黒猫の誘い

 円華side



 今、どういう状況だ?


 久実が電話をかけて、最上の声がスマホから聞こえてきた。


 そして、弱々しい声で捜さなくても良いと言われた。


 しかし、ほかの奴らはどうかわからないけど、俺には金属がぶつかる音が聞こえ、何かが暴れているような物音も聞こえた。


 それが心配なく、すぐに戻れる状況だろうか。


 いや、そんなわけないだろ。


 成瀬たちを見ると、俺と同じ思考に辿たどり着いているらしく、表情が暗い。


 ここで、何も考えずに誰かが『全員で手分けして捜そう』って言ってみろ?逆に危険な奴の人数が増えるだけだ。


 だから、先手を打つことにした。


「成瀬、基樹、久実、おまえたちは親父かお袋を探して、最上のことを伝えてほしい。捜索メンバーは多い方が良い。下っぱを動かすように言ってくれ。俺は、心当たりのある場所を捜す」


「捜すと言っても、お2人ともどこに居るのかの検討もつかないのだけれど」


「そうだな。商店街の中央の大きな太鼓たいこがある広間なら、おそらく親父はそこにいる。お袋は多分、家にいるだろうし……」


「なら、基樹くんがお父様の所に、私と新森さんでお母様の所に行くわ。……それで、良いんでしょ?」


 俺のやりたいことを察したのか、成瀬が後半を確認するように小声で呟いた。


 こいつの考えを察してくれる勘の鋭い所、本当に助かる。


 基樹と久実に気づかれないように小さく首を縦に振る。


 俺の場合、仲間で協力して行動するよりは、独断行動の方が動きやすい。


 3人が散れば、俺は両目を閉じて考えに集中する。


 最上が今居る場所。


 手がかりがあるとすれば、それは音だ。


 思い出せ、確か印象に残る3つの音があったはずだ。


 川が流れている音。


 カランカランっという音。


 バンっ!っという大きい音。


 カランカランっと言う音は、おそらく金属製の何かが転がったために響いた音だ。


 バンっと言う音は、何かを強く蹴るような音。


 この2つから、最上は誰かから追われていることが推察される。


 ……待てよ?おかしくないか?


 最上のことだ。何かやむ終えない状況になったら、身を隠すくらいは考えて、簡単には見つからない所に隠れるはずだ。


 なのに、スマホから聞こえてくる音が大き過ぎる。


 至近距離しきんきょりだったら、流石に電話を出る前に切るだろう。


 つまり、最上とその誰かは距離が遠かったにも関わらず、音が響くような場所に居ると言うことだ。


 そして、川が近い場所……。


 1つ、思い当たる場所があった。


 それも、人が絶対に通らない最悪な場所だ。


「っ!どうして、あそこに最上が……!!あの廃工場はわるたちの溜まり場だってのに」


 ここから走っても、15分かかる。


 間に合うか?いや、間に合わせなきゃいけない。


 すぐに走り出そうとすれば、すぐ近くから「ミャー」と何かが鳴く音が聞こえてくる。


 足元を見ると、そこには見覚えのある黒猫が居た。


 最上の飼い猫、ノワールだ。


 しかし、いつものやる気の無さそうなタレ目ではなく、少し目付きが鋭くなっている。


「ノワール……なのか?」


 名前を呼べば、黒猫は「ミャーオ」とまた鳴く。


 そして、俺の顔をチラ見すると、後ろを向いて早足で歩き出し、まるでついてこいと言うように尻尾しっぽを左右に振る。


 どうしてかはわからないが、俺はそれに何の疑問も持たずに従い、ノワールの後ろをついていった。


 本能が、ノワールについて行けば最上の元に早く行けると言っている。


 段々と商店街から離れ、暗い路地裏に出る。


 ここは、小さい頃から幽霊が出るとかで入ることを避けていたが、今はそんなことは関係ない。


 長い木の枝やクモの巣を避けて5分くらい狭い道を歩いていると、スマホから聞こえてきた川の音が聞こえてくる。


「本当に近かった、凄い近道だったんだな。ノワール、見直したぞ」


 廃工場に想定していた時間より3倍早く着けば、ノワールの頭を撫でて誉めるが、主に似てか、ずっと無表情だった。


 目的の場所から、カーンっカーンっ!と金属を叩きつける音が聞こえてくる。


 こんな大きな音がしても、商店街から離れているし、夏祭りのにぎわいで誰も気づかないので、何をしても問題はないってことか。


 深呼吸して廃工場に近づけば、そこには暴れに暴れている鉄パイプを持った3人の男たちが居た。


「出てこい、銀髪女!!泣かせるだけ泣かせて、知り合いに回してやるからよぉ!!」


「ネットに人に見せられない写真アップして、人生台無しにしてやる!!」


 最上の奴、一体何をやらかしたんだ?


 それにしても、こいつらが最上を見つけたら最悪だってことは確かだ。


 まぁ、それよりも……。


 こいつら、最上に何するって言った?


 さっきから、理性がちょっと働いてねぇわ。


 最上の身に何かあったんじゃないかって思うだけで、腹の底が気持ち悪くなる。


 そして、今の奴等の言葉にも怒りを覚えた。


 感情をリセットしようとしても、込み上げてくる。


 こいつらを止めろと、許すなと、俺の中の何かが訴えてくる。

 

 スマホを出せば、カメラで3人をりながら近づく。


「ネットの海に1人の女子高生をさらす気ならさぁ、あんたらの今の暴れっぷりをネットの海に流されて、この先の人生終わらせても、同じことしようとしてたんだから、文句はないよなぁ?」


 少し低いトーンで言ってみる。これでも、表面上は怒りを抑えてる。


 3人は俺の方を見ると、スマホを睨み付けてくる。


 金髪のチャラそうな男が凄い怒りの形相になりながら俺に迫ってくる。


「おい、どこの誰だか知らないけどよぉ。その動画、流させると思ってるのかぁ。つか、おまえ……どうして俺たちが女を捜していると知っているんだ?」


「銀髪女って言ってたよな?俺もその女捜してるんだよ」


「そうかよ……。んで、おまえ……あの女の何なんだ?彼氏か?」


「えっ……」


 彼氏?いやいや、付き合ってないし。


 けど、俺が最上にとって何なのか……か。


 ついさっきまで悩んでたことを、こうも容赦ようしゃなくストレートに聞かれるとは思わなかった。


 あいつが俺のことをどう思っているかはわからない。


 友達……って感じじゃないんだよな。


 仲間?いや、それも何かしっくり来ない。


 そんな言葉で、表したくない自分が居る。


 最上は、今の俺にとって無くてはならない存在だ。かけがえのない存在になっている。


 なら、どんな言葉がしっくりくるかな。


 あーっと……そうだなぁ……。

 

 悩んでいると、俺はBCのある言葉を思い出した。


 俺は深呼吸をすれば、チャラ男を睨み付けて人差し指と中指の間接を鳴らす。


「ただの俺の相棒だ。だから、おまえらがあいつを傷つけようとするなら……潰す」


 目付きを鋭くすれば、チャラ男は一瞬怯み、両隣に居た帽子を被った男と日焼け肌の男が鉄パイプを振るって襲いかかってくるが、それを両手でそれぞれ片手で受け止める。


「……軽い武器だ。おまえらみたいな奴らには、おあつらえ向きだな……!!」


 一瞬前に押し出してから引けば、2人は怯んで鉄パイプを手から離してしまう。


 そして、その瞬間に鉄パイプを左右に振るい、左右の男2人の頭に強い衝撃を与えれば、それぞれ前と後ろに倒れる。


 両手に鉄パイプを持って引きずりながら残りのチャラ男に近づけば、今の一瞬の動作だけで恐怖を与えてしまったようで、足がすくんで動けなくなっているようだ。


「くっ、来るなぁ……!!来ないでくれぇえ!!」


「いやいや、そんなに怯えなくても良いだろ?お仲間がもう戦闘不能だからって、それは無いぜ。ほら、もっと根性見せろよ?俺を倒さないと、捜している女には近づけないんだぜ?」


 何の感情もないような目で見下ろしながら言えば、身体が震えだすチャラ男。


 手に持っている鉄パイプを振り回そうとするが、その前に俺が左手に持っている鉄パイプで弾き、チャラ男を無防備状態にする。


「さて……どうしようか?このまま、なぶり殺しにしても良いし、気絶させて人身売買に売り出すのも良いな…。どっちが良い?選ばせてやるよ」


「そ、そんな……許してくれ!!頼む!!」


「いやいや、ごめんで済んだら警察は要らないし、世界から恨み辛みも消えてるんだって。世界はそんなに優しくできてないんだよ。謝って表面上だけでも許されるのは中学まで。それから上は誠意せいいを見せないと、許してくれないんだよ」


「せ、せせ、誠意……!?」


「2度とあいつに近づくな。危害を与えるな。それができるなら、今回だけは気絶させるだけで許してやる」


「見逃してくれる訳じゃないのかよ!?」


 さも当然のように驚いているチャラ男に、俺は目を細めながら見下ろして鉄パイプを首に突きつける。


「あいつを苦しめたのに、無傷で帰してもらえると誰が決めた?悪いけど、俺はそんなに優しくない」


 その言葉を最後に、俺は鉄パイプを横に振るって頭に衝撃を与え、チャラ男を気絶させた。

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