スマホカバー

 放課後になり、最上は終礼後すぐに教室を出て行った。


 基樹がそれを頬杖をついて見送ると、俺に聞こえるように露骨に溜め息をつく。


 悩んでますとアピールしているように見えるので、一応聞いてやる。


「どうかしたのか?」


「ん?あぁ……恵美ちゃんってクールでミステリアスだなぁって……何か、攻略できたら俺だけに見せてくれる一面とかあるんじゃねぇかと妄想しているわけですよ、はい」


 そこはまだ教室内に女子が居るのだから、口に出してはいけないことではないだろうか。


 心の中のツッコミは届かず、基樹は話を続ける。


「けど、ぶっちゃけ攻略方法が見えねぇ!!」


「それは1日目だからな」


「つか、心の壁が厚すぎるんだよ!!あのおっぱい並に厚いよ!!攻略の糸口がまったく見えない!!」


 今の一言で、教室に居た女子が基樹から精神的に一歩引いたのを俺は肌で感じた。


 こいつ、口を開くたびに女子から引かれているような気がする。


 正直、同類と見られたくないのですぐにでも基樹から離れたかったが、こいつの目がマジ過ぎて、置いて帰ったら呪われそうなので耐える。


「クールって言ったら、成瀬だってそうだろ?最上よりはソフトな気がする」


「私がどうかしたのかしら?」


 名前を出せば俺と基樹の元に、帰り支度を済ませて鞄を持っている成瀬本人がご都合主義のように登場した。


 噂をする暇もなく何とやらだ。


「ちょうど良かった、成瀬と最上でどっちがクールビューティーかを比べようと思っていたところだ。同じような性格をしているおまえから見て、最上はどう見える?」


「あなたが私のことをクールとは思っていたかもしれないけど、ビューティーと思っていたとは驚愕きょうがくだわ。どういう精神的苦痛せいしんてきくつうを味わいたい?」


「おいおい、待てよ。別に皮肉を言ってるわけじゃないぜ?ただ、おまえの意見を聞きたかっただけだ。機嫌をそこねたなら悪かった」


 両手を横に振って謝れば、成瀬は呆れた表情になって溜め息をつき、腕を組んで後ろに在った机にこしける。


「私と最上さんを同じに見ているのなら、心外と言うほかないわね。私はただ、コミュニケーション能力が少し欠落しているだけだから」


 いや、少しと言うレベルじゃねぇだろ、相当だ。


「でも、最上さんは……完全に人と壁を作っているわ。人と関わることを避けていると言うか、嫌っているように見える。恐がっている……と言う表現も当てはまると思うけど」


「恐がる?どうして、そう思うんだ?」


「あの子、話しかけてきた女子と視線を合わせようとしていなかったのよ。もちろん、円華くんとも。人って、恐ろしいものとか嫌いなものを見ようとしないじゃない?」


「確かに…そうだな」


 今日一日を思い返してみると、確かに最上は話している時も俺を睨んでくるときも視線が微妙びみょうに目から上か下を見ているような気がする。


 ナポリパンの話をしている時も、俺の顔は見ていなかった。ずっと、下を見ていた。


 成瀬は垂れている横髪を耳にかけると、何かを考えるように人差し指を少し曲げて唇の下に当てる。


 そして、スマホを開いた。


「またハッキングするのか?」


「ええ、そのつもりだったのだけれど……必要が無くなったわ。これを見て」


 成瀬がスマホを見せてくると、そこにはAクラスとEクラスのグループチャットが開かれていて、Aクラスの生徒からの最上の情報が入ってきていた。


 書き込みはこうだ。


『最上恵美って……入学してからずっと引きこもってる子でしょ?今日来てたの?』


『そう言えば、Dクラスに1つだけ空いてる席があったけど、期末テストが終わってから無くなってた。あれってEクラスに移ったからだったんだな』


『あの時はSクラスで同じクラスだったんだけど、入学式以来見なかったな。明るそうな女子が話しかけてたけど、ヘッドフォンをしていて全部無視していたな』


 どうやら最上は、最初はSクラスだったが、それから学校を休み続けて、最終的にEクラスまで落ちたようだ。


 引きこもりだったのか……確かに、そう言うニュアンスのことは猫に向かって言っていたな。


 チャットの情報を見て納得はするが、かといってに落ちない所もある。


 どうして、ずっと学校に来なかったのか、その間の生活はどうしていたのか。


 この学園は資金の援助も能力点と共に評価に応じて送られてくる。何かの結果を出さなければ、とても3ヶ月も引きこもることはできないはずだ。


 つまり、最上には何かの『実力』があると言うことだ。


 監視者の特徴や力がわからないから断定はできないが、最上が元Sクラスと言うのなら、容疑者である可能性はある。こうなったら、問い詰めるしかないか。


 基樹と成瀬より先に、リュックサックを背負ってすぐに教室を出ようとする。


「悪い、先に帰るわ。用事ができた」


「え!?あ、おい…円華!?」


「基樹!明日、最上に会ったら『俺もナポリパンが大好きだぜ』って決め顔で言っとけ。そしたら、少しは攻略法が見えてくるぞ!」


 それだけ言い残し、俺は教室を急いで出た。


 成瀬はそれを見送ると、溜め息をついて毛先をクルクルと指に巻いて弄る。


「あれじゃ、最上さんの所に行くってバレバレじゃない」



 -----



 校舎を出てすぐにエレベーターに乗れば、地下に降りる。


 そして最上を捜すが、あいつが教室を出てから15分は経過している。最上のアパートの部屋は知らない俺に残された選択肢は、あいつが部屋に戻る前に見つけ出すことだ。


 しかし、それが今日できる可能性は0に近いだろう。……そう思っていた。


 地下の中に流れる浅い川の上にある橋を通ろうとするとその下で、ヘッドフォンを首に下げている銀髪の女が川の中に居た。


 両手を川の中に突っ込んで、何かを探しているように見える。


 ここで近づくべきか?それとも、様子を見るべきだろうか?そんな選択肢を考える間もなく、俺は無意識に坂を下りて最上に近づいていた。


「何か探してるのか?だったら、手を貸すぜ?」


 最上は声に反応してこっちを見ると、一瞬目を見開いてすぐに顔をそむけた。


 また、これだ……何なんだよ。


「必要ない、から、今すぐに消えて」


「必要ならあるだろ。探し物をするなら、人数は多い方が良いんじゃねぇの?」


「それはあんたの勝手な見解けんかい。大勢で探して、流れで元在った場所から移動して、もっと見つけられなくなるかもしれない。……それに、他の人が見つけてくれても、盗まないとは限らない」


 疑り深いな、こういう奴は俺が言うのも何だけど面倒だぜ。


 話をしても通じないのはわかっているので、俺はリュックサックを地面に起き、川の中に足を入れる。


「!?」


「こっちは勝手に探すから、それっぽいのあったら教える。まぁ、おまえが何探してるのかを教えてくれたら、すぐに見つかるかもしれねぇけど」


「……三角形の、大きいスマホカバー」


 最上は小声でボソッと言った。俺が言っても聞かない奴だと理解したのだろう。


「大きいスマホカバー?だったら、すぐに見つかりそうなもんだけどな……そんなに大切なのか?」


 俺も両手を川の中に突っ込んでそれらしいものを探しながら聞くと、最上はコクンッと頷く。


「お母さんから……もらった物。でも、さっき……ひもが切れて落ちちゃった」


「首から下げてたのか」


「うん、肌身はだみ離さず持ってる」


 その後も無言で探しながらチラチラっと最上を見ると、手は川の冷たさで赤くなっている。


額からは汗が流れてきて、何度か濡れている手でぬぐったのだろう、左の方の前髪が少し濡れていて頬についている。


 疲れているのに頑張っているその表情からは、必死さが伝わってきた。


 だから、俺も最上と同じくらい必死に探す。


 おそらく、スマホカバーは保護色になっている。でないと、大きいと言っても見つけるのは難しい。


 いや、俺が想像している大きさが当てはまっていないのではないか?もっと特徴を聞いておくべきか。


「三角形だけじゃわかんねぇな。色とか特徴とかねぇのかよ?下手したら、ずっと見つからないぞ、これ」


「色はグレーで、機械でできてる」


「本当にスマホカバーだよな、それ!?」


「そう…お母さんは言ってた」


「何だよ、それ。……わかった、機械だな。なら、光沢とか反射で見えるかも」


 スマホを取り出せば、ライトをつけて川を照らす。


 最上もスマホのライトを川に照らして光るものを探す。


 すると、少し大きな石2つの間に挟まっている何かが光ったのが見えた。


「おい、何か光ったぞ。大きい石がある、動かすからすぐに取り出してくれ」


「う、うん」


 最上は隣に着て、スマホで照らして位置を確認し、俺が石を持ち上げるとすぐに光るものを拾い上げた。


 石をおろして一息つき、最上の手にある物を見ると、そこにはこいつが言っていた特徴が当てはまるものが握られていた。


 本当にスマホカバーかどうか疑うが、確かに三角形でグレーの機械だ。


 最上はそれを抱きしめるようにして胸に当て、安堵あんどの息をつく。


「良かったな、最上」


 最上は頬を赤く染めて小さくコクンっと頷き、川を上がって裸足のまま靴をいた。


 裸足でずっと探してたんだな。多分、手も足も痛いだろう。


 最上はそのまま、何も言わずに帰るんだろうって思っていた。


 しかし、俺の冷たくて赤くなっている手を掴んで見る。


「どうして、こんなになるまで……。私に恩でも売りたかったの?」


「ただの気まぐれだ、気にすんな」


「……嘘つき」


 最上は急に不機嫌な表情になり、手を握ったまま、もう片方の手でヘッドフォンを両耳に付ける。


「目、閉じて」


「……何で?」


「見られたくないから…」


「何をする気だよ?」


「答える気はない。さっさと目を閉じて、早く」


 言われた通りに目を閉じると、最上が深呼吸する息遣いが聞こえ、握る手が強くなる。


 そして、1分くらい経って最上が手を離して「もう良いよ」と言ったので目を開ける。


 結局、キスされるわけでもなく、抱きつかれるわけでもなく、そのままじっとしていただけ。


 何をしたかったのかがまったくわからない。


 最上の顔を見ると、少し目元がゆるんでいるように見える。そして、左目の端に涙が…。


「どう…した?泣きそうになってるけど」


 最上は言われて気づいたようで、すぐに左目の涙を濡れているカーディンガンの袖でぬぐう。


「ううん、気にしないで。ただ、円華は……い人になりたんだなって思っただけだから」


「……善い人じゃねぇのかよ。別に良いけど」


「うん……でも、そこが良い」


 そう言って、最上はヘッドフォンを耳から外して無表情で言った。


 けど、その時の表情は、口元は少しだけ笑んでいるように見えたんだ。

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