。円華ん家まで走って喉カラカラ」


 そう言って2人から離れて自販機を探していると、そこには円華の父さんを見かけて話しかけてみる。


 そう言えば、瑠璃ちゃんが連絡したんだったか。


「どうもっす、円華の親父さん」


「おぉ~、基樹か。うちの祭りは楽しんでくれてるか?」


「まぁ、ぼちぼち。俺、祭りとか久しぶりなんでワクワクしっぱなしだったすよ」


「ふうぅぅ……それなら、良かったぜ。さっき、クソガキから連絡があった。2人とも無事だそうだ」


「それは何よりっすね」


 自販機でミネラルウォーターを買って飲みながら、自然と親父さんの隣に立って花火を見上げる。


「あと少しで、この花火も終わりだなぁ。次に見れるのは、また来年になっちまう。何事にも、始まりがあれば終わりがある。終わる時は、余韻よいんに浸るのが大人の楽しみ方ってもんだ」


「俺まだ子どもなんで、そう言うのはまだわかんねぇっす」


 苦笑いしながら返せば、親父さんは横目を向けてはさり気なく言った。


「ありがとうな、円華のダチになってくれて」


「えっ……まぁ、俺が強引に迫った所もあるんすけどねぇ。最初は大変だったんすよ?何を言っても素っ気なく返されることが多かったすからね」


「そりゃあ、悪かったな。あいつは、誰かに心を開くには時間がかかるんだ。特に……姉の涼華を失ってからは、親の俺たちの声にも反応しなかったことがあったからな」


 親父さんは煙草を吸いながら、どこか黄昏た表情をする。


「……あいつの姉さんが死んだ時、やっぱり……悲しかったですよね」


「そりゃあな。だが、俺たち親の分も背負って、円華が負の感情を抱えていた。あいつにとっては、生きる目標を失ったのは大きかった。気力を失ったあいつは、しばらくは生きたしかばねのようになっていたぜ」


「そんな状態から、どうやって持ち直したんですか?」


「持ち直させたのは、俺たちじゃない。……俺たちじゃ、ねぇんだよ」


 これ以上聴くのは野暮だと思い、それ以上は追及しなかった。


 最後に大きな花火が打ちあがり、それ以降は静寂が流れた。


「狩野基樹……だったか。円華には、おまえのことは話したのか?」


「俺のことっすか?いやぁ~、あいつ、他人の身の上話とか興味ないでしょ?」


「いや、そう言う意味じゃなくてだな」


 親父さんは言葉を区切り、俺に身体を向けては真剣な表情で言った。


「おまえが、桜田家の暗部養成機関『影』の一員だって話だよ」


「っ!?……何…で…!?」


「逆に隠し通せると思ったか?狩野基樹……いや、シャドーくんよぉ」


 シャドー。


 それが、影を卒業した者のコードネーム。


 円華はそのことを知らない。


 そして、ダチとしての関係を続けていく上で、知られてはいけない事実だった。


「このこと、円華には……」


「話すつもりはねぇ~よ。そんなことをすれば、当主に難癖をつけられる。あいつは自分の想い通りにならないことが起こると、根に持つタイプだからなぁ」


 親父さんは煙草を吸い終わると、ゴミ箱に捨てて離れていく。


「まぁ、これからも、クソガキとよろしくしてやってくれよ。頼んだぞ……狩野基樹くんよ」


「……はい」


 俺は静かに返事をし、椿家の当主、椿清四郎の背を見送った。

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