第十五打席

 オープン戦が始まって数カード、ケビンの出番はなかった。何しろ横浜というチームは主力の調子が上がるのが遅い。そのため、沖縄にいるうちに試合慣れさせておかなければとてもシーズンを戦うことなどできないのだ。ゆえに試したい若手より先にそういったたちの面倒を見る必要があった。

 だがケビンにとっても、決して無駄な時間ではない。ファームの練習試合に参加して、夜もバットを振る日々が続いた。

 そしてケビンが一軍に合流したのは四カード目、北海クレインズとのホームゲームだった。

 ケビンにとって、このチームには他とは違う意味合いがある。高校時代の後輩、冴木拓真がいるチームだからだ。そして、彼は一軍に帯同している。ケビンは彼との再会、また彼の活躍を密かに期待していた。

 

 横スタはクレインズファンで溢れていた。クレインズは十年前に東京から移転した球団。首都近郊にもファンは多い。そんな日本に来て初めての熱を感じながら、ケビンはスタジアムへと足を踏み入れた。まず目にしたのは、入団して九年目になる中川だった。

「よお、グレアム。調子はどうや」

「お疲れ様です、ガワさん。もう絶好調です、任せてくださいよ」

「元気やなあ。ま、ええわ。お、来よった来よった、銀さん。こいつがグレアムってんや」

現れたのは、いかにも中米系と言った顔つきの男だった。挨拶する限り、彼は日本語を話せない。

「やあ、Mr.グレアム。よろしく」

「よろしくお願いします。ケビンで構いませんよ。それと、ひとつ聞きたいんですけど」

「なんだい?」

「いつもガワさんとどうやって話してるんですか?」

それを聞くと銀さん、シルバは中川をちらと見て肩をすくめる。

「フィーリングさ。それでお互い困らないし」

ケビンは苦笑しつつも納得した。たしかにいちいち通訳をかませていてはコミュニケーションが取りづらい。

 そうして一軍選手たちに挨拶を済ませたのち、全体練習が始まった。軽いアップで体を温めたのち、打撃練習を行う。ケビンにしてみれば、球団の打撃投手の球はやや癖があった。ケビンの打てるコースに正確に投げ込める慎二とは、やはり勝手が違うのだろう。結局、柵越えなしでゲージを後にした。

 そして試合が始まり、二回まで無得点で進行した。ケビンは八番であり、ここから初打席となる。相手先発は沢村賞投手である有川。球威で押してくる本格派だった。ケビンも噂に聞いて警戒していた。

 正直を言えば、このレベルの投手は慎二との調整が必要だ。だが打席に立ったケビンはバットを胸の前に構え、首を振った。それではいけない。慎二は開幕一軍を自分に託したのだから。

 ベンチからは好きに打ってこいと言われている。故にまずは安打。ミート打ちを心がけた。

 初球は外いっぱいの直球。見逃してストライク。続く足元のスライダーを見極め、コースのカーブは合わせに行ってファウル。そして四球目、ツーシームが内に来た。ケビンはそれを振り抜くが、詰まった当たりはサードゴロ。ケビンがベンチに戻ると、ヘルメットを叩かれる。振り向くと大きな褐色の腕があった。

「気にすんなって」

「ありがとうシルバ、次頑張るよ」

「あんなん初見で打てると誰も思わんわ。次の打席見とれよ。ガツーンいったるからな」

慣れていけばいい、と中川いうのだ。しかし今のケビンに、その言葉は皮肉めいて聞こえた。

 その後の四回、意気込んでいたシルバ、中川のクリンナップは宣言通りに一点を先制した。いろいろ言われてはいるが、一軍選手の貫禄は持ち合わせていた。

「流石です。ガワさん」

「おお、かまへんかまへん。やけどなあ」

「どうしたんですか?」

「あいつな、先発のやつ」

いつもこっから打たれんねん。そう言ってベンチを見やった。

 この日の先発は周戸。シーズンでの成績は六年で七勝九敗、防御率は5.04。一軍で通用しているとは言い難い。しかし、この日は調子が良かった。三振に切るたび、他の投手と一線を画した歓声が上がる。誰もがその活躍を期待している。

「シュウさんがですか」

「ま、ええわ。行くで」

そう言って守備につく。中川はサード、ケビンはファースト。シルバはレフトだった。

 この回の初球。低めにまとまっていた彼の球は、いきなり真ん中に行った。それも棒球。フルスイングすれば打球はみるみるうちにスタンドへ吸い込まれ、先制点が記録された。

 そして次の打者にも痛打を浴び、ここで代打が言い渡された。冴木拓真。

 一ボールからライト線へのファウル。尚も周戸の球は走らない。一方の冴木は力が抜けて鋭いスイングで、落ちる球もよく見えている。そのままファウルで粘って、四球を選んだ。一塁でレガースを外す冴木に対し、ケビンは声をかける。

「タクマ、ナイスアイ」

「どうもです。でも打てましたね」

そう言ってリードをする冴木を見て、ケビンは自分も頑張らねばと気を引き締め直した。








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