信頼のための疑念

 尞に戻って夕飯のカップ麺を食べていると、スマホに電話がかかってきた。


 時間は8時を回っているのに一体どこの誰からかと思い、電話に出て「もしもし」と言うと「あっ、まだ起きてたんだ。よかったー」と麗音の明るい声が聞こえてきた。


 その瞬間、背筋が凍りつくような思いがした。


 猫被っている女には、何か拒否反応を覚える。


 電話越しでも聞こえるように露骨に溜め息をつけば、面と向かって言ったら怒られそうなことをはっきり言う。


「なぁ、麗音」


「な~に?どうしたの?」


「この部屋には誰も居ないし、スマホのスピーカーをオンにもしてねぇ。お互い、素で話をしようぜ?流石に正体を知られた相手にも猫を被る必要もねぇだろ。正直、吐き気を覚えるほどに気分が悪い」


 少し沈黙が流れれば、麗音は「そっか…ごめんね」と、声のトーンが少し低くしながら言った。


「いや、謝るのはこっちだろ?猫を被る女に耐性がないんだよ」


「それはそれは。…もしかして、キャピキャピしてる女は嫌いだった?」


「新種の珍獣が出たんじゃないかって言うくらいに警戒心を覚えるぜ」


「じゃあ、2人だけの時は素のあたしの方が良いね」


「その方が気が楽だ。そっちも猫を被らないで良い分、楽なんじゃねぇの?」


「そうだね。ふふふっ、2人だけの秘密だね♪」


「やめてくれ、背筋が凍る」


 結構真面目に言えば、電話越しにまた笑う麗音。


「今のはちょっとした嫌がらせだよ」


「はぁ…素の麗音は良い性格してるな」


「褒め言葉として受け取っとく。…それで、今からあたしの部屋に来れる?」


「8時回ってるぞ。ゴシップ好きの女子に見られたら、変な噂が立つんじゃねぇのか?」


「そこはご心配なく。この時間は女子は入浴中の時間。そして、物好きで命知らずな男子の天国な時間となるから」


「おまえがどうして、朝にシャワーをしているのかのもう1つの理由がわかったような気がする。すぐに行くよ」


「うん、待ってる」


 電話を切ると最低限の物をポケットに入れ、自室を出て麗音の部屋に向かった。


 何かのトラップがあるんじゃないかと警戒しながら進むが、特に誰ともすれ違わずに部屋の前に着いた。


 本当にこの部屋に入るのか?危険な予感しかしない。最悪の場合、変に脱ぎだしてキャーって叫んだりして、俺を冤罪でクズ人間にしようとしてるのではないだろうか。


 最悪を予想しながらドアをノックすれば、私服の麗音が出てきた。


 半袖の猫耳パーカーにももまで見える短パン姿で、周りの男が見たら鼻の下を伸ばしそうだ。


 ちなみに、制服の時よりも胸が大きく見えるのは気のせいだろうか。まぁ、別段興味もないけど。いや、マジで。


 麗音が「入って」と言うと、部屋に上がる。


 部屋の中は女子の部屋特有の甘い匂いがして、きちんと家具とかが整頓せいとんされている。


「座ってよ。お茶出すから」


「あ、ああ、悪いな」


 促されるままに座りながら、麗音の後ろ姿を見て話しかけてみる。


「それで用は何だ?人狼ゲームについての相談か?」


「そんなところだね。誰が人狼か、見当はついたの?」


「まったく。役職は探偵だけど、名探偵じゃねぇしな」


「そっかぁ。あんたのことだから、もう候補はしぼってるんだと思ってた」


「買いかぶり過ぎだ」


「残念残念」


 麗音が氷の入った緑茶のコップを2つテーブルに並べれば、彼女はすぐに茶を飲んだ。


 俺も緑茶を飲み、少し深呼吸をする。


「なぁ、ちょっと質問」


「良いけど、1つだけにしてよ?あたしも、あんたと一緒で質問を多くされるのは嫌いだから」


「そうか。じゃあ、単刀直入たんとうちょくにゅうに聞くよ」


 一呼吸置き、緑茶を一気飲みし、コップをテーブルの上に置いてから真顔になる。


「どうして、あんなキャラ作りなんてしてたんだ?普通に考えれば、不自然過ぎるキャラだろ」


 質問を聞けば、麗音は小さな口から溜め息をついて目を細める。


「それを知って、あんたに何か得があるの?あたしの弱みをどれだけ握るつもり?」


「…気に障ったのなら謝るぜ。おまえの弱みを握るつもりなんて一切ない。ただの興味本位だ、答えたくないならそれで良い」


「その言い方…ズルい」


「どこが?」


 露骨に聞き返せば、麗音は不機嫌な表情をして頬をふくらませる。

 

「前から思ってたけど、あんたって何にも期待していないような態度をとるよね。自分にも、他人にも期待しない。そうなったら良いけど、そうならなくても後でどうにでもできるようにしておこうって考えてる。そう言う保険をかけているような考え方は…ズルいでしょ?」


「それがかしこい生き方だろ。常に最悪を想定した方が、対策も考えられる。予備のルートも考えておいた方が、人生はスムーズに進む」


「な~に高校生で悟ったようなこと言ってんの。バカなの、死ぬの?」


「バカかどうかは知らないが、死ぬつもりはねぇよ」


「素で返してんじゃないわよ。バーカ」


 麗音はそう言って体育座りをしてフードを被れば、突然溜め息をつき「良いよ、話してあげる」っと言った。


「キャラ作りの話か?」


「それ以外にある?」


「ないな、頼む」


 軽く頭を下げると、麗音は頷いて話を始めた。


「簡潔に言って、信じていた、親友だと思っていた女から裏切られた。それが原因」


「どういう意味だ?」


「そうだね、少し昔話をしようか」


 彼女は過去のことを思い出し、少し顔に影がさす。


「中2の時だったかな。ある日から、あたしは学校内の不良女子から目を付けられて、イジメにあった。そして、そのことを親友に相談した。……けど、そのイジメの首謀者しゅぼうしゃが親友だった。それを着きとめたとき、あたしはどうしてそんなことをしたの?って聞いた。何て返されたと思う?」


 話しているだけでも目の下に涙を浮かべている麗音の問いに、首を横に振ってわからないと言うことを示す。


「あたしがか弱くて低レベルな女だから、どこまで追い込んだら自殺するかを実験したかったから……だってさ。あの女にとって、あたしは友達でも何でもなく、ただの自分の手元に在った玩具おもちゃでしかなかったんだよ」


 実験……ひねくれた性格した奴が居たもんだな。


「その後、あたしは中3の初めまで引きこもりになった。ストレスと絶望で、黒かった髪が白くなるまで心が追い込まれてしまったわ。…笑えるよね?純粋じゅんすいに人を信じて生きてきた結果がこれだよ。だから、あたしはもう誰も信じない。あの女がそうしたように、あたしも周りを利用する側になってやるって、勝ち組になってやるって思って、高校に入ってからイメチェンした。それだけだよ」


 悲しそうな目で天井を見ながら話せば、目の端から涙を一筋流す麗音。


 麗音の過去には同情する。


 しかし、それはただの悲劇には俺には思えなかった。


 何故だろう、凄く麗音に怒りを覚えている。


「辛い過去が関係していたんだな。……けど、そのことはおまえにも原因があると思うぜ?」


「は……はぁ!?何を知ったような口聞いてんのよ!?あんたに何が―――!!」


「どうして、おまえはその女を信じたんだ?いや、違うよな……おまえは、その女に期待していただけだ。自分が親友だって思ってたから、その女も自分のことを親友だと思っていると勝手に期待していただけだ。それは信頼じゃない。ただの根拠も正確性もない期待だ」


「うるさい!!」


 麗音は俺を押し倒せば、馬乗りになって胸ぐらを掴んできた。


 そして、涙が俺の頬に落ちてくる。


「あんたに……あんたなんかに何がわかる!?人生で初めての友達だったんだよ!!友達だって、思ってたんだ!!それに裏切られたあたしの気持ちが…あんたなんかに!!」


 わかるよ…それで俺は、今でも後悔しているんだ。


「裏切られて……死んだんだ、俺の親友は」


 顔の上半分が長い前髪で隠れながら、俺は親友のことを思い出した。


「アメリカの軍に居た時に、俺にも親友は居た。名前はマイクス。そいつは気さくで、3つも年下の俺にも友好的な奴でよく飯も一緒に食べていた。その性格が、あいつの弱点でもあった」


 マイクスの笑顔を思い出しながらも、その凄惨せいさんな最期もフラッシュバックする。


「…あるテロリスト壊滅作戦の時だった。4人1組の部隊だった俺たちは、道が2つに分かれた時、2人ずつに分かれて進むことになった。その時、マイクスは同期の中で一番信頼していた男と共に行動した。俺は、それを止めるべきだった。その男は、軍の中で敵のスパイだったんじゃないかと容疑をかけられていた人物だったんだ。けど、マイクスは根拠もなく、その男はスパイじゃないと信じ続けた。その結果、敵のエリアに入った瞬間…その男に裏切られ、マイクスは敵に捕まり、残虐ざんぎゃくな拷問を受けた。俺が助けに行った時には、両腕をしばられ、暴力の限りを尽くされた痛々しい姿をして…眉間みけん風穴かざあなを開けられて死んでいた。それが初めて仲間の死を見た瞬間だった」


 麗音は両手で口を押さえ、言葉を失っているように見える。


 しかし、すぐに深呼吸して聞いてきた。


「それで、その裏切った男はどうしたの?」


「俺が殺した。だけど、その時は喪失感そうしつかんしか無かった。いた穴が塞がることなんて無かったんだ。過去にとらわれた復讐心は、未来には繋がらないんだということをその時初めて知った。マイクスの死は、人は簡単に信じるということはできないということを教えてくれた」


「じゃあ、信じるためには……どうすれば良いの…!?あたしは…!!このままだと…ずっと…孤独だよ……」


 麗音が絞り出すようにして聞いてこれば、俺は上半身を起こして彼女の両肩を掴んで目を見て言った。


「疑え。辛い気持ちを押し殺して、疑い続けるんだ。おまえがもしも俺を信じたかったら、俺のすべてを疑えば良い、裏切られることも考えろ。…その疑っているおまえの期待を、全部俺が裏切って……おまえの信頼を勝ち取ってやる」


 自然と小さく笑みをしながら言えば、麗音は目を見開き、俺の腹から降りて立ち上がれば「バ、バッカじゃないの!」と言いだした。


「あんたのことを信じること前提で話を進めないでよ!」


 そう言って顔をそむけるが、頬を染めながらも横目は向けてくる。


「……けど、この人狼ゲームの間だけは、ずっと椿くんを疑い続けるから。あたしを裏切るんじゃないかって、ずっと疑い続けてやるから!!」


 どうやら、成瀬以外にも素直じゃない女は居たようだ。


「俺が人狼じゃないのは知ってるだろ?」


「そうだね、椿くんは人狼じゃないよ。だけど、誰が人狼なのか…あたしは知っている」


 俺が少し目を見開けば、麗音はこちらを向いて言ってきた。


「Fクラスの人狼は……あたしだよ。クラスが勝つためには、あたしに投票するしかない。でも、あたしに投票したら、予想通りに椿くんはあたしを裏切ることになる。この状況で、どうやってあたしの信頼を得るのか…楽しみだね」


 挑発的に言って微笑む麗音に驚きはしたが、俺も小さく笑んで言った。


「楽しみにしてろよ。おまえの期待を絶対に裏切ってみせる」

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